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少年は更生する。「パーマン」『通り魔は二度と出ない』/通り魔と放火魔①

藤子F作品は、子供向けマンガがほとんどなので、作品内に出てくる事件や犯罪は、あくまで子供目線で描かれる。特に「パーマン」などのヒーローものなどでは、子供にとって身近な恐怖や事件がテーマとなることが多い。

具体的にどんな事件が描かれているのか。

藤子作品全体を読んでいくと、最も多いのが「誘拐」だ。人さらいは子供にとって身近な恐怖で、実際に藤子作品全盛期の1960~80年代には子供をターゲットにした誘拐事件が頻発していた。これについては数本の記事を書いているので、目次からどうぞ・・。

他によく目にするのが「ライオンの脱走」「強盗」「ピストル犯」「ニセ札事件」などである。藤子ワールドでは、日々何かしらの事件や犯罪が発生しており、なかなか物騒な世界となっている。


さて、今回はそうした犯罪(者)が登場するお話の中から、「通り魔と放火魔」を描いたエピソードをまとめて見ていく。全4回シリーズで「通り魔」と「放火魔」を2作品ずつ紹介する予定である。

まず本稿では、身近なヒーローもの「パーマン」から、通り魔事件について描かれたお話を紹介したい。


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「パーマン」『通り魔は二度と出ない』
「週刊少年サンデー」1967年27号/大全集2巻

本題に入る前に、まずはそもそも「通り魔」とは何かを確認したい。

昭和57年度版の「犯罪白書」によると、昭和56年6月、警察庁において「通り魔犯罪」を以下のように定義したという。

「人の自由に通行できる場所において、確たる動機がなく、通りすがりに不特定の者に対し、凶器を使用するなどして殺傷等の危害(殺人・傷害・暴行及びいわゆる晴れ着魔などの器物損壊等)を加える事件」

ポイントは金銭面などの見返りを求めない犯行であり、特定の被害者に対する犯行に至る動機がないこと。襲われる方からすれば全くの無差別であり、防ぐのが非常に困難な犯罪だ。

この「犯罪白書」によれば、全犯行における「通り魔犯」の検挙率は低く、犯行後に犯人が逃走した場合に、その後の特定が難しいことを物語っているという。

最近の報道資料によれば、「通り魔殺人」は警察庁の統計が残されている1994年以降毎年発生し、2020年までに未遂を含めて179件起きたという。このうち、6件は犯人が検挙されていない(21年11月現在)。


なお、戦後の通り魔事件としては、1959年1月に発生した「荒川連続自転車通り魔殺傷事件」が有名である。事件の概要は以下の通り。

・1月27日夕方、荒川区内において自転車に乗った少年と思われる男性が、約1時間の間に10名の女性を切りつけた。
・最後に襲われた16歳の女性が絶命
・捜査の中で1月21日頃から同様の手口(凶器は異なる)による通り魔が多発していた。明らかとなった被害者は11名。
・1月30日、被害者宅に、犯人から「あまり騒ぐな」という内容の脅迫状が届く
・地元住民の協力を得ながらの捜査が続けられたが、1974年に未解決のまま時効を迎える
計21名が襲われた一連の事件では、被害者は全て女性。犯行時間帯は午後5時から7時40分の間であった

最初はカミソリのようなものでの犯行だったものが、27日には小刀が凶器に使われている。短期間で犯行がエスカレートしていることがわかる。


この事件は日本全国に衝撃を与え、特に犯行が行われた荒川区では、住民が恐怖に慄いたとされる。当時のニュース映像が残っていたので確認したが、学校や職場、銭湯からの集団帰宅の様子が映っていた。

今となってはかなり大仰なイメージを持ったが、それほどに当時の世相に与える影響が大きかったことが見て取れる。


本作は「通り魔」という、当時としてはごく身近に感じられる犯罪を題材にしている。読者となる子供たちにとっても、他人ごとではない空気は感じ取っていたことと思う。


ところで、先述した「荒川連続自転車通り魔殺傷事件」では、目撃情報から犯人像として15、6歳の少年で作業服を着た「炭屋の小僧」風の少年とされた。学生ではなく就労している少年という点が特徴的である。

藤子先生は当然この事件に作家としてのインスパイアを受けたと考えられるが、犯行に及んだのが「就労している少年」という点に注目したのではないかと、僕は想像している。

もし少年の犯行だったとして、一体なぜ無差別の殺傷事件を起こしたのか、何が不満だったのか、何を得たかったのか。そうした犯罪者への興味関心が本作を生み出しているのではないかと勝手に考えている。


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前置きが長くなったので、簡略してストーリーを追っていく。

夜遅くに帰宅途中のパパが、背後からバットを持った男に殴られるという事件が発生。特に恨まれることもなく、襲撃後に何も取られなかったことから、これは「通り魔事件」だと考えられる。最近、近所で同様の事件が発生しており、丸山さんや角川さんの主人も狙われたという。

