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推しが突然目の前に!『有名人販売株式会社』/クローン取扱注意③

藤子F先生が描くクローンの世界。本稿はその3本目の記事となる。

前々回で「ドラえもん」でのクローン代表作『ジャイアンよい子だねんねしな』を取り上げ、のび太が後先考えずにジャイアンとスネ夫のクローンを育てるお話を検証した。

オチとしては、偶然クローンが自ら取り消しボタンを押して、元の髪の毛に戻ってしまうというもの。


続けて、『ジャイアンよい子だねんねしな』の元ネタとしても楽しめる少年SF短編『恋人製造法』を考察した。

大好きな同級生の女の子のクローンを宇宙人に作ってもらい、育てようとするが挫折。女の子のクローンは、自分のクローンと一緒に宇宙へと旅立っていくというラストを迎えた。

両作とも軽く考えてクローンを育ててしまうという同系統のお話だったが、オチの付け方は異なっている。


本稿では異色SF短編の『有名人販売株式会社』を考察していく。浪人二年目の冴えない男の前に、突然、推しのアイドルが現れるが、彼女はクローンであった、というお話である。

こちらのラストは、また一味違うベクトルで描かれているので注目願いたい。


『有名人販売株式会社』
「月刊スーパーアクション」1984年9月号

藤子先生のSF短編は、1968年の『スーパーさん』を皮切りに、本作まで16年間で109本が描かれた。最初と最後の一年は一本ずつの発表だったので、実質14年間で107本。年間7.6本のペースであり、およそ2カ月に一作以上のペースで書き続けたということになる。

本作はSF短編の打ち止め的作品となってしまったのだが、藤子先生お得意のクローンを題材にした、夢のある後味の良い仕上がりとなっている。


主人公は二浪中の鷲塚与三郎。冴えない見てくれの男。バンコクに長期の仕事か何かで滞在している叔父夫婦の一軒家を借りて一人で住んでいる。

亜伊ドールという美少女歌手を推していて、部屋中にポスターを張り、テレビの歌番組を見ては、亜伊ちゃんとの触れ合いを思い浮かべている。念のため書いておくが、亜伊ドールはアイドルのもじりである。

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そんな鷲塚に巨大な箱が届けられる。かなりの重量だが、誰が送ってきたのか心当たりがない。開封してみると、先ほどテレビで歌っていた亜伊ドールが入っている。

鷲塚は声も出ない程にビビって後ずさりをすると、中から亜伊ドールが出てきて「亜伊ドールでーす」と声を掛けてくる。突然目の前に大好きなアイドルが現れて、ただただ驚くばかり。


そこに呼び鈴がしつこく鳴る。鷲塚の友人がやってきて「相変わらず一人で燻っているな」と言いながら、遠慮もせずに家へと上がり込んでくる。

鷲塚は亜伊ドールが突如送られてきたことを説明しようと思ったのが、なぜかドールの姿がない。

この友人、図々しく叔父の高級ウイスキーを飲みだし、すぐに陽気になって「エレベーターとエスカレーターのどちらでオナラをすることが罪か」などというくだらない話題を語り出す。

鷲塚が亜伊ドールのことを気にして挙動不審となっていたのをみて、友人は受験で精神的に追い詰められているものと勘違いし、「あんまり根を詰めるな」と親身になる。「次に大学落ちたら実家の北海道の牧場の景気が良いのでそこにこい」と励ましてくる。

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ちなみに牧場の景気が良いのは、クローン増殖システムを導入したことで、細胞一個から優秀な肉牛や血統正しい競走馬をコピーしているからだという。鷲塚は遺伝子工学の発展に目を見張る。

以前の記事でも書いたが、1980年代初頭は、動物のクローン技術が発達して、すぐにでも哺乳類やヒトのクローンを作れるようになると考えられた時期である。そういう空気が本作には流れている。

もっとも、実際に初めて牛のクローンが生まれたのは1998年のことで、想像していたように一足飛びに生命科学は進歩したわけではなかった。


友人が家を去っていくと、再びドールが現れる。部屋を掃除し、ドールが入っていた箱を粗大ごみに捨ててきたのだと言う。どこかへ行ったのではなく、仕事をしていたのである。

亜伊ドールは鷲塚に好意的で、お茶を汲んでくれたり、要求通りにサインを書いたり握手をしてくれる。大感激の鷲塚は「これがノイローゼのせいだったとしても治りたくない」と叫ぶ。


ドールが欠伸をして、眠くなってきたと言う。半分冗談で「泊っていく?」と鷲塚が尋ねると、「そのつもりで来たのよ」と即答し、鷲塚は喜びのあまり卒倒する。

結局、叔父夫婦の部屋にとおして「お休み」と声を掛けると、ドールも「お休みなさい」と言ってほっぺにキスをしてくれる。

鷲塚はすっかり舞い上がって自室に戻り、布団にもぐって「静まれ、身の程を知れ」とモゾモゾしている。彼のナニはうまく静まってくれたのだろうか?

