誰が初めて完成させたのか?『タイムマシンを作ろう』/タイムマシンで大騒ぎ⑪
タイムマシンにおける、代表的な思考実験をしてみたい。
もしタイムマシンが発明されて一般的に使われるようになったとする。ある一人が過去へ行き、何かの事象の影響を与えて未来を変えるとする。例えば過去の自分に知恵を与えて、それによって人生を成功へ導くというような場合である。
ところが、ある一人が成功すると、それによって本来成功していた人物が二番手になったりして、その人の運命も変わってしまうことが考えられる。
するとその負の影響を受けた人間が、同じようにタイムマシンを使って、もっと前の過去に遡って、自分に都合の良いように事実を変えることもありうる。
そう考えていくと、各人が自分勝手に現実を作り変えようとすれば、やがて血で血を洗う争いごとが起きてしまうだろう。一つのタイムラインにおける選ばれし事実は一つなので、誰もが都合の良い世界などが作られるわけがないのだ。
よって、藤子作品においては、過去に行って現実を変えようとしても、運命は変わらない(変えられない)パターンを数多く採用している。そうしないと、未来がいくつも分岐したりして、作品としても取っ散らかったお話になってしまうからだ。
ところが、思考実験的な題材にチャレンジしている異色SF短編において、「各人でタイムマシンを作ってしまったら・・・」というアイディアを深掘りした作品が存在する。各々が自分にとって都合の良い未来を追い求めた結果、どのような事態となってしまうのか?
本稿では、それをじっくりと見ていきたい。
タイムマシンと言えば「ドラえもん」。私たち日本人にとっては、もはやそうなっているが、本作の世界も同様だったようで・・・。
冒頭、本作の主人公となる中学生の松井と、幼馴染みの友人杉本がてんとう虫コミックス「ドラえもん」の第1巻を手に取って会話をしている。杉本の家の押し入れでみつかったらしく、互いに懐かしがる。
二人は「ドラえもん」のひみつ道具の中では「タイムマシン」が好きだったと語り合う。二人は小学校入学時に、「将来科学者になってタイムマシンを作ろう」と誓い合ったことがあるらしい。今となっては幼い頃の思い出である。
この「誓い」は、ラストで生きてくるセリフなので、覚えておいてもらいたい。
二人が別れると、去っていく杉本の名前を呟くおじさんが一人。そして松井の顔をジロジロと覗き込んでくる。不信に思う松井だが、おじさんから君に用があると話しかけられる。
と、何やら不思議な前置きから始まる。
このセリフは後々の展開を思うと、かなり含みがある。まず、松井の周辺状況についてこの男は最初からわかっていると明示している点が一つ。さらに深読みすると、お母さんがその後元気ではなくなる状態を知っているように感じられる。
そして、今度はいきなり本題ズバリ。松井に対して「タイムマシンを作れ」という。ちょうどタイムマシンの話題をしたばかりだったこともあり、そのまま話を聞いてしまう松井。
それをいいことに話を続けるおじさん。彼が言うには・・
さすがにそこまでの話を聞いて、松井は呆れて帰ってしまう。
帰宅して勉強机に向かうが、タイムマシンのことを考えていた子供の頃を懐かしがって、ぼうっとしてしまう。
この辺のシーンを読んでいると、小学校卒業の頃になり、それまで夢中で読んでいた「ドラえもん」が押し入れの奥へと追いやられ、空想の世界に遊ぶ心を失ってしまうという自分自身の体験を思い出す。何とも切なさを感じさせる場面である。
その夜。ドラえもんの夢を見ていた松井。すると勉強机の引き出しがゴトゴト言い出し、中からドラえもんが・・・ではなく、昼間にタイムマシンの絵空事を語っていたおじさんが姿を現す。
これは夢だと思いこむ松井。おじさんは、引き出しの中を見せて、そこが超空間であることを示す。そして衝撃的な事実を述べる。自分は2033年の未来から来た、51年後の松井である、と。
現在の松井が14~15歳くらいだろうから、60代半ばということだろうか。見た目的に年を取った自分を見て、驚き、がっかりする松井。しかし、彼はタイムマシンの存在を受け入れる。
ここで、松井がその後どういう経歴を辿るかが語られる。
ちなみにお嫁さんがきれいな人かどうかは、次元が低い質問だと言って答えてくれない。もしかしたら、研究一筋で結婚していないのかもしれない。
松井は「でき上がったマシンをくれればいいのに」と呟くが、それじゃ意味がないと、51年後の松井。この時代の技術と材料で中学生の松井が作らないと駄目だという。
やたらと制作を急がせたり、一人で作らせようとしたり、何だか裏の事情がありそうである。
さらに誰にも秘密だと釘を刺すのだが、特に杉本にはしゃべるんじゃない、と付け加える。裏の事情には、杉本の将来が関わっているのであろうか??
