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やりなおしてみるかな、僕も。『スランプ』/Fキャラも不調になる④

「Fキャラも不調になる」シリーズの第四弾。今回は「エスパー魔美」のズバリ『スランプ』という作品を取り上げる。


「エスパー魔美」『スランプ』
「マンガくん」1977年19号/大全集2巻

本作は「エスパー魔美」の19話目。これまで着実に超能力のレパートリーを増やしてきた魔美だったが、初めて超能力が狂い出す。思った通りにテレポートもテレキネシスもできなくなってしまう。

そんな悩める魔美に対して、作中、エスパーアドバイザー高畑君が名アドバイスを送る。

「ただのスランプさ。一時的に調子が悪くなる…壁にぶつかったみたいになる…そういうことは誰にだって起きることさ。スポーツマンにもタレントにも作家にも、そしてエスパーにも」

スランプは誰にでもやってくるので、そんなに深刻になるなと助言している。

悩みはどうしても内省的に抱え込んでしまうものだが、みんなもそうなんだと、ある種の相対化をさせることで、少しでも気を軽くさせようという意図が込められている。


さらにスランプ脱出法として、

「だけどね、調子が悪くなったからって、投げ出しちゃ駄目なんだよ。そこから抜け出してこそ本物になれるんだ」

と語って、魔美を勇気づける。(ついでにコンポコもフェンフェン喜ぶ)

割とサラッと語っているが、不調を一時的だと捉えて、そこから踏ん張れるかどうかで、その後の人生が変わってくるという非常に重たい発言でもある。

これは当然のことだが、高畑の口を借りた読者に向けた藤子F先生からのメッセージである。または、自分に言い聞かせるような意味合いもあるのかもしれない。


仕事だったり創作活動だったりスポーツだったり、好きだったもの、得意だったもの、自信があったものが、何だかうまく事が運ばなくなる。特に藤子先生のような才能をそのまま仕事にしている人たちにとっては、スランプが長引くことは死活問題だ。

スランプが長く、深いものとなれば、その活動を投げ出さなくてはならない。でも、そこで歯を食いしばって踏み止まれるのか。もしかしたら、藤子先生の身近な人の中にも、そうして踏み止まれずに去っていった者がいたのではないだろうか。

このテーマは宮崎駿の映画「魔女の宅急便」でも描かれる。魔女のキキが突然、唯一会得している魔法、ホウキで空を飛ぶ能力が失われる。落ち込むキキに、絵描きのウルスラが「ジタバタするしかない」とエールを送る。非常に良く似た意味合いを感じる。

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本作では、魔美と高畑の他にゲストキャラとして、かつて一世を風靡したスター歌手、任紀高志と、交番からピストル奪って逃走する男の二名が登場する。

先に言ってしまうと、この任紀高志こそ、スランプに陥って、そのまま立ち直ることなくフェイドアウトしていった男である。何らかの理由で、カムバックできなくなってしまったのだ。

そんな任紀高志に、やはり何かに挫折して重大犯罪を犯してしまう青年が絡む。魔美はスランプ状態で、思うように超能力を使えず、この青年に捕まってしまう。そして、死のうと思って最後の宴をひとり開いている任紀高志と奇跡の合流を遂げるのである。

魔美・任紀高志・青年というスランプに陥った3人が集結して、それぞれのドラマが動きだす。シンプルだが、お見事な構成となっている。


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だいたいポイントは語ってしまったので、以降、簡単にストーリーを見ていこう

