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『ユメカゲロウ』に隠された神秘の力とは?/世紀の大発見④

大発見をテーマに記事を三本書いた。それらに共通するのは、人生を懸けて自説を証明しようと奮闘する老男性が描かれていることだ。

・証明された者
・次世代に託した者
・証明したと思い込んでいる者
と三者三様だが、一つのことに打ち込む姿は共通しており、彼らに対するF先生の眼差しは暖かいように思えた。

本作でも、やはり常識外れの自説に生涯取り組んできたおじいさんの存在がある。しかしこれまでと異なるのは、祖父の思いを受け継いだ孫のお話となっている点である。

そこに虫好きの少年少女を交流させて、一夏の青春作品に仕上げており、読後の爽快感は半端ない。もし未読の方がいれば、是非とも一読して欲しい。


『ユメカゲロウ』「マンガ少年」1977年3月号

深夜11時30分。セミの羽化を観察している少年少女がいる。詳細にスケッチをしていると、林の中でピカと何かが光る。気になりつつも観察を続けていると、セミがカラを脱ぎ捨てていよいよ飛ぶ準備を始める。

7年間の地中でのセミの暮らしに思い巡らし、感動的な気持ちで観察していると、またもや暗闇が光る。恐る恐る発光した所へ近づいていくと、再びビカと光り輝く。どうやら撮影用のストロボであるらしい。


すると撮影していた男が姿を現し「邪魔をしないで林から出て行け」と指図する。少年は「ここは自分の家の山林なのでその筋合いはない」と答えると、男は少年が|深山田家みやまだけの子供だと気付く。

男は浅野の孫だと名乗り、「ユメガゲロウの幻を追って帰ってきたとじいさんに伝えてくれ」と告げて山から去っていく。ここで少年の名前は精一であることがわかる。


少女は家に帰ると、夜中に抜け出したことで母親はカンカン。この家族は最近都心から引っ越してきたらしく、虫好きの少女にはたまらない環境であるようだ。

少女は浅野から聞いた「ユメカゲロウ」について父親に尋ねる。すると博識な父親は日本民話体系という書籍を取り出し、その中から「かげろう長者」という説話を紹介する。

昔、貧しい若者が蜘蛛の巣にかかったきれいな虫を助ける。その夜、若者の夢の中に女の人が現われ「あなたに助けられたユメカゲロウです」と告げる。それから色々あって、若者は夢のお告げの通り長者になった。

ユメカゲロウが夢の中に出てくるのがこの話のポイントであるらしい。

ちなみに本作で引用されている「かげろう長者」について調べてみたが、今のところ元ネタは探せていない・・。

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精一はおじいさんに浅野のことを告げると「浅野に孫がいたのか」と驚き、ユメカゲロウを追っていると聞くと「あの一族は狂っておる!」と激怒する。何か因縁があるような態度である。


別の日。虫好きの少女が網を片手に野原で虫取りをしていると、再び浅野に遭遇する。浅野が「ユメカゲロウ」を追っていると聞くと、少女は興味津々。大きさや色などユメカゲロウの特徴を根掘り葉掘り尋ねる。

浅野は自分の話を信じてくれる少女に心を開いて、寺のはなれの下宿先に誘う。そこで①浅野のおじいさんのこと②ユメカゲロウのスケッチのこと、そして③おじいさんがホラ吹きにされたことを語っていく。以下に簡単にまとめてみる。

①浅野のおじいさん
・元小学校教師で勤めの傍ら昆虫の研究に耽っていた。
・民話に出てくる「ユメカゲロウ」の描写が正確に一致することに気づき、実在の虫ではないかと考える
・大正12年9月に深山田の林でユメカゲロウを採取する
②ユメカゲロウ
浅野はユメカゲロウのスケッチを残していた。
体長25~30㎜。羽は薄紫で透明。触角は糸状で長く、複眼は光沢ある純黒色。
③ホラ吹きと呼ばれて
かつて浅野の手によってユメカゲロウは採取され、標本箱へと入れられる。大評判となり大学の調査隊も現れる。当時村長だった深山田のじいさんも大張り切り。記者団やカメラマンが集まる中、標本箱を開くと中身は空っぽだった・・。

