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藤子先生、T・Pに命を救われる。『チャク・モールのいけにえ』/フニャコフニャオを探せ⑥

藤子作品に横断的に登場する、作者を反映させたキャラクターのフニャコフニャオ。「マンガ」をテーマとしたお話にしばしば姿を見せることで知られている。そこで「フニャコフニャオを探せ」と題して、これまでに5本の記事でフニャコ先生が出てくる6作品を紹介してきた。


本稿では、藤子F先生のライフワーク的作品であった「T・Pぼん」に登場するフニャコ先生を探し出す。

「T・Pぼん」は、描かれた時期によって3部構成となっている。本稿で取り上げる『チャク・モールのいけにえ』という作品は、第二部の第二話目にあたるエピソード。

実は「T・Pぼん」の第一部の第七話目『暗黒の大迷宮』の中で、名前は明かされないがフニャコフニャオ先生と思しき人物が登場して、ぼんたちに腕づくでカメラを取り上げられている。

本作では次いで二回目の登場となるのだが、名前はフニャコフニャオではなく、「タラ子タラ夫」であることが判明する。おまけに家族構成も明かされる。しかも、今回ぼんたちに救われる重要な役どころとなっている。(本筋には微妙に絡まないが・・)

本作に登場するのは「タラ子タラ夫」先生ではあるが、広い意味でのフニャコ作品として紹介していきたい。


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「T・Pぼん」『チャク・モールのいけにえ』
「月刊コミックトム」1980年6月号/大全集2巻/タラ子タラ夫

「T・Pぼん」は歴史上不遇の死を遂げた名もなき人々を救い出すというお話。毎回、古今東西の有名な歴史的事件を背景にして、その裏側にある歴史上の「犠牲者」たちに視点を向けた、非常に優れた歴史マンガである。

第一部では、タイムパトロールの見習いになった並平凡(なみひらぼん)が正隊員のリームとともに活躍した。そして本作の属する第二部は、晴れて正隊員となったぼんが、今度は助手となった安川ユミ子を従えて、先輩の立場で活躍していく。

『チャク・モールのいけにえ』は、ユミ子の初めての任務を通じて、もう一度T・Pぼんの少々複雑な設定を紹介する重要な回となっている。


並平凡は初めての助手の登場に、「先輩として優しく導いてあげよう」と気分がソワソワしている。助手、安川ユミ子はぼんの家へとやってきて、タイムパトロールの任務について、説明を受けることになっているのだ。

なお、凡がはしゃいでいるのは、後輩が可愛い女の子だからウキウキしているのではなく、後輩ができたこと自体が嬉しくて仕方がない様子。

やってきたユミ子は「早く仕事がしたい」と意欲満々、そして、

「革命下のパリへ行って、マリー・アントワネットを助けましょうよ」

と大仕事への意欲を示す。

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ところがぼんはこれに対して、「これだから素人は困る」と先輩風を吹かす。タイムパトロールの任務は、過去改変をしない範囲で一般の人々の命を救うこと。マリー・アントワネットのような歴史的重要人物を助けることはできないのである。

ちなみにこのユミ子のセリフと全く同じ内容を、かつてぼんもリームに対して聞いている。ぼんがすっかり先輩となったことを表現しているシーンである。


「タイムボート」をユミ子に見せると、私も欲しいと言い出すが、経験を積んで準隊員にならないと貰えない。タイムボートには、本部資材課から時空直送便で色々な品を送ってもらえる仕組みだが、そこにユミ子の制服が届いている。

さっそく着替えると言って喜ぶユミ子。さりげなく、この制服を着ると「体が見えない膜に包まれるので水中でも活動できる」と説明が加わっている。そして制服姿のユミ子が戻ってくるが、デザインが新しくなっている

ユミ子は「今の制服が垢抜けないと思っていたので変わって嬉しい」と素直に喜ぶ。ぼんも新しい制服が欲しくなるが、本部からはしばらく待つように伝えられる。結果的には第三部にならないとぼんには新制服を配られない

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本部から見習い隊員ユミ子のために、簡単な任務が伝えらえる。その内容とは、1978年のメキシコ・チチェン・イッツァ(マヤ文明の遺跡)で日本人観光客がピラミッドから転落死しているので、これを助けるというもの。この日本人こそが、漫画家のタラ子タラ夫である。

実際に藤子F先生はマヤ遺跡への取材旅行を1978年11月に敢行している。本作が執筆される2年前、ちょうど「T・Pぼん」の連載が始まってすぐのタイミングである。藤子先生はこの頃から、毎年のように世界各地に取材旅行に出向いていて、それが作品に反映されている。

なので、この後登場するタラ子タラ夫は、完全に作者自身のことなのである。

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ぼんたちはチチェン・イッツァ、ククルカンのピラミッドの頂上へとやってくる。高所恐怖症のぼんがビビるが、ユミ子はケロッとしている。そうこうしているうちに、タラ子先生と付き添い(編集者?)がピラミッドの下にやってくる。

タラ子タラ夫の風貌は、完全に自分自身を模したキャラクターとなっていて、これまで見てきたA先生とF先生を合わせた造形のフニャコフニャオとは異なる。なので、名前を変えたのだろう。