冒頭は任紀高志がカムバックしないかと誘われ、「もう俺の時代は終わった」と言って聞く耳を持たないシーンが描かれる。

ここでわかるのは、任紀高志は10年前に人気のどん底となったこと、本物の歌を歌える実力者であることだ。


続けて、魔美のスランプの象徴として、隣の陰木さんの池へとテレポートしてしまう姿が描かれる。この時にはまだ陰木さんは佐倉家と対立状態なので、当然いい顔をされない。

魔美は高畑に超能力の調子が悪いと話し、先ほど紹介したスランプの話題へと繋がっていく。


次のシーンでは、任紀高志が自分の歌を質入れするという珍しいことをしている。「思い出雲」という最高のヒット曲を歌い上げて一万円を借りている。

この曲はレコード大賞を取るほどの名曲で、これをたった一万で質に入れてしまうのはあまりに安すぎる。

後でわかるが、この一万円は、任紀高志が最後の宴をするための酒とつまみを買う費用だったと考えられる。ウイスキーの瓶と缶詰と乾きもの少々なので、一万円で十分なのだった。

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シーンは魔美の家へ。パパが任紀高志の「思い出雲」を歌い上げ、「パパの歌でも素敵に聞こえるので原曲はよっぽど素晴らしかったのね」、と魔美に皮肉を言われる。

そして新聞社に勤めるママ情報によって、任紀高志の過去・現在が明らかとなる。成功の後、事業を始めようとして騙されて、何億円もの借金ができた。すっかり人嫌いになったという。

その気になればキャバレーなどで歌って、食うには困らないはずだが、「俺の歌は余興じゃない」と威張り、今ではかなり酷い暮らしに追い込まれているのだという。

ここでの紹介では、プライドの高い任紀高志が、自業自得のように落ち目となっていったように思ってしまうが、実際はそんな単純なものではない。これも後ほど明らかとなる。

魔美は、任紀高志をスランプから抜け出せなかった人間として受け止める。きちんと描かれていないが、スランプの渦中にいる魔美の心はざわついたに違いない。

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再び任紀高志。彼はかつての自らの豪邸へと忍び込む。任紀が全盛期に建てた10億以上の値がつく贅沢な空き家である。任紀は広間まで入っていって、腰を下ろす。

そして思わず愚痴がこぼれる。

「この広間いっぱいに、客が溢れたこともあった。口々に俺の歌を褒め称え、争って俺のご機嫌を伺い・・・。それが一旦落ち目になるとどうだ!」

これは実際の芸能界でも、良く聞くような話である。芸能界にも限らないのかもしれない。権力を持った者に一斉になびき、権力を失った途端に去っていく。そして新たな人気者・権力者へとすり寄っていくのである。

これでは、人が信じられなくなって、誰も寄り付けなくさせたのもよくわかる。任紀は「たった一人のさよならパーティだ」と言って、カバンから酒とつまみを取り出す。死の香りがする

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魔美はいつものように事件の思考波を感じて目を覚ます。スランプで自信がないが、この念波を無視することはできない体となっている。

テレポートした先は電柱の目の前。ぶつかって地面に落ちると、町中で銃撃戦が行われている。

思わず家の門に身を隠すと、そこに犯人を追ってる警官が駆け込んでくる。何があったか聞くと、交番から銃が男に盗まれたという。

魔美は弾丸が飛んできた先へとテレキネシスで向かうが、木の枝にスカートを引っ掛けてしまう。

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警官隊は道路の封鎖を完了させる。取り囲まれたことを知った犯人の青年が登場。追い詰められた青年は、「一人でも多くを道ずれにしてカッコよく死んでやる」と、警官一人に銃口を向ける。

すると青年の上に魔美が降ってくる! 木の枝に引っ掛かって、そのまま落ちてしまったのである。怒り狂う青年に魔美は捕まり、そこでテレポートをしてしまったので、図らずも警官隊の包囲網を突破させてしまうことになる。


魔美と青年がテレポートした場所、それは任紀高志の豪邸だった。青年は金と食い物がありそうだということで、魔美を脅しつつ家の中へと入っていく。

そして、一人酒を煽っている任紀のいる広間に出て、三人はここで合流となる。すっかり酔っ払ってご機嫌な任紀は、青年たちに酒を勧めてくるが、警戒した青年が「舐めた真似すると撃つぞ」と脅す。

