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あわてんぼうコンビの珍道中。「やじさんきたさん」/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介㊳

藤子不二雄としてのデビュー作「天使の玉ちゃん」から始まり、20代の多感なトキワ荘時代に描かれた藤子作品を追っていく「藤子F初期作品をぜーんぶ紹介」シリーズも、いよいよ佳境に入ってきた。

本稿では、1959年の後半、25歳から26歳に年が上がる頃に短期連載された「やじさんきたさん」について見ていきたい。

「やじさんきたさん」は、講談社の学年誌「たのしい一年生」1959年9月号の別冊付録用に描かれた作品。この時は連載前提だったのか、単なる読み切りだったのかは、わからない。

いずれにせよ、翌10月に旅の続編が載り、その後1960年1月号まで全5回に渡って連載された。最終回となっている1月号のお話では、ラストに至ってもまだまだ旅は普通に続いており、最終回のつもりで書いていないように思える。

よって、「やじさんきたさん」は、何となく始まって何となく終わる、不思議な味わいのある作品という印象を受けるのである。


さて、せっかくなので、初回について詳細を見ていき、本作の魅力について明らかにしていきたい。

「やじさんきたさん」
「たのしい一年生」1959年9月号~1960年1月号

「やじさんきたさん」は、19世紀初頭に発表された十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」を原作に、主人公の弥次郎兵衛と喜多八(略して弥次喜多)を子供のキャラクターに置き換えたお話。

ちなみに「膝栗毛」とは、栗毛(=馬)の代わりに膝(=脚)で旅をするという意味。「東海道」を旅するわけだが、その目的地は江戸時代の一大観光地であった「お伊勢」である。

原作では、江戸において不運続きの弥次喜多が、財産を全て背負ってお伊勢参りの旅に出るというロードムービー仕立てになっており、行く先々で何かと事件や騒動を引き起こしていく娯楽篇である。

詳しい内容を知らなかったので今回調べてみると、弥次喜多の二人は伊勢神宮に到着後、さらに西へと進んでいき、京都~大阪から四国に渡り、安芸の宮島まで辿りつき、そこから戻ってきて、善行寺などを経由して江戸に帰着する。

「東海道中」というタイトルから想像できないほどに、日本全国を旅する大冒険の物語なのであった。


さて、藤子版の「東海道中膝栗毛」は、最初から京都を目指す設定となっている。きたさんの方が背が高く、やじさんよりもお兄さんのように見える。二人の人物設定については、第一話目の扉で簡単な紹介がある。

やじさんはうっかりや。
きたさんはあわてもの。
ゆかいなふたりたびのはじまりです。

「うっかりや」も「あわてもの」も言葉を変えているだけで全くの同義。要するにウッカリ慌て者コンビの珍道中ということでよかろうと思う。


第一話『いざ、京都へ』

さて第一話。別冊付録掲載ということで、ボリュームも全32ページと分厚い。コマ数は76コマとなっている。二話目以降は「たのしい一年生」の本誌掲載となり、各回6~8ページほどの短編となる。

主人公を読者に近づけるべく子供に変更しているが、それにしても本作は時代ものであり、これが小学一年生向けとして成立してしまっているのは、昭和の時代性を強く感じさせる。

藤子初期作品では時代物が多数あるが、子供たち(+その親)が求めていた娯楽の題材としてピッタリであったのだ。


冒頭、旅の目的は不明だが、やじさん・きたさんの二人で京都を目指すべく旅がスタートする。大勢の人に見送られているし、お金や荷物や弁当を忘れて出発して取りに戻ったりしていることから、原作のような人生の仕切り直しの旅というような意味合いは全く込められていない。

茶店で最初の昼食となるのだが、さっそく悪そうな男に「旅は初めてか」と聞かれて、そうだと答えてしまったので、「旅は怖い、悪者だらけだ」と脅されて、刀(実はおもちゃ)を買わされる羽目になる。

何のことはない、悪者はいきなり目の前に、善人のフリをして登場していたのである。


その後、子供たちにイジメられているカメならぬ、すっぽんを助ける二人。池があったら離してやろう、まるで浦島太郎だ、と機嫌が良くなる。このスッポンがここからの物語の影の主役となっていく。

乗り慣れない馬の暴走できたさんがゴミ捨て場に突っ込んで真っ黒になってしまい、乞食扱いされるというトラブルもありつつ、最初の宿場に着く二人。

乞食と疑われたきたさんが「金ならある」と大金を懐から出してしまったために、悪者に目を付けられてしまう。まるで初めての海外旅行でカモられる日本人学生のようである。


やじきたの二人はまるで修学旅行のようにお風呂場でわちゃわちゃしている間に、旅人狙いの泥棒に部屋に忍び込まれて、先ほど人目に触れさせてしまった金銭の入った袋を検められてしまう。

ところが、お金と一緒に入っていたのは、スッポン!

袋の中からピョンと飛び出して、泥棒の鼻にかぶりつく。「スッポンは雷が鳴るまで離さない」などと言われるように、執念深く噛みつき続けるという特徴があるのだ。

泥棒もスッポンには敵わずグロッキーに。そして宿屋の人たちで「ごろごろごろ」とけたたましく雷の物まねをして、何とかスッポンは泥棒の鼻から口を放すのであった。

はからずも、宿場を荒らしていた泥棒を退治したやじさんきたさん。謝金も貰い、これは助けたスッポンのおかげだと大喜び。翌日、池を見つけて放してやるのであった。


さて、ここまでが第一話。「スッポンの恩返し」といった構成で、とても良くまとまっていて、一話完結だったとしても不思議ではない。二話以降の執筆はおそらく決まっていたとは思うが、本作の出来が良かったことが続編に繋がった可能性が高い。

なお第二話以降はタイトルだけ掲載しておく。(このタイトルは大全集用に付けられたもの、おそらく)

第二話「ばけギツネ」
第三話「こまったおれい」
第四話「びんぼうな宿屋さん」
第五話「サルまわし」

この中で注目すべきは「びんぼうな宿屋さん」だろうか。まるで「21エモン」世界のつづれ屋を彷彿とさせるボロ宿屋での宿泊騒動を描くお話である。

つづれ屋同様、普通の人すら住めない宿屋で、蒔がないので二階に上がる階段を燃やしてしまったりしている。主人の気の良さだけがウリ。昔は金持ちだったようなのだが・・・。


「サル回し」の回は、お正月号に合わせたお話で、ラストも普通に終わってしまうが、これが「やじさんきたさん」全体のおしまいとなってしまう。少なくとも3月号くらいまでは、連載を続けるつもりだったのではないだろうか。


なお、本作から2号空けて、「たのしい一年生」1960年4月号から、大ヒット作となる「てぶくろてっちゃん」の連載がスタートする。(たのしい二年生では、安孫子先生との合作「かせいのたまちゃん」が始まる)

小学館系でも「ロケットけんちゃん」の連載が始まり、藤子先生の主戦場は学習誌での連載となっていく。藤子F初期短編・中編時代は、終わりを告げようとしているのであった。




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