翌朝、鷲塚が目を覚まし、夢のような昨晩の出来事を振り返ると、サインを書いてもらったノートが落ちている。慌てて叔父夫婦の寝室に行くと、ドールの姿はなく、かすかなぬくもりだけが残されていた。

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二日後、飯も喉を通らなくなった鷲塚は、友人を呼び出し「あれは絶対に幻覚ではない!」と興奮する。

すると友人は「有名人販売会社の噂は本当だったんだ」と意味深なことを言う。彼が聞いている噂では、有名人のクローンを作って売る会社が存在し、抜け毛などからDNAを手に入れ、密造コピーが行われているという。

他に噂で聞いているクローンに関する実例は以下

優良企業の優良な人材がライバル企業に引っ張りだこ
・暴力団の親分が、某プロレスラーを1ダース購入

・テロに怯えた某政治家が、自身の影武者を特注
・美男美女を我が物に、という需要が最も多い

この話を聞いた鷲塚は「クローンでもいいからもう一度会いたい」と遠い目をするのだった。

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この後、事実が明かされる。亜伊ドールは噂通りにクローンで、大金持ちのオヤジ向けで作られたのだが、なんと鷲塚与三郎というふざけた名前が重なって、間違って配達されてきたのだ。

亜伊ドールは主人公の鷲塚から回収され、本来の鷲塚に元に届けられたのだが、全く言うことを聞かない粗悪品だと鷲塚は怒る。

このクローンには開封するときに一種の刷り込みが行われるように強力な催眠暗示を施してあったので、最初に見た鷲塚を好きになってしまったのである。

ドールは、欠陥商品として工場で処分されることになる。ところがその晩、ドールは連れ去られる途中で脱出に成功し、鷲塚に元へと戻ってくる。

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突然ドールが戻ってきたのでまたも慌てる鷲塚だったが、事情を聞いて「追手が来ているはずだ」と二人で逃げ出し、友人の元へと向かう。

するとこの友人、クローンのドールに驚きつつ、人里離れた山奥の温泉に連れていくことを提案し、逃走資金だといって札束を渡す。チャランポランに見えて、とっても力になる男であったのだ。渡したお金は、牛のクローンで儲けた実家の仕送りだろうか・・。


二人は山奥へと向かう。冬はバスも通らないような山道を歩いていくと、滝つぼがあって、一人のサングラスをかけた女性が座って佇んでいる。そして鷲塚とドールを見ると、さっとどこかへ歩いて行ってしまう。

ちなみにこの滝つぼは「エスパー魔美」の『エスパーコック』で出てきた滝に似ている。どこかモデルとなる場所があるのだろうか?

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その夜。二人で温泉に浸かり、鷲塚はドールに背中を流してもらう。そしていよいよ寝る時間。「ほんとにいいの」と鷲塚が質問すると、ドールは、

「私、あなたのために生まれてきたのよ」

と夢のようなセリフを言ってくれる。そのまま「ドール!!」「与太さん!!」と二人は抱き合う。ロマンチックなシーンであるが、鷲塚は「ヨタ」の響きに戸惑い、改名を考えるのであった。

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一方その頃、本物の亜伊ドールが失踪したというニュースが流れる。男性歌手との恋のもつれに絶望したのがきっかけだ。昨日鷲塚たちが滝つぼで見た女性は、本物の亜伊ドールだったのである。

翌朝、クローンの亜伊ドールは本来の歌手の血が騒ぎ、サングラスもせずに野原で高らかに歌い上げる。体の奥底から歌がこみあげてくるのだという。そんな二人を遠くから見ている男がいる。


飯塚とドールが部屋に戻り、有名人販売会社に手入れが入ったという新聞記事を読む。「これで逃げ回らなくて済む」とドールは一瞬喜ぶが、警察は密売ルートを辿ってコピーの回収を急いでいると聞き、逆に不安に襲われる。

その頃滝つぼでは、本物の亜伊ドールが遺書を残して飛び込んでしまう。ドールを追っていた男たちは一足遅かったようだ。

悔しがる男たちだったが、その内の一人が先ほどドールをチラリと見ていたことを思い出し、あれはドールのクローンだったのかと感づく。

そして遺書を破り捨てる。クローンを連れて帰って、本物の亜伊ドールに変えてしまおうという計画を思いついたのである。

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鷲塚はドールをまたも見失い、今度は3日間ご飯が喉を通らず、ぐったりしているところを友人が訪ねてくる。

現れては消えを二度繰り返され、大きなショックを受けている。友人は「いい夢見たと思って諦めろ」と励まして帰っていく。

鷲塚がぼーっとテレビを見ると亜伊ドールが歌っている。歌い終わってインタビューコーナーとなり、司会の男が「ドールちゃんに恋人はいるの?」と、アイドルに絶対してはいけない質問を飛ばしてくる。

するとドールは、

「います! その人、今浪人中なんです。でも将来ちゃんとした社会人になったら、結婚したいと思っています」

と強く答えて、インタビュアーをビビらせる。
そしてさらに、

「鷲塚登三郎さん、待っているわよー」

と、叫ぶ亜井ドール。

鷲塚はテレビを見ながら感激しつつ「絶対に改名するぞ」と決意するのであった。

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アイドルにテレビ越しで好きと言われるシーンは、「パーマン」にも似た展開がある。本作を踏まえて書かれた可能性がある。

本作はクローンが本物と入れ替わってしまうというオチで、僕は「デーブ」という影武者大統領の映画を思い出した。

主人公鷲塚にとっては、降って沸いたラッキーな一件であったが、こんな夢のような話があっても良いと、心から思う次第である。


さて、クローンをテーマにしたSF短編がもう一本あるので、次稿で紹介する。これも素晴らしいラストなので、どうぞお楽しみに。


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