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実話が生んだ台風の夜の奇跡『彗星おばさん』/台風の物語③

季節外れの台風特集の最終回。今回は季節外れの台風が出てきます。

ここまでのシリーズ記事は以下。

二本の記事で、台風作品8作を紹介したが、全てきちんと台風シーズン(9月10月)に描かれ、発表されている。藤子先生は主に月刊誌を主戦場にしていたので、季節性の強いネタが頻繁に使われる。台風は秋の大きなイベントの一つとして、毎年のようにお話を作り上げていた。


本作は台風の一夜という定番のアイディアベースに、世紀の大発見というネタを加えた構成となっている。しかも、実際に起こった出来事に着想を得ており率直に感動できる作品に仕上がっている。

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「エスパー魔美」『彗星おばさん』
「少年ビックコミック」1981年19号/大全集5巻

本作を簡単に紹介すると「台風の目」という刹那な嵐の途切れ目での奇跡を描いた作品である。

一般的に「台風の目」は熱帯低気圧の渦巻きの中心部分で、目の中に入ると風も弱まり雲もなくなると言われている。実際としては台風の目がくっきりした状態で上陸することは稀で、台風の目の中に入ったことを体感した人はあまりいないように思う。

その一方で「台風の目」はドラマのネタとしては格好の題材である。一瞬の出来事であること、その前後では大嵐となっていること、滅多に経験できないことという点で、非常にドラマチックなワンシーンとなる。


本作では台風の目に入った瞬間に、新しい彗星が発見されるという凄い偶然を描いている。確かに台風一過などの澄んだ空気は、彗星観測には向いているように思われるが、そんな偶然は万が一だと言える。

ただ驚いてしまうのは、本作で描かれる奇跡には、実際の元ネタがあるということだ。

1965年9月17日21時。土佐沖を通過した台風24号が、955㏔の勢力で三重県に上陸して北東に進んでいた。強い勢力を維持しており、台風の目をしっかりと残したまま18日未明に浜松市を通過する。

この時、浜松に住むアマチュア天文家でコメットハンター(新発見の彗星を探す観測者)の池谷薫氏が、なんと台風の目の中で新しい彗星の観測に成功する。

ほぼ同時刻に台風が過ぎて空気が澄み渡った高知の関勉氏が同じ彗星を観測している。同時に国立天文台に発見の電報が打たれて、後にこの彗星は二人の名を取って「池谷・関彗星」と命名されたのである。

この発見を機に全国でコメットハンターが急増したと言われており、さらに本件に触発された寺山修司が、「コメット・イケヤ」というラジオ劇を書き下ろしたりと、大きな影響を与えた。

ちなみに本作の中でも、日本人の名前の付いた彗星ということで「関彗星」が紹介されるシーンがある。「池谷・関彗星」としていないのは、実際に台風の目の中で発見した池谷の名を敢えて出さなかったのかもしれない。


さて、そうした事実を踏まえつつ、『彗星おばさん』の中身について見ていきたい。

冒頭、スケッチを楽しむ魔美は、河原近くにある一軒の古びた家がいつも気になると言う。高畑君が「風が吹いたら潰れそう」と感想を述べている。このわずか二コマで、この場所が洪水が起きやすく、実際に起きたら流されそうな家がある、という伏線が一気に引かれている。

魔美がこの家を気にしているのは、時々洗濯物が干してあるので人は住んでいるはずだが、昼間から雨戸が閉まっているので、住人が普段何をしているのかわからないからだ。


すると猛スピードで車が走ってきて、二人組が下車してその家に向かうのだが、誰も出てこないので引き返していく。何か違和感のある始まり方となっている。

その晩、台風が逸れたというニュースを聞く魔美とパパ。パパはウルトラマリーンという絵具が無いのに気づき、魔美は昼間に河原に置いてきたかもとということで探しにいく。

絵具は探し物の天才コンポコが一瞬で見つけてくれるが、ふと河原の古い一軒家に明かりが灯っていることに気がつく。魔美が近づいてみると、一人のおばさんが大きな望遠鏡を覗きこんでいる。


それとなく何をしているのか聞く魔美。すると彗星の観測をしているのだという。変な趣味だと魔美が言うと、コメットハンターと呼ばれる観測者は世界中に何百・何千人といるのだという。

ここでこのおばさんから、日本人の見つけた彗星の一例として「本田彗星」と「関彗星」が紹介される。日本人の名前の付いた彗星はすでに50近くあるという。おばさんは貯金と退職金と年金と主人の残してくれた保険金で慎ましく暮らしながら、昼間は寝て、夜は観測を続ける日常であるらしい。

