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「違う!絶対あの人じゃない」『ヤミに光る目』/通り魔と放火魔④

藤子作品の中でもヒーローを主人公としたお話(例:パーマン)では、物語上どうしても事件が必要で、その結果、藤子ワールドは常に日常に危険が潜んでいる。これは「名探偵コナン」で、江戸川コナンの周囲で殺人事件が多発することと同じ意味合いである。

そこで、「通り魔と放火魔」と題して、多彩なバリエーションを持った「事件もの」をこれまで3作品紹介してきたが、本稿でそのラストとなる。

今回見ていく作品は、ヒューマンな大人のドラマが描かれる「エスパー魔美」の中から、連続放火魔を魔美と高畑が追う『ヤミに光る目』を紹介していきたい。

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本作は単体で完結している傑作だが、実はこのシリーズ記事の一本目で取り上げた「パーマン」の『通り魔は二度と出ない』という作品と深く関連している。

『通り魔は二度と出ない』の詳しい内容については下の記事を参照いただきたいが、犯人である青年は、ご近所では兄弟思いのしっかり者と思われていた。言わば意外性のある犯人であった。

この作品は、人は見かけによらないというメッセージと共に、犯罪を起こしてしまう青年の心境にも寄り添った隠れた名作となっている。


本稿で取り上げる『ヤミに光る目』は、家族思いの男が犯人なのではないか、という疑念がよぎる作品となっている。『通り魔は二度と出ない』と同様の犯人像が浮かぶのだ。

それゆえ、『通り魔は二度と出ない』を知っている読者からすると、「犯人が捕まって欲しくない」、もしくは「真犯人は別にいて欲しい」という感情が芽生える作品となっている。

その意味で、可能であれば、『通り魔は二度と出ない』→『ヤミに光る目』の順で作品を読んでもらうと、深く楽しめることになると思う。


「エスパー魔美」『ヤミに光る目』
「マンガくん」1978年3号/大全集3巻

本作は、連続放火魔を魔美と高畑が追うお話である。しかし途中、魔美は家族思いの苦労人である青年が犯人なのではないかと思うようになり、犯人確保への気持ちが萎えてしまう

色々な状況証拠から、犯人である疑いが強まっていく中で、魔美も、読者も青年が犯人であって欲しくないという気持ちが芽生えていく。

「パーマン」の『通り魔は二度と出ない』では、犯人の青年をパーマンは見逃すという決断をするが、本作の高畑は、放火という犯罪を放置はできないという考えを示す。正義とは、罪とはと、読者の心を揺さぶるお話なのである。


それでは内容をざっと見ていこう。

冒頭、一軒家が火に包まれている。魔美が出動し、夫婦と倒れていたおばあさんを助け出す。翌朝、高畑が魔美に声を掛け、昨晩の活躍を労う。ここでの会話で、最近連続放火魔が現れていること、犯行現場の電柱やブロック塀に「火の用心」と書き残していることが明らかとなる。

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放火魔を毎晩追っているせいですっかり寝不足の魔美は、授業中に思わず居眠りして注意され、これは放火魔のせいだと憤る。そこで、今晩こそは放火魔を捕まえようと決意し、帰宅してすぐに勉強をしてしまう。早めにやるべきことをやって、夜中の行動のために昼寝をしておこうという訳だ。

この日はママの帰りが遅くなるので、パパの提案で出前でラーメンを取ろうということになる。魔美が「自分が料理を作る」と申し出ると、強烈に断るパパ(とコンポコ)。魔美の恐ろしい料理の腕前を知っての反応である。


6時半にはラーメンが届くはずだが、気がつくと夜9時になっている。魔美は勉強中に寝てしまい、パパも絵の仕事に夢中となっていたようだ。未配達の文句を言おうと、出前を頼んだ「福来軒」へと向かう魔美。

ところが福来軒の店員に、「文句が言いたいのはこっちだ」と逆にクレームを受ける。彼は確かに6時半にラーメンと餃子を届けたが、コンポコが鳴くばかりで誰も出て来なかったというのである。魔美は熟睡していて、パパは絵に夢中だったせいで気が付かなかったのだ。

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これにより夕食を食べ逃した魔美。コンポコ共々空腹で胃がグーとなる。魔美は、

「もしも今夜佐倉一家が飢え死にしたら、全ては連続放火魔のせいなんだわ!! おのれ放火魔、このうらみはらさでおくべきか~」

と、「魔太郎が来る」状態で、メラメラと恨みの炎を燃やすのであった。もっとも、コンポコにはドッグフードを食べさせればいいとは思うが・・。

なお、本作で引用された「魔太郎が来る」は、藤子A(安孫子)先生の代表作の一つで、本作の2年前まで連載していた作品である。当時は藤本・安孫子両先生は、藤子不二雄として、全ての作品で合作していたことになっているので、「魔美」で「魔太郎」の内輪ギャグが出てくるのは自然だった。

今となって読むと、魔美が演じる魔太郎は、恨みっぷりが可愛らしい。F先生はときどき自分の作品の中にA先生のキャラクターを登場させることがあったが、A作品独特の闇はそれほどうまく表現されていない気がする。

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翌日、魔美は高畑に放火魔を捕まえたいと相談すると、高畑は「放火のような大勢に被害を与える犯罪は野放しにできない」と賛同する。しかも妙案があるようなのだ。

