見出し画像

世の中ね顔かお金かなのよ 『名画(?)と鬼ババ』/考察エスパー魔美⑥

「エスパー魔美 キャラクター作りの秘密」というF先生の残した文章を読むと、「オバQ」以来続いている生活ギャグ路線から目先を変えてみたい、ということで本作を生み出したことが書かれている。

その中で、主人公を中学生にすることで、活躍の場を大人の世界に広げていきたいという意図を表明されている。

本作が連載を始めた1977年は、「ドラえもん」に代表される小学生向けの生活ギャグマンガと、大人向けの「SF短編」を描いていたが、ちょうどその間に位置する、中高生向けのタイトルはなかった。大人の一歩手前の読者に向けた、ジュブナイルのような作品をF先生は描いてみたいと思ったのではないだろうか。

本作は主人公が女の子である点も含めて、かなり異色なタイトルである。そういうこともあって、あくまで僕の勝手な想像だが、本作の構想・準備にはしっかりと時間が取られていたのではないだろうか。それを裏付けることとして、「エスパー魔美」の最初の頃の各話は、それぞれ微妙に連動した物語が展開されており、一つのストーリーマンガのように読めなくもない

おそらく13話くらいまでは連載開始時からの予定であったのではないかと思っている。具体的にタイトルを上げてみよう。

第1話『エスパーはだれ?』・・・テレポートの能力開花
第2話『超能力をみがけ』・・・ポーカー対決
第3話『勉強もあるのダ』・・・テレポートの仕組みが解明
第4話『名画(?)と鬼ババ』』・・・佐倉十郎展開催
第5話『友情はクシャミで消えた』・・・テレキネシスの開花と高畑の嘘
第6話『くたばれ評論家』・・・剣鋭介VSパパの芸術と評論対決
第7話『春の嵐』
第8話『一千万円・3時間』・・・第4話の続編・姉妹編
第9話『どこかで誰かが…』・・・困った人の念波が聞こえる
第10話『未確認飛行物体?』・・・超能力で目立ってしまう
第11話『ただいま誘拐中』・・・超能力で目立ってしまう
第12話『魔女・魔美』・・・エスパーを疑われる
第13話『わが友・コンポコ』・・・高畑とコンポコの和解

この中で、1、2、3、5話は、エスパー魔美の設定回という位置付けとなり、魔美の超能力が開花し、発動の仕組みが判明するお話となっている。
第4話では、初回から魔美のパパが準備してきた個展、佐倉十郎展が開かれる。この個展をきっかけに、第6話の「評論とは」というテーマの回があり、第4話の後日談ともいえる第8話が描かれる。
第9話で初めて困った人のベルが聞こえるようになり、これで超能力は一通り揃う。第10、11話ではベルの効果が発揮されると共に、超能力を目立って使いすぎてしまう。それを受けての第12話では、魔美はエスパーであると疑われてしまう。
そして第13話では、第1話からギクシャクしてきたコンポコと高畑の和解が描かれる。

第7話だけ少し独立しているのだが、概ね1~13話までは物語が連動しているのである。そして、大きな流れの中で、個別の作品において「大人の世界」を意識したストーリーやテーマが描かれる。

本稿では、第4話を取り上げるが、本作は「金と人生」という切実なテーマを描いた作品である。いきなり深いテーマをぶつけてきたが、逆に言えば、F先生はエスパー魔美を使って、早く大人の世界=お金の世界を描きたかったのではないかと想像されるのである。


『名画(?)と鬼ババ』「マンガくん」1977年4号/大全集1巻(第4話)

『名画(?)と鬼ババ』は、まさしく名画と鬼ババの話。

名画とは、魔美のパパが長野県に旅行した時に描いた風景画のことである。神里村から見た神里山が描かれていて、古い日本家屋と桐の木が描かれた平凡そうな絵である。ちなみに長野県には上郷村は存在するので、こちらがモデルとなっているものと思われる。

この平凡な画に、二人の男女が食いついた。一人が上品そうな初老の男性で、個展が終わった後届けて欲しいと言って購入の意思を示す。この時、魔美が席を外し、高畑くんが注文を受けている

画像1

次にいかにも性悪な女とそのお付きの男。女性は「いい絵に思うけど」と話しているが、お付きの男は「この画家の絵は将来値が上がらない」などと芸術心のかけらもないことを言う。女は、「じゃ買っても仕方がない」と言っていたのだが、先ほどの上郷村の絵を一目見るや、即座に10万円の手付金を払って、個展が終わったら届けて欲しいと言って帰っていく。この時は、魔美が注文を受けている

