魔美と高畑の命を賭けた戦い『サマー・ドッグ』/男前!高畑君②
「エスパー魔美」では、魔美の超能力と高畑の明晰な頭脳のコンビネーションで、事件を解決していくのが定番のパターンである。
魔美はその能力を隠して生活しているが、それはエスパーであることが世間にバレた場合に、好奇な目で見られてしまい、やがて弾圧を受けてしまうだろうという「魔女狩り」を恐れてのことである。
高畑には抜群の頭脳があるが、実はこちらの能力もあまり大っぴらにしていない。別に隠す必要も無さそうだが、高畑はあまりに頭が良いため家で一切勉強していない。そのため一生懸命勉強してる人たちに申し訳ないという気持ちがあって、あえてテストも間違えて解答しているほどである。
つまり、魔美も高畑もその能力を、世間に明らかにしていない。二人だけの秘密なのである。
さて、高畑君はもう一つ、パッとしない見た目からは想像もできないような、男気のある、一本筋の通った性格だということもクラスメートには知られていない。最初は、嘘を吐くのも吐かれるのも嫌いという堅物な性格だったが、そうした部分は魔美と交流していく中で解消していっている。
仕方がない時には嘘に必要だというような感覚も得たことで、高畑君の男気もパワーアップしたような気もする。
本稿では、そんな高畑君の男気や、堅物ではない人間の奥ゆきが感じられる傑作をご紹介したい。「エスパー魔美」全話の中でも、かなりの上位に位置する完成度の作品でもある。
本作の舞台はとある避暑地の別荘。はっきり場所を特定していないが、貸別荘があちこちにある森林高原ということから、軽井沢あたりを念頭に置いていると思われる。
魔美のパパがスケッチのために別荘を借りたので、高畑が招かれたところから始まる。魔美とパパは、夏休みを利用して度々スケッチ旅行をしており、本作の2年後にもダムに沈んだ村の近くを訪ねている。(『生きがい』)
方向音痴の高畑は、魔美たちの貸別荘の場所を、近くを歩いている少年に聞いて案内してもらう。少年は普段は東京のマンション暮らしだが、夏ごとに別荘を借りているという。そして、辺りに向かって「チビ」と声を掛けたり、口笛を吹いたりしている。子犬か何かを探している様子だ。
この少年は、本作のメインゲストキャラである。
魔美たちと合流した高畑は、さっそく近くの山にスケッチに誘われる。山を歩き出すと、中年体形の高畑君は、すぐにアップアップとなり「下り坂だけの山はないものか」とのび太のような泣き言をいう。
すると今度はコンポコの様子がおかしくなる。何か危険を察知したようでフェンフェンと鳴き回る。魔美は空中に浮いて辺りを見回すが、何もいない・・。コンポコも落ち着きを取り戻す。
魔美は空に浮かんだきかっけで、みんなで飛んで山奥へと行くアイディアを思つく。大ぴらに大自然を飛んでいく描写は、超能力に憧れる読者の夢そのものだ。
空を飛びながら、コンポコも大興奮。魔美も空からの眺めは一段と素敵だとご満悦。そして高畑は、魔美の後ろを飛んでいたが、魔美のスカートの中を間近にして、
と、口走りつつ顔を横に向けると、ゴチンと木にぶつかってしまう。「気をつけてよ」と魔美に注意されるが、テレキネシスの加減は魔美次第なので、それとない魔美のお仕置きだったのかもしれない。
眺めのいい高原でゆっくりしていると、遠くから銃声が鳴り響き、強い念波を感じる魔美。テレキネシスで飛んでいくと、両腕から出血している猟銃を持った男がヨロヨロと歩いている。
男は、二、三十頭の野犬の群れに襲われたのだという。狼よりも凶暴で、猟銃を使って何とか振り切ってきたという。魔美が様子を見に行くと、額に十字のあざのある白い犬を中心に、何匹もの野犬たちが連れ立って歩いている。男の言う事は本当だった。
高畑は、男を襲った野犬の群れは、いわゆる「サマードッグ」だと解説する。別荘地などでひと夏だけ犬を飼って、都会に帰る時に捨てていく。捨てられた犬は、群れを作って家畜を襲ったりする。生きていくためだ。
この別荘地では、数年前までは野犬の群れは鳥小屋を襲う程度だったらしいが、数年で猛獣と化したようだ。地元警察も、県警に連絡し抜本的な対策を講じることにするという。
と、ここで冒頭シーンで子犬を探していた少年が、魔美たちに額に十字のある犬がいなかったかと聞いてくる。魔美はリーダーっぽい犬がその特徴だったと答える。少年が探している犬が、かつて自分が捨ててサマードッグと化した犬だということがわかる。
さて、この後、魔美の作ったディナーが、ママの特訓の成果で「一応食える奇跡」の出来上がりになっていて、高畑・パパ・コンポコが泣いて喜ぶシーンを挟みながら、事件が発生する。
捨てていった犬(チビ)を気にしていた少年(伸一)が、置手紙を残して山に入っていったのだと、少年の母親が駆け込んできたのだ。魔美の名前が手紙の中にあったのでかちこんできたのだが、それは責任転嫁だと誰もが思うところ。
さらにこの母親は身勝手な人間の論理を振りかざす。
・息子の情操教育のため2年前に犬を飼った
・帰京する時置いて帰った
・マンション暮らしなので仕方がない
息子の教育という理由があるにせよ、犬の気持ちを全く考えない大人の代表選手として、この母親を登場させている。
