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ぼんとユミ子のコンビ誕生『通り魔殺人事件』/通り魔と放火魔③

「通り魔と放火魔」というテーマで藤子F作品を集めていく本企画。これまで「通り魔」作品と「放火魔」作品を一本ずつ取り上げた。前者は「通り魔」の犯行動機に焦点を当てたドラマ仕立て、後者は「放火魔」とQ太郎のバカなやり取りを描いたコメディと、まるでテイストが異なっていた。


次に取り上げる作品も、これまでと全く違うジャンルとなる。いかに作者の守備範囲が広いのかを実感してもらいたいと思う。


「T・Pぼん」『通り魔殺人事件』
「コミックトム」1980年5月号/大全集2巻

「T・Pぼん」はたびたび記事にしているが、主人公並平凡の立ち位置によって3部構成に分かれている。リームの見習い隊員となった第一部、正隊員に昇格しユミ子という見習いを持った第二部、正隊員に昇格したユミ子と任務にあたる第三部である。

直近で、第三部の幕開けとなった作品については記事にしているので、もしご興味あればこちらから・・。


本稿で見ていく『通り魔殺人事件』は、第二部の一番最初の作品である。

実は、第一部と第二部では掲載誌が異なっている。第一部は「月刊少年ワールド」という雑誌で連載していたが、この雑誌が「コミックトム」にリニューアルされ、7か月間の休載を経て第二部として仕切り直しの連載が始まった。(ただし不定期)

本作は久しぶりの掲載となるので、それを踏まえた展開があったり、改めてT・Pの設定を説明するような導入の物語となっている。


主人公・ぼんの町では連続通り魔が話題となっている。「誰がどんな動機であんな酷いことを・・」と話をしているので、犯人は無差別に非道な犯行を繰り返しているようだ。

その後は、主人公ぼんについての紹介が行われる。今では珍しくない「かぎっ子」であること、勉強熱心ではないことがわかる。

そしてぼんが居間でテレビを見ながらゴロゴロしていると、ニュースで噂の通り魔の犯行によって、安川ユミ子(13)が刃物で心臓を一突きにされて即死したと報道される。安川さんは、成績も良くスポーツも得意、明るく朗らかなクラスの人気者だという。

ぼんは、このニュースを聞いて「許せない」と憤っていると、「そこで君の出番だ」と言って、タイム・パトロール本部のゲイルという男がタイムボートに乗って姿を見せる。

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ぼんは「長く連絡が無いので、T・Pをクビになったかと思っていた」と返すと、ゲイルは「正隊員になると忙しいので、しばし休暇を取らせた」と説明する。

このやりとりで、ぼんが第二部の始まりにあたり正隊員に昇格したこと、第一部の最終回から7カ月空白期間があるので、その期間は休暇だったとうまく話を作っている。


正隊員一発目の任務は、先ほど報道された安川ユミ子の命を救うこと。とても身近な事件が対象だが、これは救助方法から考えなくてはならない正隊員の初任務であることを踏まえたものと思われる。

向かう先は3時間45分前。距離はぼんの家から1.1キロ離れた場所だ。

着いた先は、いかにも通り魔が出そうな見通しの悪い寂しい小道。ここで、T・Pの任務は犯人逮捕ではなく、不幸な少女を救うことであると説明される。歴史改変は最小限度に留めるというのが、大きなルールだからだ。

そこに前から、ユミ子が歩いてくる。ぼんは直接的に、「この道を通ってはいけない」と制止にかかる。いきなり現れたぼんに対してユミ子は猛反発。この道は家への近道で、指図される覚えはないというものだ。

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ユミ子が言うことを聞いてくれないので、ぼんも食い下がるが、逆に通り魔ではないかと疑われ、「誰か来てえ」と大声を出されてしまう。たまらずにその場から逃げ出すぼん。ユミ子の声で集まってきた人たちに追いかけ回される羽目に。しかし、ぼんが通り魔と勘違いされたために、図らずもユミ子の命は助かったのであった。

ぼんが逃げていくと、たまたまユミ子の家の庭に入り込み、彼女に見つかってしまう。ぼんはユミ子の口を封じ、自分は通り魔ではなく、逆に彼女の命の恩人だと主張する。

そして自分がT・Pという組織の隊員で、任務でユミ子を救ったことを説明するが、信じては貰えない。しかし、ぼんのことは悪い人ではないと判断してくれる。このあたりの聡明さが、ユミ子の特徴である。


