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外資系IT 企業でマネージャーをしていました。

はじめまして

こんにちは。ぼくは外資系IT企業でマネージャーをしていました。
仕事を辞め、次の仕事まで有給休暇を消化中です。時間が有り余っているのでブログを始めてみました。

はじめに言っておきたいのが、これからこのブログで書かれていることは全てぼくの個人的な意見や感想であることを留めておいてください。あと文章を書くのは決して上手ではありませんので悪しからず。

以下のポイントを軸にして不定期で更新していこうと思います。

  1. 働いていたときに感じたことを忘れないうちに書き留めておきたい。

  2. 外資系企業/マネジメントに興味がある人の参考になれれば嬉しい。

  3. 今後の人生で迷ったときや挫折しそうになったときに振り返りたい。

  4. 当時部下たちに言えなかった本音を書きたい。

簡単な自己紹介

  • 年齢:29歳(男)

  • 出身:東北地方(超ど田舎)

  • 大学:東北地方(いわゆるFラン大学)

  • 居住:東京

  • 仕事:IT(専門職)

  • 職位:チームマネージャー

簡単な性格説明

MBTI:ISFJ(管理職には不適)



Pros:
- 計画的で実行力があり何事も進んで取り組む。
- 共感力があり、どんな相手とでも仕事を円滑に進めることができる。
- 気力と体力があり、自分を犠牲にしても他人をサポートする。

Cons:
- 想定外のことに弱く、融通が利きにくい。
- 影響を受けやすい割に、飽きるのも早い。
- 他人を優先しすぎてストレスを溜めやすい。

なんというか、本当にザ・ISFJだなと思います。自他ともに認める...

簡単なキャリアサマリ

1社目:広告代理店(制作部門 - プロデューサー)

新卒で都内の大手広告代理店に入社。大学時代の就活はあまり上手く行った方ではなく、夏休みを目前に内定をもらった地元企業に入社することに決めて(妥協して)いた。大学最後の夏休みを十分に謳歌した時に飛び込んできたのは、ずっと憧れていた企業の「秋採用」の文字。失うものは何もないと思い、選考を受けてみるとトントン拍子で選考が進み、内定・入社に至る。
2017年春、就職上京しデジタル系の部署に配属され、 約2年間働き転職。

2社目:外資系IT企業(専門職 - チームリーダー)

人生で初めての転職だったが、かなりアタリだった。
当時24歳、職務経験も浅く、なんと驚くことに英語もできないのに外資に入れたことが一番驚いた。そして給与が恐ろしいくらいに上がった。その分簡単にクビにされると思いながら、英語ができない分必死に働いた。そしてまた驚くことに、入社1年半経つ頃に「マネージャー昇格試験を受けてみないか」という話を持ちかけられ、到底務まる気がしなく2回ほど断った。入社3年半経つ頃、3回目の打診をされ渋々昇格試験を受験し、複数の面接を通過し27歳でマネージャーへと昇格。そしてマネージャーを1年半経験し、転職が決まり退職のため現在は有休消化中。

3社目:外資系IT企業(専門職 - スペシャリスト*)*非管理職

次に働く会社も外資系企業。管理職ではないが、現職と同じ額の給与を保証することができた。1社目の経験と2社目の経験両方活かせることがリクルーターの目に留まったようで、リンクドイン経由でヘッドハンティングされ入社に至る。

なぜ、マネージャーを辞めたのか

結論をいうと管理職は可もなく不可もなくといった感じでした。
でも管理職は自分が思ったほど悪くありませんでした。ボコボコにされるのは慣れているので(?)もっと多方面からボコボコにされたりするものだと思っていました。
給与は想定した以上に上がり、その面はとても満足でした。何よりチームメンバー1人1人と会話したり、成績に伸び悩むメンバーの成績を上げるお手伝いをすることがとても楽しかったと感じます。
これは決して綺麗事ではなく、私の奥底にあるISFJの性格を変えてくれるほどの経験やスキルが積めたと思っています。

では、なぜ辞めようと思ったのか。

会社の生き字引きと言われ

会社の立ち上げ期、いわゆるスタートアップ期から入社し、従業員が10倍以上になる様子を見守ってきました。在籍している間に起きたこと、見てきたこと、トラブルや複雑な事象が起こってもだいたいは解決できること、どんな人がいるのか、誰に何を聞けばいいのか、どういうプロセスを踏めば上手くいくのか/失敗するのか、ということなどなどをあらかた把握できるようになりました。会社の生き字引きと言われ、悪い意味で「自信」を持ってしまい、それは決して自分自身の能力やスキルではないと気がつきました。

会社の未来と上司の未来

外資系の会社では公にされずとも毎日いろいろなことが起こります。チームメンバーにも言えないようなことも多いのです。それは決して納得のいくものばかりではありません。同業他社でもレイオフなどのニュースを見るようになり、世間からの風当たりも強く、この5年半は耐え続けてきましたが、これからも耐え続けて自分の能力やスキルがアップするのか、チームが、会社が良い方向に進むのか、などを考えました。

そこでぼくの上司をみてみました。彼は外国人で時差が2時間ある国でいわゆる部長職に就いており、近隣国のマネージャーをまとめる上級管理職といったところです。きっとそれらは彼にもどうしようもできないことなのでしょう。そして彼の上司(本部長)も同じく。。

一般的にチームマネージャーはさらに上の上級管理職(部長職以上)を目指すべきですが、私は彼(彼ら)をみていて形式や管理する範囲は違えど、本質は今の私と同じ状況だということに気がつきました。ぼくの上司の口癖は”Because xxxx(彼の上司の名 - 本部長クラス) says so...”