翌日から、杉本の誘いも断って、タイムマシンの制作に取り掛かる。あまりに単純な装置なので、訝しがる松井。51年後の松井は、もっとも原始的な「使い捨てブーメランタイプ」だと説明する。
さらにタイムマシン事情に通じている松井は、時代を遡ってタイムマシンを作らせるのは過去への干渉ではないかと尋ねると、初老の松井はそんなことは百も承知だという。
つまり51年後の自分は、歴史を大きく変えるために、タイムマシンの作り方を教えているのである。
幾日か経ち、タイムマシンが完成する。人が二人乗れるくらいの大きな機械で、外観は木製。内部にはシンプルなコントロールパネルが設置されている。
51年後の松井が、まずどの時代に行ってみたいかと聞くので、松井は「中生代!白亜紀あたりで、生きた恐竜を見たい」という。これは、藤子先生が一番にタイムマシンで行ってみたい時代である。
「T・Pぼん」というタイムパトロール隊が主人公の作品では、第一話で恐竜時代に飛んでいる。ドラえもんの大長編に選んだ作品も一発目は「のび太の恐竜」であった。いかに、藤子先生が恐竜時代に憧れていたのかがわかる。
ひどい乗り心地だが、人間の最初に作った乗り物はこんなものだろうと51年後の松井は言う。ここは、タイムマシンのリアルさが増すやりとりである。
そして、恐竜時代。目の前に現れるT・レックスなどを見て、大興奮の松井。しばらくして、そろそろ帰ろうと大人の松井が言う。現代に戻って、実験の成功を発表しろというのである。
ここで51年後の松井の狙いがわかってくる。それは、中学生の松井をタイムマシンの第一発明者にしようというのだ。では、なぜそんなことをする必要があるのか・・。
そこへ、タイムホールを抜けて、大人になった杉本が姿を現す。そして「タイムマシンの発明者は、僕だ」と叫ぶ。そして、大人の松井と杉本の口論が始まる。
内容はかいつまむと、以下のようになる。
つまり、二人の雑談からタイムマシンのアイディアが現実味を帯び、杉本がタッチの差で早く完成させたのだが、マシンを使って松井が第一発明者の手柄を奪い取っていたというのだ。
その後も、タイムマシンを使っての名誉をかけた争いが続き、大人の松井は最終手段として、中学生の自分にマシンを作らせようと考えたのである。
親友だった自分たちが、醜く掴み合いの喧嘩を目の前で始める。「タイムマシンなんてどうでもいいじゃない」と泣き叫ぶ松井。ボロボロとなった杉本は、さらに過去へ遡って先祖に発明させようとタイムホールをくぐろうとする。しがみ付いて追いかけていく松井。
ホールは閉じてしまい、たった一人恐竜時代に取り残される松井少年。「ブーメランタイプ」だという説明を思い出し、もう一度タイムマシンに乗ってボタンを押すと、バズーンとマシンは大破してしまうが、元の自分の部屋へと戻ることに成功する。
そしてバラバラになったタイムマシンは、跡形もなく消失してしまう。
この日から、大人の松井と杉本は姿を消す。また、歴史も変わったようには見えない。作中では、「枝分かれしたパラレルワールドで争い続けているのかも」、というモノローグが入る。
そして翌日、松井は杉本に近づいていって、「おはよう」と声を掛ける。そして、
と子供の頃とは逆の誓いを立てる。何のことかさっぱりわからない杉本なのであった。
本作はタイムマシン発明第一号を巡って、親友同士が諍いあうという醜いお話であった。でも実際のところ、タイムマシンが完成して、それぞれが勝手な過去改変をしていたら、この世界は成り立たない。
本作においては、「パラレルワールド」の存在を匂わせていたが、並行世界で処理をしないと、タイムマシンは理論上存在しえないという結論だったのかもしれない。
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