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「夢だけじゃ腹は膨れない、わかるだろ」『人形が泣いた?』/藤子Fの演劇しよう④

藤子作品の中から、「演劇」「芝居」に関する作品を集めてお届けしている「藤子Fの演劇しよう」シリーズは本稿で4本目。

これまで「ドラえもん」「オバケのQ太郎」「キテレツ大百科」から計3作選んできたが、それぞれ全く異なるアプローチで描かれた作品だった。

あえて共通点を指摘するならば、子供たちは毎年、学芸会で演劇をしたり見たりしていて、そうした身近な劇というテーマが含まれているということだろうか。

気になる記事があれば是非ともご覧ください。


本稿ではこれまでとは変わって、「エスパー魔美」から、大人の演劇(人形劇)世界をテーマとした作品を紹介する。

身近で憧れの詰まった世界ではなく、「魔美」らしい少しビターでリアルなお話となっている。けれど、そこには夢が残されていて、素晴らしい後味の作品に仕上がっている。


「エスパー魔美」『人形が泣いた?』
「マンガくん」1978年7号/大全集3巻

コロナ前のデータで恐縮だが、総務省統計局の「社会生活基本調査2016」によると、25歳以上の演芸・演劇・舞踏鑑賞人数は1368万6000人であるという。

この数が多いかどうかはわからないが、この年の映画鑑賞人口が1億8000万(25歳未満も含む)だったことを考えると、正直物足りない感じがする。

もっとも、ライブで見ることを考えれば、座席数にも限界があるし、演劇の会場は主に都市部にあるので、地方に住む人々にとって、観劇の機会は少ないものとなる。数字としてはこんなものかも知れないが、儲かって仕方がないということではなさそうだ。

子供の頃は身近なお芝居の世界も、大人になると大部分の人が遠ざかってしまうように思う。


本作『人形が泣いた?』は、少し背伸びをした中学生の視点で大人の世界を覗き込む、「エスパー魔美」らしい現実的な問題を含んだエピソードである。

今回のテーマはずばり「夢で食べていけるのか」という、クリエイターにとって耳の痛い切実な問題に切り込んでいる。

しかし同時に、魔美と高畑の純粋な優しい気持ちが、世知辛い現実に奇跡を呼び起こしていく。

僕は本作を読むたびに泣いてしまう。良作の多い「エスパー魔美」の中でも抜群の作品ではなかろうか。

なお本作は、映画となったエスパー魔美「星空のダンシングドール」の原作にもなっている。原恵一の劇場映画デビュー作である。


冒頭、相変わらず下手くそな高畑君の野球を見ていた魔美が、平凡なピッチャーフライにテレキネシスを使い、大ホームランにしてしまう。「高畑ってやつは時々名選手になるんだな」と噂されているが、時々魔美の超能力で活躍させてもらっているということだ。

飛んで行ったボールの先に魔美が向かうと、転がったボールの近くで足を痛めて座り込んでいる初老の男性と、介抱する女性の姿がある。

魔美はうっかりボールを当ててしまったのかと思って声を掛けると、ボールではなく、男性の持病の関節炎で膝を痛めていたようである。

二人はヨロヨロと行ってしまうが、カバンを置き忘れている。魔美はそれをもって追いかけると、気がついた女性が引き返してくる。話を聞くと、カバンの中身は「人形芝居のスター」だという。

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魔美はこの女性に連いて保育園にやってくる。二人の男性がまだかと待ち受けている。本日の人形劇の会場はこちらのようだ。

人形劇の演目は「赤ずきん」。オオカミが変装したおばあちゃんに、赤ずきんちゃんが近づいていくシーンで、子供たちが「行っちゃダメ!」と熱狂している。

魔美は後ろで人形劇と、劇を見る子供たちの様子を嬉しそうに見ている。

「いいなあ、みんな劇に溶けこんで、夢中になってみてる。やりがいのある仕事だと思うわ」

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この話を後日、高畑に報告する魔美。人形劇団の名前は「こけし座」。たった4人だけの小さな劇団で、一年のうち半分以上は地方の保育園や福祉施設を巡業しているという。

魔美は人形の作り方や動かし方を教えてもらうことになり、事務所に遊びに行くことになったのだ。

そして魔美は言う。

「私も、今にあんなお仕事したいな。夢があって楽しいと思うわ」

高畑は、悪気もなくこう返す。

「それはどうかねえ。どんな世界でも、入ってみればいいことばかりではないもんだよ」

魔美は、高畑の物の見方が現実的すぎると不満を持つ。

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エンターテイメントの業界において、よく言われるお話である。見ている分にはいいけれど、作り手側に回ると楽しくなくなる、というヤツだ。

確かに、演劇鑑賞人口を考えた場合に、どれだけの人が満足してお芝居の仕事を糧にできているのだろうか。一年の半分を巡業に充てるような生活で、いつもワクワクしながら楽しく仕事ができるのだろうか。

表の華やかな部分に目が行く魔美と、裏側から現実を見てしまう高畑。二人の考え方の違いが、この後のドラマの対立軸となっていく。


魔美がこけし座の事務所に行くと、4人の劇団員が言い争いをしている。この前魔美が会った初老の男性とリーダー格の女性と、他の男性団員二人に分かれて議論をしているようだ。

男性二人は「天馬座」という一流の大劇団から声がかかり、こけし座を辞めると言い出したのである。女性(名前は水谷と判明)は、たった4人しかいない劇団から二人抜けられては困る、人形たちがかわいくないのか、と抵抗している。