タラ子先生はピラミッドの上に登ろうとしているが、編集者から高所恐怖症の上、運動神経も鈍いので止めるよう進言されるが、せっかくメキシコまできたのに、と強く反論。ずんずんと階段を上がっていってしまう。

タラ子先生の行動を止めるべく、ぼんは本部から先生の息子3人の映像を加工して送ってもらい、口々に「落ちたら死んじゃう」などと言わせて先生を我に返らせる。まだ四分の一も登っていないが、下を見た先生は高い高いと大騒ぎ。目をつぶって這うように降りていくのであった。

ちなみにタラ子先生は息子が3人いることになっているが、実際の藤子先生は娘3人の親だった。

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見習い隊員向けとはいえ、今回の事件はこれにてあっさりと解決。せっかくなので、チチェン・イッツァをもう少し探索することにする。ぼんは事前に圧縮学習をしているので、知識はたっぷり。ただし、ぼんも高所恐怖症なので、ピラミッドから降りるのは、タラ子先生と同じように苦労するのであったが・・。


この後はマヤ文明における生贄文化について二人は関心を寄せていく。ここからが本題ではあるのだが、この記事では簡単に展開を記しておく。

マヤ文化は生贄の風習があったが、けっして野蛮な国家ではない。天文学などは発達していて、マヤ暦は今の暦にかなり近い精度を持っている。農業国家であったため、降雨が死活問題となる中、雨と雷の神チャク・モールに生贄を捧げた。円滑に生贄を選ぶために、生贄となった人間は神に招聘されて天上界で暮らせる、といった宗教的な箔付けもされていた。

生贄の風習に納得できないユミ子に、「ビジプレート」という道具で実際に900年前の生贄を捧げる儀式を見てみることに。このビジプレートは、ドラえもんにおける「タイムテレビ」と考えてもらって良い。

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喜んで生贄に捧げられたと言われていたはずだが、実際に生贄として連れていかれる女の子は、とても悲しそうな表情をしている。そしてこの女の子は、抵抗するのだが、捕まって無理やり生贄を捧げる池へと投げ込まれる。

ユミ子は初めてこのような歴史上の犠牲者の姿を見て、可哀そうと言って泣き出してしまう。そして、「助けに行きましょう」とぼんにすがりつく。ぼんは、その気持ちはわかるとした上で、無闇に助けては歴史が変わってしまうと説得する。

歴史改変における考え方を、ブロック塀に例えて説明する。人類が経験してきた出来事をブロックだとすると、歴史というのはブロックで組み上げられたブロック塀である。それはとても壊れやすく、塀のてっぺんに現代の僕らは住んでいる。

タイムパトロールは出来の悪いブロックを修復する役目を負っているが、しっかりくっついているブロックを無理やりに抜き取ると、ブロック塀=歴史全体が壊れて消滅してしまう。なので、原則として、T・P本部が探し出した人だけを助けなくてはならない。

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ユミ子は「原則としてでしょ」と食い下がり、「不幸な人を見つけて運命を変えていいかを調べる方法もあるのではないか」と提案する。つまり、積極的にブロックの修復を担ったらどうだろうか、という考えである。

ここでは、T・Pの仕事を説明するとともに、新人隊員ユミ子の視点から、不幸な歴史を正そうという考え方が提起される。これは、もともとぼんも考えていたことだし、もう一度タイムパトロールの葛藤を表現していくために必要なやり取りであった。


ユミ子の熱意に絆(ほだ)されたぼんは、「ビジプレート」で見た生贄の儀式の時代へとタイムボートで向かう。そして「チェックカード」で調べると、彼女を救っても歴史に影響しないことがわかる。

そうなれば、なるべく自然な形で生贄を救助するだけ。生贄が池に落とされた後で、水中で救助する。ユミ子はここにもう一押しするべきだとして、本部に掛け合う。

池からチャク・モールを登場させて為政者たちに「神が生贄を喜ぶと思うのか」と脅しをかける。さらに手厚く人工降雨機で雨を降らせて、チャク・モールの発言に真実味を与える。ユミ子は、初仕事にして、アフターサービスまで含めた完璧なしごとぶりを見せつけるのであった。

ぼんは、ある時期を境にして、マヤの生贄の風習はプッツリと途絶えていたことを思い出す。それはもしかしたら、今回のユミ子の行動によってもたらされたのかもしれない。

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本作は見習いタイムパトロールの安川ユミ子の仕事デビューということで、簡単な事件が用意された。それが藤子先生がモデルのマンガ家タラ子タラ夫の救出であった。

新人パトロールの目線から、もう一回物語の設定を紹介しつつ、すっかりベテランとなったぼんに新たなる活力を与える展開にもなっている。

藤子先生は、実際に本作を描く2年前にメキシコのチチェン・イッツァを訪ねているが、この時にマヤ文明の生贄の風習が当然消えたことを聞き出したのではないかと想像される。そうしたネタから本作が作られたのではないだろうか。


さて、長い長いフニャコフニャオ特集も次回で一区切り(予定)です。


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