すると任紀は、これはありがたいと立ち上がる。

「そろそろ死のうかと思ってたとこなのよ。ところがいざとなると踏ん切りがつかなくて。さ、撃ってくれ!!」

任紀がさよならパーティと言っていたのは、やはり自殺を考えていたからであった。任紀の挑発に乗った青年は、思わず引き金を引く。ガギュンと任紀が飛ばされるが、腕をかすっただけであった。

任紀は心臓を押さえて、「ここへ当ててくれないと困るんだ」と青年に詰め寄るが、魔美が制止し、「まいいでしょ。秋の夜は長いんだ」と一人納得して、腰を下ろす。なぜか3人でのささやかな宴が始まる。

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魔美は任紀だとは知らずに、どうして自殺をするのか尋ねる。任紀は「することがなくなったからだ」と語る。続けて、「僕の役は終わったのだ」と。

魔美は、「死ぬ気になればなんだってできるはず」と食い下がるが、任紀は独特の言い回しでそれを却下する。

「僕はね、主役なんだ。主役は最後まで主役でなくちゃ。脇役になってまで生きろとは・・・そりゃ君、残酷だよ」

栄華を極めた者しか発せられないセリフであり、脇役で生きる残酷さは主役を務めた者にしか理解できない。

魔美のパパやママが言っていたように、単純にプライドが高いとか、いばり散らしているわけではないのだ。


任紀は「華やかなフィナーレと行くか」と言って一人立ち上がり、カーテンを開いて月の光を浴びる。最期のスポットライトが任紀を照らす

そして、高らかに持ち歌を謳い出す。デビューから20曲ばかりのメドレーとのこと。

歌を聞き、しばらく黙っていた青年が、「ありゃ、任紀高志じゃないか」と男の素性に気がつく。凄みのある歌いっぷりに圧倒される青年と魔美。青年が言うには、自分のガキの頃流行っていた曲であるという。

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「思い出雲」が歌い上げられると、「お袋が好きだった歌だ」と言って、涙を流す。

「あのころは・・・俺も・・・」

ついには、堰を切ったようにウォーウォーと号泣する。その様子に目を見張る任紀と魔美。すると青年は、

「お、おれ、やり直す! 生まれ変わったつもりで。すぐに自首します」

と言って立ち上がり、どこかへと駆け出していく。任紀の歌をきっかけに、子供の頃の自分と母親を思い出し、彼は行動に移したのである。


そして、そんな彼に心を揺さぶられる男がいる。

「意外だ・・・。僕の歌に、まだ人の心を打つ力が残っていたとは・・・人生やり直しか・・・」

自分の歌声で人の心が動いた瞬間を目の当たりにして、自分の力が残っていることを知る。「スランプ」に陥っていた男が再生する瞬間である。

「やり直してみるかな、僕も」

いつの間にか大きな窓からは朝日が差し込んでいるのであった。

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さて、残すスランプ=不調者は魔美一人。魔美は翌日、高畑に昨晩の顛末を説明する。超能力者としては良いところが無かったと落ち込む魔美。そんな彼女に対して、エスパーカウンセリングの高畑は、またまた良いことを言う。

警官が撃たれずに済んだのも、犯人が自首する気になったのも、任紀が自殺を止めたのも、全部魔美がヘマを繰り返したおかげだと。そのヘマこそ最大の超能力かも知れない、と。

褒められているのか何だかわからない話だが、魔美はスッと気分が晴れていくのを感じる。

「これ、高畑さんの超能力ね、きっと」


そう、テレポートやテレキネシスだけが超能力ではない。

歌の力で人を更生させるのも、人が感動する姿を見て生きる気力を取り戻すのも、スランプに落ち込む者を明るく前向きな気持ちに誘導させることも。全部人間が持ち合わせた「超能力」なのである。

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結論:エスパーは超能力を使わずとも人を救うことができる!


「エスパー魔美」全話解説中!


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