メイキング漫画の傑作「ドラえもん誕生」/考察ドラえもん⑬
2011年9月3日。ドラえもん生誕まで後101年という絶好のタイミングで、藤子・F・不二雄ミュージアムがオープンした。
Fマニアを自認する僕は、奥さんと藤子F仲間の某映画監督と、開館初日・初回を予約して、早速駆け付けた。入り口ではF先生の奥様が和装で出迎えて下さっていた。忘れられない思い出だ。
その時の話はまたいずれしたいところであるが、とにかく感動・感動の嵐で、小池さんラーメンやアンキパンを食べたりして、これほど楽しかった場所もない。そしてまたいずれ子供ができたら、連れて来ようなどと思ったものだった。
あれから9年半。残念ながら、以来Fミュージアムから足が遠のいている。けれど、子供も無事ドラえもんにハマらせたので、コロナが少し落ち着いたらまた出向きたいと思っている。
なんでこんな話題をしているかと言うと、年末にFミュージアムに行ってきたという会社の同僚の話を聞いて羨ましくなったからである。そしてその流れでHPを久しぶりに覗いてみたら、Fシアターという映像コーナーで、「ドラえもん誕生」をアニメ化していることを知った。生誕50周年の企画展示の一環であるという。
そういえば最近刊行された「0巻」でも本作が掲載されていたようだし、せっかくなので、本稿ではこの「ドラえもん誕生」を取り上げたい。凄まじく情報量の多いマンガなので、じっくり見ていくことにしたい。
『ドラえもん誕生』
「コロコロデラックス」
1978年11月25日発行/藤子・F・不二雄大全集20巻
本作は、F先生がどのように「ドラえもん」を生み出したのか? その苦労とアイディアが固まるまでの過程が描かれるとても貴重な一本となっている。
時は昭和44年(1969年)11月。スタジオ・ゼロと書かれたビル(市川ビル)の1階喫茶店で藤子不二雄両名が、次回作について悩んでいる場面から始まる。このスタジオ・ゼロというのは、鈴木伸一や藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫などが設立したアニメスタジオのことで、藤子プロも同じビルに入居していた。
この時、藤子F先生の主戦場だった小学館の学習誌では、今一つ盛り上がらなかった「ウメ星デンカ」の連載が終わり、次号から新連載が立ち上がろうとしているタイミングである。この段階では次回作のアイディアが固まりきらず、前号で、主人公不在の扉絵で予告編を載せて、何とかお茶を濁している状態であった。
ここでは藤本氏・安孫子氏とがアイディアを出しあうように描かれているが、この時点では完全に二人は別々の漫画を連載していたので、これはおそらくフィクションだと推察される。
ここで安孫子先生に電話があり、「チャンピオン」と「キング」からの原稿の催促だった。「そうか、「黒べえ」と「狂人軍」も遅れているんだった」と言うことで、安孫子先生は「後はよろしく」とスタジオに戻ってしまう。
ちなみに「黒べえ」は、少年画報社の「週刊少年キング」に連載していた安孫子先生の漫画のこと。キングは、A先生が「怪物くん」や「フータくん」などのヒット作を連載していた週刊漫画誌である。
「黒べえ」は、「ジャングル黒べえ」とは全く関係ない。不気味な見てくれの異能者・黒べえと、ペットのワシ・ハゲベエが、日常に現れては人間の嫌なところをあぶり出していくという、かなりブラックなマンガで、もはや少年漫画の趣はない。今回の記事を書くにあたり久しぶりに再読したが、安孫子先生らしさが爆発したタッチと内容で、すごく面白かった。「笑うセールスマン」の長編というイメージの作品である。
もう一本「狂人軍」は、秋田書店の「週刊少年チャンピオン」で連載していた安孫子先生の作品で、こちらは絶版かつ内容の問題からか存在がほぼ消された漫画である。狂人ばかりの野球球団を舞台にした不条理コメディで、タイトルの通り巨人軍を念頭に置いた選手名だったりキャラクターが登場する、らしい。Wikiのストーリーの一部を掲載しておく。何とかして読む手段はなかろうか。
平凡なサラリーマン・丸目蔵人は会社を無断欠勤したドライブ先で「狂楽園球場」なる野球場を発見し、覗いてみようとするが「気ちがい以外は中に入れない」と言われて追い出されてしまう。そこで丸目は気ちがいの振りをして「狂楽園球場」へ入ることに成功する。
ちなみに、「0巻」では、「狂人軍」も「黒べえ」もセリフから抜かれている。何かへの配慮だろうか??