ユミ子は時間旅行などはSFの空想世界の出来事で、科学的な常識があればそれは誰でもわかることだと反証する。13歳にして論理的な考え方に長けている。一方、論理で返せないぼんは、「論より証拠」だということで、ユミ子をタイムトラベルに連れていくことにする。

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タイムボートにユミ子を乗せて、ここからいくつかの時代を巡っていく。藤子先生が立ち会いたい場面を選んでいるようだ。

・世界で初めての動力機(ライトフライヤー1号)が飛ぶ瞬間
・アメリカ大陸発見間近のコロンブスの乗ったサンタマリア号
・弥生文化期の日本と同時代の中国大陸<三国時代>
・紀元前26世紀アフリカ大陸、建設中のジョゼル王のピラミッド
・マンモスのいる石器時代

ユミ子へのT・Pの説明であると同時に、読者に対しても作品の紹介をしている一石二鳥のシークエンスである。

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そして、ここでは具体的にタイムパトロールの道具などの設定が説明されている。

・「圧縮学習」で歴史の知識が簡単に覚えられる
・ぼんの新米時代、リームという正隊員とともに活動していた
・「チェックカード」で助けて良い人間かどうかを判断できる
・「タイムコントローラー」を使って、自分たちの時間を早めることができる
・「フォゲッター」のスイッチを入れておけば、T・Pに関わった人間の記憶を消すことができる

この一話を読むだけで、非常に簡潔に「T・Pぼん」のことがわかってしまう、素晴らしい構成である。


さて、話は単純には終わらない
現代に戻ってきたぼんたちに、本部のゲイルから連絡が入る。ぼんの取った行動は、失敗だったと告げる。それは、ユミ子の命は救ったが、通り魔は別の女性に狙いを変えて、違う命を奪ってしまったという。

至急現場に向かうぼん。しかし一足遅く、たった今男が女性を刃物で突き刺した直後であった。一緒に付いてきたユミ子が「タイムボード」で刺される前に戻ればいいと提案するが、「そうはいかない」とぼんは答える。超空間はデリケートで、消しゴムを掛けすぎるとすぐ破けてしまうという説明だ。

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そこで非常手段。時間を「巻き戻す」しかない。逆流時間のエネルギーを利用して、犯行前まで時間を戻すのである。そして「コントローラー」を手にして犯人に対峙するぼん。

犯人は、先ほどユミ子を救う時に林の中潜んでいた男だった。「たびたび邪魔しやがって」とぼんに立ち向かってくる。ぼんはフォゲッターをつけ忘れていたので、犯人はぼんの顔を覚えているのである。

しかも、正隊員となったばかりのぼんは、ここでも痛恨のミスを犯す。「コントローラー」のスイッチをマイナスに入れてしまい、自分の時間だけがゆっくり流れる設定にしてしまったのだ。

通り魔に襲われるぼん。突き飛ばされて「コントローラー」も手放してしまう。ところが、ユミ子がこれを拾って、犯人に殴りかかると、スイッチが入って犯人のスピードが遅くなる。偶然に「コントローラー」が作動したのである。

ユミ子は犯人の動きが遅いことがわかり、ボカボカと犯人を殴り倒して、事件は逆転解決へ。


ぼんは事件解決は良いけれど、フォゲッターをつけ忘れていたことで、ユミ子がペラペラとT・Pの秘密をばらしてしまうことを危惧する。ユミ子は「喋るかも知れないなあ」とぼんを脅し、「もっとも私も隊員になれれば別だけど」とちゃっかり、仲間になることを提案していくる。

ぼんはゲイラを呼び出し、助手が欲しいと頼むのであった。。

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こうして、ぼんとユミ子のコンビが誕生する。コンビデビューとなる作品も、藤子Fノートで既に記事にしているので、こちらも是非読んでみて下さい。


本作は「T・Pぼん」の設定説明の回として、非常に良くまとまっているお話だった。通り魔については、それほど本筋とは関係ない形で登場しているが、手頃?な犯罪者として使ったものと思われる。


「T・P」ぼんの解説やっています。


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