30歳を目前として

ぼくの年齢は29歳なので、30歳があと少しというところに迫ってきました。それを考えた時、先述した通り「会社の生き字引き」と言われ社内でオラつき続けるのも違うし、上を見続けるのも限界があり、30歳以降の自分はいったい何ができるのか、を考えた時、急に焦りを感じるようになりました。
そして30代はほどほどでいいなとも思うようになりました。(圧倒的矛盾!)
なんというか頑張る方向を違う方向に向けようと思ったのです。(言い訳かな?)

20代の自分は頑張った方だと思います。自分で言うな。地方のFラン大学を卒業し、英語もままならないのに、1社目2社目ともに有名大学出身でお育ちも良く英語も堪能な人がたくさんいたので、そういった人たちと戦ってきて、自分の勝てるところをたくさん探して毎日本気で仕事に取り組んできました。たくさん働いて、たくさん残業して、どちらの会社でもそれなりに高い評価をいただけてました。(成績は全管理職の中でTOP5%層に位置していました)

ただ、この頑張り方は今は健康でものちのち自分の体を壊すだけでなく、なんとも説明がしにくい「気合い」だとか「根性」という言葉で頑張ってきたので、再現性がとてもじゃないけど担保できません。30を超えて「気合いで」「根性で」というのは嫌だったのです。改めてそれが通用しない新しい会社に身を置いて自分の在り方を考えようと思いました。ただし、引き続き英語から逃げられないように外資系という縛りは残して...。

これら上記3つがぼくの本音です。次回はぼくがマネジメントしていたチームのことやそれに関連することについて書いてみようと思います。

おまけ

外資系ITになぜ入れたの?と友達にもよく言われますがぼくもなぜだかわかりません。運がいいのだと思います。会社にいる人たちは某有名大学卒業の人たちがたくさんいます。ぼくはそんな人たちには到底及びませんが、しばしば遠回しでバカにされることがあります。これは東京にきてびっくりしたことですが、思ったより学歴社会だなと思いました。でもぼくは頭が悪いので最初バカにされていると気づきませんでした。

確かに君たちが勉学に勤しんでいる間、ぼくはAO入試で夏休み前に大学に合格し、同級生とみかんの皮で鬼ごっこをしたり、雪山から友達を転がしてたりして遊んでいました。そのことを東工大出身のとても”頭のいい”同期に話すと彼はいったのです。(ちなみにここで“頭のいい“といったのは彼が数学のセンター試験で満点を取ったので“頭のいい“と言いました、ね、ぼく頭悪そうでしょう?)

“結局同じ会社にいるのだから学歴なんて関係ない、社会人になっても学歴をひけらかしてなんの意味がある?日本の大学なんて入るのは難しいけど、出るの簡単じゃん。そんな高校生の頃にうんと頑張ってきた成果を今頃話してもなんの価値もない。”

ああ、、ありがとう、キミがそういってくれるととても価値があるよ、、。彼とはもう7年半の付き合いで、いまだにぼくを飲みに誘ってくれます。本当に“頭のいい”人なのでちょっとおかしいんだと思います。3社目の内定をもらったことを伝えていないのに転職おめでとう!!とLINEで言ってきました本当に怖いです。

ここからは完全にぼくのみた世界だけの話になりますけど、社会人経験7年半、いろいろな人と関わってみた印象として、早慶出身は本当に優秀なんだなと思いました。コミュニケーションスキルがあり、どんな相手にもリスペクトを持って接することができる。テキパキと仕事をこなすだけではなく、自分なりのやり方のようなものを確立して取り組んでいる人が多いように思えました。また逆境に強く、困難や失敗があっても立て直す力(レジリエンス)が本当にすごいなと思いました。(頭が悪いのに横文字使っちゃたゅ...)

MARCHくん、MARCHさんたちにはとてもバカにされました。あとからバカにされていたと気づいて腹を立てたら腹が空いたのでお返しに青学の学食に食べに行ってやりました。偏差値が低いとゲートが閉まって入れなくなるのかなと思ってビクビクしてましたが、そんなことはありませんでした。ご馳走様でした。学内に31アイスクリーム売ってあるのいいなぁ。チョコミントが好きです。

仕事で彼らより成果を出せることもあるけど、やっぱり敵わないなと思うことが多いです。地頭がいいので、相手の要求をスムーズに理解したり、ジャストアイディアを次々に出していくようなスキルは特に敵わないなと思いました。これは彼らが社会人で経験したことの総決算というよりかは、幼い頃から「考えること」をし続け、挑戦と失敗を繰り返してきた回数が桁違いなのだと思います。私はこれからもこのような彼らと一緒に仕事をしていかなければなりません。次は気を引き締めて明治大学の学食に行きます。そんな彼らと一緒に笑顔で31を食べるのが目標です。

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