高畑と魔美で二重に同じ絵を売ってしまったのだ

画像2

タイトルの鬼ババは、この絵に手付を払ったハザマ・ローンの社長のこと。魔美は二重売買を詫びて、注文を取り下げてもらうため、ハザマ・ローンの事務所へと向かう。

このハザマ・ローン、所謂サラ金だが、周辺の評判はかなり悪い様子。魔美が事務所内で社長を待っていると、社長室から怒鳴り声が聞こえてくる。

「そこをなんとか社長! あと一か月待ってもらえれば、元金も利息もきっと揃えて…」
「もう半年待たされたよ。後はあんたのプレス工場を差し押さえるしかないね」
「そ、そんな!それじゃ家族五人揃って首でも吊らなきゃ…」
「知ったことか!首吊りでも身投げでも好きにやるがいいよ!!」

非情なやりとりを聞いた魔美は「一カ月くらい待ったらどうですかっ」と部屋に駆けこむ。驚く社長。

画像3

魔美は我に返り、絵の購入の取り下げをお願いし、代わりに自分がモデルとなった傑作だと思っている絵を薦めるのだが、女の裸に興味はないと一蹴。「男性ヌードなら買ってもいいけど」と高笑いし、魔美とは喧嘩となってしまうのだが、女社長は、「法的手段に訴えてももぎ取って見せる」と強弁するのだった。

話にならないので、今度は先約の男性の住むマンションへと向かう魔美。先約を取り消してもらおうという訳である。

男性は一人暮らし。魔美を丁寧に迎えるのだが、絵の購入取り消しはできないと語気を強める。困った魔美は泣き出してしまうが、それを見た男性は、自分が代わりに女社長と交渉するので住所を教えてくれと申し出てくれる。

魔美は帰宅するが、何と女社長は夕方に現れ、話が付いたので一日も早く欲しいと言って、上郷村の絵を持っていってしまったという。

その夜、鬼ババの手にパパの絵が渡ることが許せない魔美は、ハザマ・ローンに忍び込んで絵を取り戻そうとする。コンポコを使って事務所に入り込むと・・・。

鬼ババのようだった女社長が、可愛い寝顔でうたたねをしている。涙を零しながら。そこに彼女の夢の風景が魔美の目の前に広がっていく。絵にそっくりの風景だが、桐の木はまだ小さく、少年と少女が仲良く会話をしている。この幸せそうな少女は、女社長の子供の頃のようだ。

画像4

女社長は優しい表情で目を覚ます。魔美を目の前にしても動じず、久しぶりに良い気持ちなのだと言う。ここからの女社長のセリフが抜群なので、抜粋してみる。

「あの頃は私も幸せだった。貧しかったけど、父ちゃんも母ちゃんもいた。そして正ちゃんがいた」
「(その後は)不幸が束になってのしかかってきたよ。お嬢ちゃん何かには、話したってわかるまい。ひと口で言えば地獄だよ
「でもね、あたしゃその地獄の底から這い上がってきたんだよ。金を武器にしてね。一円、二円と血の滲むような思いで貯めた金の力でね。今じゃ資産も何億円あるか・・・。欲しいものはなんだって手に入れられる
でも・・・、昔のあの日は買えやしない

女社長の欲しかったのは絵ではなく、絵から浮かび上がってくる幸せだったころの過去であった。彼女は金の力で地獄から這い上がってきたが、そこは天国ではなかったのだ。幸せは金では取り戻せなかったのである。

思えば、彼女の最初の登場シーンでは、いかにも不機嫌そうな表情を浮かべていた。身なりは豪華に着飾っているが、まったく幸せそうに見えていないのである。

お金と幸せはイコールではない。これが簡単に言えば本作のメッセージとなる。10万円の手付を貰ったと聞いた魔美のパパが、こういう。

「金は問題じゃない。僕の絵を欲しがってくれたことが嬉しい!」

この時は魔美が、「それではこの10万は私が貰ってしまおう」となるギャグシーンではあるのだが、何気なく、女社長の札束人生とは対極となる価値観を挿入させている。

画像5

女社長は、15歳で別れてしまった正ちゃんともう一度会いたいと願う。魔美は言う。「いつかきっと会えると思うわ」

魔美は夜遅くの訪問を詫びて帰宅の途につく。絵のことは改めて出直すことにする。急ぎ家に帰る魔美とすれ違うように、もう一人の絵の購入者である男性がハザマ・ローンを探している。

この男性の名前は、立野正治であった。

正ちゃんと鬼ババの再会を強く匂わせて、本作は幕を引く。余韻深い洒落た終わり方である。

画像6

女社長が正ちゃんと再会して、どのような変化を遂げるのだろうか。そうした興味関心の答え合わせとなるのが、第8話の『一千万円・3時間』である。こちらも本作同様「金と人生」というテーマを、全く別の切り口で描いている。本作と合わせて記事にしようかと思っていたが、だいぶ長くなってしまったので、こちらはまた次回としたい。


「エスパー魔美」の考察など、藤子F作品を幅広くレビューしています。どうぞこの目次から、気になる作品の記事に飛んで貰えればと思います。


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?