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そこへ昼間の男二人組が現れる。日本人と外国人のコンビである。男が差し出した名刺には、「国際天文学会連合協会理事長 宇園八百助(うそのやおすけ)」と書かれている。見せた瞬間に嘘つきと分かる名前である。

もう一人の外人はNASAのスカイリー氏。魔美は「ナサと言えばアメリカのロケット屋さん?」と割って入るのだが、内密な話があるということで、魔美を残して3人で家の中へと入っていってしまう。

魔美とコンポコはいかにも怪しいと察知し、家の外でこっそりやりとりを盗み聞きする。家の中での会話の内容は下記。

・火星の表面には無数のクレーターや山や谷があるが、名前はほとんど付いていない
・この中の一つにおばさん(高見小夜子)の名前を付けたい
・NASAでは「ローウェル計画」という極秘の計画がある
・今世紀中に火星への有人探査を成し遂げたいが予算がない
世界中の無名の宇宙を愛する方々から寄付金を募って、その貢献に対して火星の表面に名を残すことになった
・日本への割り当てはクレーター258個。直径一キロあたり1000万の見当

さすがの魔美でも怪しいと思える話である。けれどおばさんは満更でもない様子。

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翌日、高畑にも相談し、99%インチキであるということで、おばさんの家を尋ねて、寝ているところを起こして、話に乗らないよう忠告する。

おばさんは「彗星探しだけが趣味だった亡くなったご主人の名前を付けたい」という動機でコメットハンターをしているのだと語る。なので、火星の表面の名前も主人の名前を付けてあげたいのだという。二人は説得できず、怪しい二人組がペテン師でないことを祈るばかり。


家に帰ると、逸れていったはずの台風が進路を変えて、こちらに直撃してくる恐れが出てきたのだいう。その晩、大嵐で家がガタガタいう中、魔美は布団を被って、台風と地震と雷は大嫌いなのだと言って怖がる。好きなのはオヤジだけのようだ。

この天候だとおばさんの家が心配である。魔美はビクビクするコンポコを置いて、おばさんの家へとテレポートで向かう。


おばさんの家では例の二人組がお怒りのご様子。クレーターへの命名の件を「お金で名誉を買っても主人は喜ばない」という理由でおばさんが断ったからである。そこで二人は豹変し、サギ師の本性を現す。

おばさんを縛り上げて、貯金通帳と印鑑を奪おうとする二人組。そこへ魔美が飛び込んでいく。エスパーであることを隠そうともせず、テレキネシスで通帳を取り戻し、男たちを宙に浮かべて投げ飛ばす。

すると誤って窓を壊してしまい、暴風が吹き込んできて、飛んできた障子が魔美の頭ににぶつかって失神してしまう。魔美も縛り上げられるが、魔美のピンチを遠くで感じ取ったコンポコが、嵐の中へと飛び出していく


嵐が酷くなる中、二人組はおばさんの家から逃げ出していくのだが、堤防が切れて洪水が一気になだれ込んでくる。おばさんの家にも浸水し流される二人。後ろ手に縛られている魔美に、コンポコが飛びついてきて、ロープを食い千切る。手が動かせるようになって、魔美の超能力はこれで発揮可能となる。

名犬コンポコここにあり、である。

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おばさんを屋根に上に救いあげて、サギ師二人組を探しにいく魔美。すると洪水の中で二人とも溺れている。二人をテレキネシスで空中に浮かべて、魔美はここぞとばかりに凄む。

「いかにも私はエスパー。でもそのことは忘れなさい。これまでに同じ手口で騙し取ったお金を返しなさい。そして二度とこんな真似をしないこと。もし以上の命令に背いたら・・・」

連載も長期に渡っていたが、このようなマンガのようなセリフ回しも珍しい。散々脅して、二人を遠くへと飛ばしてしまう。

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すると突然嵐が止み、夜空が開ける。台風の目に入ったのだ。おばさんのいる屋根に戻ると、水の中から大きな望遠鏡を抱えておばさんが現れる。こんな夜こそ観測のチャンスなのだという。無茶なおばさんだが、その意志の強さを感じさせる。

驚いたことに・・新彗星は台風の目の中で発見される。天文台に電報を打ち、おばさん=高見さんがその第一発見者であることが確認される。

翌朝、魔美は高畑に昨晩の奇跡を語る。そして「高見彗星」大発見の新聞を見せるのだった。

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実際に台風の目の中で観測された池谷・関彗星。この話を元にとても感動的なストーリーが生み出された。他にも、魔美が堂々とエスパーだと名乗る展開だったり、名犬コンポコの大活躍だったり、今でもありそうな詐欺師のテクニックだったりと、細かなネタもふんだんに盛り込まれている。

F先生の円熟味を増した傑作ではないかと思う次第である。


「エスパー魔美」の考察たくさんやっています。マガジンもどうぞよろしく。


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