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SMAP解散を応用すれば「離婚プレイ」が成り立つ

SMAPが解散して久しい。
もう丸2年が経過しました。

あの日はM-1グランプリの記念受験のため、当時の相方とネタ合わせする予定でした。
案の定ネタ合わせは気分が乗らず、相方は「まあ、そうやと思ったで」と優しく私の肩を叩きました。

やり切れないまま、本番までに何とかせねばと思い、滋賀県の蓬莱山で一人登山をしました。帰りの車中で渋滞の中足がつり、二度と行くまいと決心した以外は何も変わりませんでしたが。

そんな悲劇「SMAP解散」からの2年です。
今彼らを取り巻く環境はどうなっているでしょうか?

キムタクがラジオでSMAPを選曲すれば話題になり。
中居くんが行列で「慎吾ちゃん」と発すれば話題になる。

「SMAP」という存在がプレミアになっているのです。

解散後でもファンを高揚させている。
もしかすると、解散前よりワクワクさせられているかもしれません。

当たり前のように毎週月曜日観ていた「SMAP」という存在。
無くなって分かる尊い価値を、今ファンは噛み締めているのです。

しかし、どんな解散もこうなるワケではありません。
喧嘩別れ、事件での解散であれば話は別です。

キムタクも曲を口にすることはないでしょう。
中居くんもメンバーの話に触れることは一切ないでしょう。

でもSMAPは彼ら同士ではなく、周りの関係者のいざこざに巻き込まれる形で解散してしまったため、メンバー間に明確な亀裂が走っていないのです。

だから笑える。
だから喜べる。
だから待ち望める。

これを離婚に置き換えましょう。
ええ、急ですよ。ついてきてください。

離婚で言えばSMAPは「価値観の違い」や「不倫」「家庭内暴力」ではありません。

お互いの両親がお金のトラブルを引き起こして絶縁。
仕方がなく夫婦も離婚することに。
そんな感じでしょう。

だから地元に帰ってきた妻が時折友人に「慎吾ちゃんは…」とか前の旦那のことを言うだけでグッとくるのです。

そしてグッとくるのは周りだけではありません。
中居くんやキムタクが明らかにSMAPの名前を意図して口にするのを見れば分かる通り、彼ら自身が話題にすることに興奮しているのです。

つまり、当人同士が意図せぬ離別は、余計に断ち切られた関係への想いを強くするのです。

これを応用するとどうなるか。
「離婚プレイ」が成立するのです。

愛し合っている夫婦が、敢えて離婚をする。
敢えて「引き裂かれた関係」を作り出す。
これによって、彼らの互いを求める気持ちはより一層強くなります。

そのため、周りには「悲劇の別れ」を吹聴してください。
「政略結婚をしなければならない」とか「実はカンボジアの王家の末裔だった」とか、なんでもいいです。

すると周りは心配し、気にかけてくれる。
そして時折相手の名前を出しては、その言霊を噛み締めるのです。

何年かして復縁した時に得られる感動は、そんじゃそこらの変態プレイでは味わえない超ド級なものでしょう。

昨今「夫婦のマンネリ化」が叫ばれる中、互いの距離を「どう縮めるか?」にばかり焦点が当たっていましたが、敢えて「どう離れるか?」という視点に着目するのも一手なのではないでしょうか?

サポートされたお金は恵まれない無職の肥やしとなり、胃に吸収され、腸に吸収され、贅肉となり、いつか天命を受けたかのようにダイエットされて無くなります。