この話を聞いたみつ夫とガン子は怒り沸騰。特にガン子が「通り魔をぶん殴ってやる」と言ってバットを持ち出す始末。ガン子曰く「パパにもしものことがあったらうちの生活はどうなるの!」と、彼女なりに事件を深刻に受け止めているようだ。

みつ夫は「パーマンに任せろよ」とガン子に言うが、「そうかしら・・」とイマイチ納得していない様子。

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その晩、日中に寝だめをしていたみつ夫とガン子が、動き出す。みつ夫はパーマンに変身して飛び出し、ガン子もバットを片手に「仕返ししないと腹の虫が収まらない」と夜の町へと繰り出す。

ガン子は怖い顔の中年男を見つけて、「あんなのが犯人に違いない」と言ってコソコソと後ろを付けていくが、実際はビビりの男性で、ガン子の気配に恐れ戦き、家へと走り込んで、「おかあちゃん、通り魔がつけてきた」と大慌て。

さりげないギャグシーンだが、「人は見かけによらない」という伏線が込められている。

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その後、ガン子とみつ夫が合流。夜に出歩くなと言い合いになるが、そこに通り魔と思しき男が通りがかる。マスク・メガネ・帽子姿で、バットを片手にしている。

みつ夫はパーマンに変身できずにいると、ガン子が「親のカタキ!」と通り魔に立ち向かっていき、たまらずみつ夫が割って入ると、通り魔に逆襲されて殴られてしまう。

ガン子が「通り魔ですよぉ」と大騒ぎすると、犯人は逃げ去ってしまう。近所から大勢の人が出てくる中、犯人と同じ身なりでバットを持った男が歩いている。ガン子は警官に、あの人が犯人そっくりだと告げると、

「ばか言っちゃいけない。あの青年は真面目で感心な人なんだよ」

と相手にしてもらえない。青年の家庭では、両親がなく、5人の小さな兄弟たちの面倒を一人で見ているのだという。

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さて、次の夜。今度こそと夜中に飛び出そうとするガン子を見つけたみつ夫は、ママに告げ口して足止めをさせる。そして、「探し物の名人」であるブービーを呼んで、通り魔犯を探すよう告げる。

しかし、みつ夫が「棍棒を持ってうろついている人間が怪しい」と言ったものだから、ブービーは警棒を持った警察官を捕まえてきてしまうのだが・・。


パーマンたちが路地に降りると、ちょうど通り魔犯が通行人を襲おうとしている瞬間に出くわす。パーマンパワーであっという間に犯人を捕まえ、ブービーに警官を呼んでくるよう命じる。

通り魔がマスクを脱ぐと、なんと兄弟たちを養っているという青年だった。驚くパーマンは、そうしてこんなことをしたのか聞くと、

「苦しかったんだよ。勤め先をクビになって、新しい仕事を探し回っても両親がいないと難しいんだ。小さな弟や妹たちがお腹を空かせてるのに…。僕はもうどうしたらいいのかわからなくなったんだ」

と答える。

注目すべきは、両親がいないことで新しい仕事が見つからないという悩みを吐露している点。窮状にあえぐ人をより苦しませている社会状況への、作者の問題意識を感じさせる。

続けて男は、

「世の中がよってたかって僕らを苛めているような気がして、腹が立って腹が立って」

と動機を語る。世の中全般への怒りが、犯行の原因なのであった。

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さて、このような同情の余地のある青年に対して、パーマンはどのような対処をするのか。犯罪を行ったことは間違いないので、犯罪者として警官に突き出すのか。情状酌量の余地ありとして見逃すのか。

少年犯罪において、「犯罪者」の側面を強調して「罰」を与えるのが、今の世の中の流れだ。しかし、「罪」と「人」を切り分けて、少年を「更生」させていくのが、そもそもの刑法(特に少年法)の考え方でもある。

何気に深いテーマへと突っ込んでいくのだが、これにどう決着をつけるのか。


パーマンは言う。

「同情はするけどそれはあんまり滅茶苦茶だよ。殴られると痛いものだよ、ほらね」

と青年をポカポカと殴る。

ブービーが警官を連れて戻ってくる。「さすがはパーマン」と喜ぶ警官だったが、合流したパーマンは「逃げられちゃった」と残念がっている。パーマンは、通り魔の青年を見逃したのであった。

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この判断はどうだったのか。後日、パーマンは思い悩む。

「僕だけの考えで逃がしてやったけど、僕のやったことは正しかったのかなあ」

そこへ、例の通り魔だった青年が、スーツ姿で現れてパーマンに声を掛ける。勤め口が見つかったのだという。「おかげさまで」と話していることから、パーマンの好意に応える形で努力をしたことが想像される。

パーマンが「じゃ、もうあれは出ないね」と尋ねると、青年は答える。

「二度と出ません!! どんなことがあっても絶対に」

青年は、見事に「更生」したのだった。

パーマンは「良かった」と喜び、陽気に空に浮かぶ。口笛なんかを吹きながら。

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「パーマン」の考察たくさんやっています。


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