藤子先生は基本的に人間が他の動物を蔑ろにすることを許せないと考えている節があり、同様のテーマを描いた作品は多い。本作と近いところでは、「ドラえもん」の名作『のら犬「イチ」の国』などがある。
魔美たちはテレポートで少年を探しに山奥へと向かう。すると強いベルが聞こえてくるので、その先に飛ぶと、小屋の中で伸一とは別の大人の男性が血まみれで倒れている。
野犬に襲われ、命からがら小屋に逃げ込んだそうだが、左ももの出血が酷く早く病院に連れて行かないと命の危険がある。
そして、気がつくと小屋は野犬たちに囲まれている。男を何とかしてなくてはならないが、魔美たちには伸一を助け出す仕事が残されている。
魔美は犬たちの思念を感じ取る。犬の気持ちを代弁させる貴重なシーンなので、全文抜粋しておく。
少年の母親のような人間が、深く考えずに捨てていった犬たちが、憎悪を募らせてその人間に復讐をしようとしている。犬の気持ちはセリフでは語れないが、魔美の思念を読み取る力によって、言葉で表現させている。素晴らしいシーンであると思う。
今にも死にそうな男性。魔美は血液型を聞きだし、自分と同じO型であると分かると、自分の血液を部分テレポートしていく。つまり、輸血である。この血の部分テレポートのシーンは、その自己犠牲の姿勢に、子供の時に読んで衝撃を受けた。
男は魔美の輸血によって持ち直すが、魔美は血を送りすぎて倒れてしまう。そして、小屋を取り囲んでいた犬たちが、天井や窓から襲い掛かってくる。魔美は残った力でテレポートをするが、距離が短い。小屋を出てすぐのところに飛び出してしまう。
野犬たちは魔美らに気がついて、小屋から移動してくる。魔美はぐったりとして、もう動けない。
本作では、まずは魔美ちゃんが男気を発揮しているのだ。
魔美はテレポーテーション・ガンを手に取って、高畑を最後の力で遠くへテレポートさせようとする。高畑は、そんな魔美からブローチを奪い取り、ポイと草むらに投げ捨てる。
体力もなくスポーツも苦手な高畑が、そこらへんに落ちていた棒を拾い上げて、静かに戦いの決意を固める。魔美に心配させまいと、表情はにこやかだ。深刻な事態にそぐわない表情が、逆に泣ける。
魔美には「目をつぶってな」と言って休ませて、高畑は野犬たちに立ち向かう。「来るか!!なるべくなら来ないでほしいけど」と高畑らしい意気込みを掲げながら。
そして一触即発となったところで、遠くから「おーいチビ」という声が聞こえてくる。声の主は、犬を探しに山へと入っていた少年・伸一であった。
伸一は今や野犬のリーダーとなったチビに向かって走り込んでくる。「会いたかったよ、捨てたりしてごめんね」と声を掛ける。魔美は「来ちゃダメ、チビは昔のチビじゃない」と叫ぶ。先ほど、犬たちの人間を敵視する思念を感じ取っているから、魔美にはその危険度がわかるのだ。
しかし伸一は、魔美の掛け声を聞かずにチビのもとへと飛びつく。額に十字の「元チビ」は、ガウと叫びながら、伸一に襲い掛かっていく。
ズンと犬は伸一の上にのしかかる。一瞬の静寂があたりを包む。伸一が犬を抱きしめる。すると、犬の目に驚きのようなものが見られる。野犬のリーダーが、飼い犬チビへと戻る。
伸一とチビとは抱き合って、ペロペロして再会を懐かしむ。それは二年前の夏の想い出と重なり合う。大人の事情で二人は引き裂かれたが、一緒にいた時間は、愛情たっぷりの素晴らしいひと時だったのだ。
伸一はチビを連れて帰りたかったのだが、チビは野犬の群れを統率するリーダーである。群れの仲間を見捨てることができず、チビとは再び別れなくてはならない。自分を去っていくチビの名前を叫び続ける伸一なのであった。。
魔美は極度の貧血ということで、体を休める。うわ言のように「あの犬たち、無事に・・」と呟く。
翌朝。高畑は朝刊を手に取る。「野犬全滅作戦」というタイトルの記事を読む。記事によると、野犬の被害が深刻化したので猟友会を中心に大規模な山狩りをして、ほぼ全滅させたのだという。
高畑は顔色を変えて、朝刊を焼き捨ててしまう。冷静になれない高畑の姿に、グッと心を掴まされる。
魔美は病床で目を覚まし、高畑に声を掛ける。考えていることは昨晩の犬たちのことだ。何とかして世話ができないだろうかと思う魔美。犬たちの気持ちに直に触れた魔美の心情に心を寄せる高畑。
そして高畑はウソをつく。
もうチビたちについては手遅れである。しかし、本当のことを倒れている魔美に告げることはできない。後で、何で教えてくれなかったのかと罵られるかもしれない。けれど、今の最善は、ウソをついて、魔美の心身を休めることである。高畑はそのように判断したのだ。
本作は、命がけで戦おうとした高畑の雄姿も印象的だが、魔美の気持ちを汲み取りつつ、ウソで最善を追求する高畑の優しさと覚悟もまた、心を打つ。「男前!高畑君」に相応しいタイトルであると思うのである。
そして、献身的に行動し、犬の気持ちに寄り添い続ける魔美もまた、「男前」であった。・・・今の時代、「男前」もないか。。
傑作ぞろいの「エスパー魔美」の解説やっています。
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