放課後、二人は手近な犯行現場へと向かう。ここから高畑の抜群の推理力が発揮されていく。

電柱に残された「火の用心」の文字の位置の高さを、落ちている新聞紙を使って計測する。新聞紙の対角線の長さは約1メートルだという知識と、落書きは目線の高さで書くはずだという考察から、身長180センチの大男の犯行だと推理する。

高畑の家で、地図の上にこれまでの出火地点をチェックしていく。すると、直径約2キロの円を描きながら、連続放火を続けていることがわかる。時計回りに二周しており、最近3週目に入ったところと考えられる。

ここから、円の中心あたりに犯人が住んでいることと、次の犯行が起きそうな地点が推察される。二人は今晩、張り込んでみようということになる。しかし、それにしても見事な高畑の探偵っぷりである。

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魔美は家に帰ると、今晩もママが遅くなるのでラーメンのリベンジをすることになる。昨日のような間違いがないように、魔美は直接福来軒へ注文を取りにいく。

すると、昨日怒っていた店員の男が、180センチ超の大男であることに気がつく。しかも福来軒は、先ほどの地図に描かれた円の中心に近い。魔美は、ひょっとしてこの店員が犯人ではないかと疑いを持つ。

この男は電話をしているが、母親がまた倒れたという連絡のようである。店長が「店はいいからすぐに見舞いに行け」と指示している。恐縮して、店を出ていく男。魔美はその後をこっそりと追う。


男の母親は体が弱く、しばしば倒れているようである。今回は大したことはないらしい。「まだ死なれちゃ困る」と男が告げると、「お前が一人前になって店を持つまではどんなことをしても生きている」と答える母親。歳の離れた弟が心配そうに二人の話を聞いている。

男は店が閉まったらまた来ると弟に告げて、走って福来軒へと戻っていく。一連の様子を伺っていた魔美は、

「違う!絶対にあの人じゃない。・・・と思うわ」

と表情を曇らすのであった。

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夜中、高畑が迎えに来るが、魔美はすっかり気乗りがしない。犯人がもし彼だったら・・。高畑は「エスパーはその力を使う責任があるんだ」と言って、魔美を説得し、犯行現場となりそうな場所へとテレポートする。

魔美は高畑に、放火魔はどんな男か考えを聞く。すると魔美の気持ちを知らない高畑は、

「見かけじゃわからないね。ごく普通の人が、不満や悩みのはけ口に放火することもあるから。良くあることだけど、放火犯が捕まると、近所の人がびっくりするんだ。あの、真面目そうな青年が!?、なんてね」

と答えて、魔美をさらに落ち込ませる。

「パーマン」の『通り魔は二度と出ない』では、まさしく真面目な男が犯人であった。この話と同じ作者であることを考慮すると、福来軒の青年は、まさしく犯人像ピッタリと言える。

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さて、その話し中に、福来軒の男が夜道を歩いてくる。高畑は自分の推理した犯人像に当てはまると考えるが、魔美は「病人のお見舞いに行った帰りだ」と、自分に言い聞かせるように、弱弱しく主張する。

高畑が尾行しようと後を追うが、既に姿がない。青年は足が速いのだった。慌てる高畑に対して、魔美は「警察が捕まえてくれるからもう帰ろう」と、すっかり犯人確保に後ろ向きとなっている。「今夜の君は何だかおかしいな」と高畑は魔美の異変に気がつく。


すると、段ボールが庭に出しっ放しの家を見つける高畑。高畑は、段ボールの中に隠れて犯人を待ち伏せようというアイディアを出す。狭い段ボールの中で、密着する魔美と高畑のひと悶着があった後で、魔美は箱から出てしまう。

魔美から「家に帰る」と聞いて、高畑はそれは無責任だと引き留める。放火がいかに重大な犯罪かを語って説得しようとするが、魔美は「トイレに帰るのだ」と告げて、高畑はひっくり返るのだった。


魔美が家へと戻る途中、福来軒の男がマッチで火をつけようとしているのを目撃する。やはり、あの青年が犯人なのか・・。目を見張る魔美だったが、男はタバコの火をつけると、そのまま歩いて行ってしまう。たぶん、お見舞いの帰りだったのだ、そう言い聞かせる魔美。

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お手洗いを済ますと、パトカーのサイレンが聞こえてくる。テレポートで高畑の元に戻り、「何かあったの」と尋ねると、狙った通りにダンボール箱に火をつけようとした犯人が見回りの警官に捕まったという。

魔美は驚き、犯人はどんな男だったか、と高畑に迫る。魔美の勢いに面食らいつつ、高畑は

「ヒョロッと背の高いヒゲモジャの・・。」

と答える。その特徴は、福来軒の青年とは全く違う。魔美は「良かった!本当に良かった!!」と高畑に抱きつくのであった。

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家族の思いの苦労人が、世の中への不満を募らせて無差別犯罪に手を染める。そうしたお話を「パーマン」で描きつつ、本作ではそれを180度ひっくり返して、家族思いの男は犯人ではなかった、というオチにしている。

「パーマン」では、少年犯罪の動機に同情を寄せた感動作に仕上げていたが、本作では良き人物は犯罪を犯していなかったという、これまた別種の感動を用意している。

通り魔と放火魔の違いはあれど、この二作を連動して読むことで、藤子作品の物語上の奥行きを感じられることと思う。


「エスパー魔美」の考察やっています。目指せ全作解説!


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