男二人は、自分たちの将来を考える権利はある。いつまでもこんな小さな劇団には(いられない)・・と主張する。


先生と呼ばれた老男性は、男たちの話を受け止める。

「こけし座の今の有様じゃ、若い君らの将来を保証してやれそうもない」

まさしく、夢だけでは食べていけないという現実を語り下ろす。それでも男二人は演劇界から離れるわけではない。それを踏まえて先生は、

「舞台が変わっても頑張ってくれ。楽しい人形劇を、子供たちのために」

と、表面上は快く二人の退団を認めるのであった。

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このやりとりに納得がいかない魔美は、劇団を後にする男二人の前に現れて、どうしても辞めるのかと問いかける。

「余計なお世話かも知れないけど、どうしてあんな楽しい劇団を辞めるんですか」

と。「楽しいか・・・、まあ自分でやってみなよ」と冷たく対応する男たち。そして華やかに見える人形劇団の内幕をとつとつと語り出す。

・膝だけで床を這い回る。腕は人形を支えて上げっ放し。これが1時間続く。
・異動する「天馬座」ではぬいぐるみを使っている。立って普通の俳優みたいに演技ができる。
・ぬいぐるみは大きいから、大劇場でできる。大勢集客できて、劇団員も人並みの暮らしができる。

こけし座でもぬいぐるみを使おうと進言したようだが、先生は人形には人形の動きが必要だと言って聞き入れなかったという。先生が関節炎で苦しんでいた理由もこれで判明する。

男たちはしんみりと言う。

「夢だけじゃ腹は膨れない。わかるだろ」

魔美は、「…わかるわ」と答えざるを得ない。夢見がちな少女だが、現実がわかっていないお子さまでもないのた。

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たった二人となってしまったこけし座。これで夢が潰えた先生は、水谷さんにこれからの公演予定を全てキャンセルするよう指示を出す。水谷さんは嫌だと聞き入れない。「子供たちは楽しみに待っているのだ」と。

先生はすでに弱気だ。「実を言えば少し疲れたよ」と心情を吐露する。先生は子供の頃から好きで人形劇の世界に飛び込んだが、理想と現実が一致しないまま、近年は赤字の穴埋めが主な仕事となってしまっていたという。

水谷さんは食い下がる。道はまだ残されていると。具体的に、人形を片手使いに改造する方法、単純な動きにならないように見せる指の使い方、大勢の人形を出すことのできる試作品・・・を提示しようとする。

先生は「もういい、未練が残すばかりだ」と大声を出す。そして続けて、

「誰が喜んで自分の劇団を潰すものか。二十年以上も手塩にかけた劇団だからな。でも何にもで終わりがある。今がこけし座の終わりの時なんだよ」

と取り乱すのであった。

人形に涙を零す、水谷さん。

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魔美もこのやりとりを家の外で聞いて涙ぐむ。水谷さんは魔美に気がつき、先生の辛く悲しい気持ちはわかると、同情してみせる。しかし彼女は、先生の人形劇への情熱が消えたとは信じられないでいる。

これからも、先生のところに押しかけて立ち直ってもらうと、水谷さんはまだ一人、諦めていないのである


魔美は頼れる相棒(パートナー)、高畑に相談を持ち掛ける。何とかして先生の情熱を再度燃やしてもらうよう、説き伏せて欲しいと。高畑は第一感「そりゃ無理だ」と反応する。「先生は今絶望のどん底に沈んでいて、どんな言葉も耳に入らないものだ」と。

ところが、言いながら高畑は妙案を思いつく。人形たちが声を揃えて叫べば・・と。そして高畑は、魔美に今晩、人形劇をやろうと言い出すのであった。

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夜。先生の自宅兼こけし座の事務所。眠れずベッドに横になっている先生に、隣の部屋からシクシクと誰かが泣いている声が聞こえてくる。そっと扉を開けてみると、泣いている赤ずきんをオオカミが慰めている

赤ずきんとオオカミは、先生について会話をしているようだ。「おじいちゃんが私たちを見捨てた」と赤ずきん。「今度のことで一番悲しんでいるのはおじいちゃんだ」とオオカミ。

先生は、人形たちへの未練から夢を見ているのだと自分に言い聞かせる。

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赤ずきんは「先生がその気になれば道は開ける」とオオカミに言う。「一度に4人の人形しか動かせないのでは芝居も限られると」オオカミ。

すると赤ずきんは、7人の小人を呼ぶ。すると7人の小人が連なった人形か空を歩いてくる。水谷さんが考案した、片手で7人をいっぺんに動かせる仕掛けになっているのである。

オオカミは、やれそうな気がしてきたと思い直し、「みんなはどう思う」と問いかけると、仕舞ってあった棚から、次々と人形が飛び出してくる。

「やろうやろう。僕らの力でこけし座を続けよう」

思わず、「みんな、そんなまで・・・」と部屋に飛び込む先生。すると人形たちは、元の人形に戻って動かなくなっている。

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先生は人形たちを抱きかかえて涙を零す。

「わしが弱虫だったよ。もう、お前たちを泣かせたりしないからね」

魔美は、部屋の机の下に隠れて超能力で人形たちを操っていたが、先生が人形たちに駆け寄ってきたところで仕事は終わり、テレポートで家を後にする。

先生は飛びつくようにして電話のダイヤルを回す。相手はおそらく水谷さんだ。

魔美は思う、

「人形たちの嬉しそうな笑い声が、かすかに聞こえたような気がします」

と。

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夢だけじゃ腹は膨れない。

・・・か、どうかは、夢を叶えてみなくては分からない。まずは強く情熱を燃やして夢を叶えてから、それから自分自身で答えを出しても遅くはないのではないだろうか。


「エスパー魔美」の考察・解説やっています。


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