先を進む。
アイディアの出ないF先生はスタジオへと戻る。オバQとドロンパの人形が目を引くスタジオ内の描写が出てくるが、おそらく当時の正確な様子を伝えているようだ。安孫子先生とまだ並んで執筆していることがわかる。
夜の十時になってもアイディアは浮かばず、F先生はA先生を残して、「場所を変える」と言って帰宅。スタッフの証言によると、F先生はどんなに忙しい時でも家に帰っていた、とのことだが、本作を見ると、仕事場を変える気分転換の意味もあったのではないかと察せられる。
帰り道の段階では、まだまだアイディアはぼんやりしている様子。
「主人公は風変りな面白いやつがいい。そして面白いことをするんだ」
帰宅すると、娘が二人寝ている様子がみえる。F先生には三人の娘がいるのだが、この当時はまだ二人だったのかもしれない。
書斎に入り、さらにアイディア出しをするF先生。締め切りに追われている状況下で、あの頃もそうだった、ということで昭和29年のトキワ荘に思いを馳せる。たった4ページの作品が出来なかったという黒歴史の回想である。
「まんが道」に詳しいが、藤子不二雄両先生は、上京後仕事を取りすぎて、次々と締め切りを落として、一度業界から干されている。
あの時から15年経っているが、ちっとも変ってないではないか、と嘆くF先生。「案を考える機械はないか」と言うことで「アイディア考え機」なる妄想をする。少しずつ「ドラえもん」に近づいているようだ。
ここで、家の外でネコが喧嘩する鳴き声がする。そしてかつてネコのノミトリに熱中して原稿が進まなかったという回想に話が飛ぶ。安孫子が手塚先生の所に出稼ぎに行っていた、という具体的な台詞も出てくるので、この話も事実だろうと推察される。
と、妄想のしている間に朝方の4時となる。時計を見て慌てだすF先生は、「タイムマシン」があったら!とまた妄想を始めて、すぐに「バカバカ」と意志薄弱な自分を責める。この後、ソファに寝転がって、F先生がアイディアについて持論を語っているが、これがF先生の創作術としてとても重要な部分なので全て抜き出しておく。
「結局、ヒラメキなんだよな、アイディアってのは。ほんのちょっとしたきっかけで、それまで漠然と頭の中にあった色んな部品がカチャ!カチャ!と繋がって、一つの作品にまとまるんだ」
この発言は、「アイディア」に対してかなり示唆深いものと考えている。この部分は、是非別稿でコラム化してみたいと思う。
翌朝、結局ソファで寝てしまったF先生は、慌てて飛び起きる。そして、「わしゃ破滅じゃー」と階段を駆け下りると、娘の起き上がり人形であるポロンちゃんを蹴飛ばして転んでしまう。
この瞬間、F先生の頭の中で、昨日から頭を巡らしてきたことが、パズルのようにカチャカチャと結びついていく。
・ポロンちゃん+ネコ → ドラネコ=ドラえもん
・便利な道具がポケットの中に
・頭の悪いぐうたらな男、いや、男の子を助けるためにやってくる
ついに、アイディアがヒラメク瞬間が来たのだった。「これでいけそうだ」と、笑顔で家を飛び出していくF先生。家族に見守られながら。
本作は、ずっと新連載のアイディアが出ないと悩むF先生が、自分とのび太を重ね合わせることで、ようやく「ドラえもん」を創造する物語である。同時にアイディアがどのようにヒラメクのかを描いている。
また、ドラえもんに繋がるアイディアのタネが作中に伏線として散りばめられ、それが最後の1ページでカチャカチャと回収してドラえもんが誕生するという見事な構成にもなっている。
最初は本作のようなバックヤードを描くことに難色を示していたというが、いざ描くとなると、素晴らしいエンタメ漫画を仕上げてくるF先生なのであった。
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