浅野のじいさんは「ユメカゲロウ」を捕まえて箱にいれたのに、蓋を開けると姿はなかった。客観的には浅野が嘘をついていたことになる。マスコミに叩かれ、学校も辞めさせられ、村にも居づらくなってしまった。

その後もユメカゲロウを追い続けたものの、二度と見つけることはできなかった。孫である浅野は、祖父の思いを継いでユメカゲロウを追っているのである。

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すっかり浅野を信用した少女に対し、精一は「あんなインチキ野郎とは付き合うな」と激怒する。じいさんから浅野家が村を日本中の笑いものにしたと聞かされていたのである。

精一は浅野にインチキを認めさせようと直接対決に挑む。精一の抗議に対して、浅野はユメカゲロウについての仮説を披露する。

・ゴキブリの反応時間は0.03秒。人間の数倍以上である。ユメカゲロウの反応時間が異常に短かいのでは?
・ユメカゲロウは光が嫌いで暗闇しか活動しないために見つからない。
死ぬと同時に酵素が働き始めてたんぱくを分解。ユメカゲロウの死体は拾われない。

その上で「ユメカゲロウには大きな秘密が隠されている気がする」と浅野は語る。そして何千枚と暗闇に向けて撮影した写真の中から、羽の一部が写っているものを見せる。昆虫マニアの精一には、その羽が見たこともない虫のものだとわかるのだった。

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精一はユメカゲロウが存在する考えに方針転換する。おじいさんにそのことを言うと、「たわけたことを」と一蹴され、山林は団地にするので明日からブルドーザーが入ると告げられる。

ということで、残り一晩でユメカゲロウを見つけなくてはならない。この展開は一日で発掘しなくてはならない『ドキドキ土器』とほぼ同様である。


精一の作戦は、風上で殺虫剤を燃やして、逃げてくる虫を風下で片っ端から捕まえるという乱暴な思いつきであった。当然、浅野は反対する。しかしそれでは気が済まない精一は、殺虫剤作戦を子供たちだけで始めてしまう。

ところが殺虫剤につけようとした火が枯草に移り、山火事に発展してしまう。精一と少女と浅野の3人は、あっという間に火の海に囲まれてしまう。煙が充満し、まず女の子が倒れる。浅野と精一も一酸化炭素によって意識が朦朧としてくる。

逃げ道を失った状況で、浅野は祖父に対して「残念だ」と呟いて観念する。すると、倒れていた少女がスウと体を起こし、ユラユラと歩き出す。何かに引き寄せられるように煙の中へと進んでいく。

後をついて行くと、地面に裂け目があって、まだそこは煙が充満していない。火が回っていない場所を少女はフラフラと進み、やがて河原へと出る。火の海から脱出することのできた3人。ぼんやりした表情だった少女が、はっきりと意識を取り戻す。

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少女は、夢を見ていたと回想する。炎の中に女の人が立っていて手招きをしたという。長い髪と紫の着物を着た美人だったと。その話を聞いて、浅野は民話のユメカゲロウそっくりだと気付く。

「人の心を読み、人の心に直接語りかける、神秘な力こそ、ユメカゲロウの最大の秘密!!」


ユメカゲロウがいた証拠は見つかっていないが、長い年月、民話で語り継がれる存在であった。神秘な力でたびたび人間の前に姿を現していたのだ。

すると浅野のおじいさんのスケッチと同じ虫ーーユメカゲロウが大量に群れを成して、空へと舞い上がる姿を三人は目撃する。それはまるで紫色の炎のようだった。

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3人はユメカゲロウを捕らえようとはしない。神々しいまでの美しさに見惚れるだけだ。

「僕たち3人が、確かにユメカゲロウを見た。それだけでおじいさんも満足してくれると思うよ」

3人は遠くの夜空へと羽ばたいていくユメカゲロウの群れを静かに見守るのだった。


大発見をしてハッピーエンドとはならないのがF作品の一つのパターンである。人知れず見つかったり、次代に持ち越されたりと、何やら切ない気持ちにさせる作品が多い。単純明快に終わらない分、いつまでも記憶に留める作品になるのかもしれない。


SF短編も数多く考察しております。


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