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読書感想文 #52 『一投に賭ける』

みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

ゴールデンウィークスタートしまして、今日はあまり天気が良くなかったのですが、家の用事を進めました。

今日は下記の感想です。図書館にも本屋にも置いてなく、取り寄せました。

一投に賭ける
溝口和洋、最後の無頼派アスリート
上原善広 著

概要

「全身やり投げ男」。
1989年、当時の世界記録からたった6センチ足らずの87メートル60を投げ、その後はWGP(世界グランプリ)シリーズを日本人で初めて転戦し、総合2位となった不世出のアスリート・溝口和洋。

■中学時代は将棋部。
■高校のインターハイではアフロパーマで出場。
■いつもタバコをふかし、酒も毎晩ボトル一本は軽い。
■朝方まで女を抱いた後、日本選手権に出て優勝。
■幻の世界新を投げたことがある。
■陸上投擲界で初めて、全国テレビCMに出演。
■根っからのマスコミ嫌いで、気に入らない新聞記者をグラウンドで見つけると追いまわして袋叩きにしたことがある。

無頼な伝説にも事欠かず、まさに陸上界のスターであった。
しかし、人気も体力も絶頂期にあり、来季のさらなる活躍を期待されていたにもかかわらず、90年からはパタッと国内外の試合に出なくなり、伝説だけが残った……。
その男の真実が、25年以上の歳月を経て、明らかとなる。

プロとは? アスリートとは? 天才と秀才の差とは? 日本人選手が海外選手に勝つための方法とは?
陸上界を貫き、競技を変えた漢を18年以上の歳月をかけて追った執念の取材!!
泥臭い一人の漢の生き様から、スポーツ界が、社会が、昭和と平成の歴史が彩られていく。

目次

プロローグ
第一章 発端
第二章 確立
第三章 挫折
第四章 復活
第五章 参戦
第六章 引退
エピローグ
著者あとがき
文庫版著者あとがき
解説

感想
80年代後半の陸上界のスター選手の話を1人称で書かれており、本人が話しているかのような臨場感で、ほとんど指導者につかずにどうして超一流になれたのか、メダル候補と大きく期待されていながら、あっさりと予選落ちに終わってしまったソウル五輪の状況や、その後失望のどん底から這い上がり、翌年のアメリカでの幻の世界新記録と、日本人初のグランプリシリーズ出場し、ヨーロッパで最後まで優勝争いする様子、長年のハードトレーニングから故障が重なり衰えていく様子、引退してパチプロになったり、あの室伏広治の指導、実家の農業を継ぐところまでが書かれており、大変面白く、技術用語もふんだんに含まれていて、非常に参考になる内容でした。

大学でやり投をやるのに覚悟を決めて、友人とも彼女と別れたり、投てき選手としては世界的に体は恵まれておらず、体型にあった独自の技術を身につけるだけでなく、限界まで筋力をつける必要があると自覚し、1日12時間のウェイトトレーニングを毎日行うなど、現在のスポーツ科学ではあり得ないやり方をし、世界のトップまで上り詰めます。
生活のすべてを競技に捧げて過ごし、現代のスーパースターである大谷翔平選手と根本的な考え方は良く似ていると思います。

ただ、時代がアマチュアスポーツであり、CM出演や賞金大会に出場しても、協会に中抜きされて、ギャラが数万円という今ではあり得ないことから、批判をしたり、ろくに取材もせずに嘘の記事を書かれたりすることからマスコミに対してもぶっきらぼうになったというのは、決して人格の問題ではないというのが理解できます。

私が中学で陸上を始めた時がソウル五輪の年で、翌年1989年の大活躍はまさに”溝口の年”でしたし、日本テレビ「独占!スポーツ情報」のキャスターがグランプリシリーズ最終戦に「溝口を追いかけてモンテカルロまで来ました!」と言って興奮して放送してたり、スポーツ界での注目度が高かったのはよく覚えていて、ぶっきらぼうであまり語らない人だったのですが、90年以降活躍しなくなったのはなぜかというのが、大変よくわかりました。

リーゼントに全身筋肉の鎧を身に着けたリアルキン肉マンのようなボディは特徴的で、幻の世界記録も、アメリカの計測員が測り直して縮めたというかなり怪しいもので、本当は世界新だったに違いないでしょう。
今の時代にわかりやすく例えるなら、100mをボルトの9.58に対し、日本人が9.56くらいで走ったというくらいの偉業です。
彼の記録は34年たった今も、誰も破ることのできない日本記録として君臨しています。
でも彼いわく、世界新と自己新以外は意味がないのだそうです。
中国記録、韓国記録を知っていますか? ヨーロッパの人がアジア記録に興味があると思いますか?確かにないですね。
賞状もトロフィーも全部捨てた。
でもどこの試合で何投目がどうだったかというのは全部覚えている
詳細がはっきり記憶しているというのは、松井秀喜さんも打席を覚えていると言っていたのと同じで、そういう才能があり、形のものはいらないという考えも職人気質のようです。

後にハンマー投で五輪、世界陸上で金メダルを獲った室伏広治が指導を仰ぎにくる様子は、溝口さんを取り扱ったテレビ番組のあの人は今での再現VTRとは少し違っていました。

それにしても、パチプロで生計を立てながら、無償で後進の指導にあたるとか、すごいとしかいいようがないです。

独特の世界観のあるアスリートが感覚を的確に言語化できるというケースはあまりなく、作者の強い意志と長年の努力による取材でこの傑作が生まれたのだと思います。まさにギフトと言えるでしょう。


50代以上の陸上関係者のほとんど溝口さんをご存知でしょうから、この本を読むと大変しっくりきて、誤解も解けます。マスターズ陸上の試合会場で参加賞として配布したら、皆喜ぶのではと思います。

そして、溝口さんがマスターズ陸上に参戦してくれたら、スーパーヒーローの勇姿が披露されたとそれこそニュースになるでしょう。

それではまた。


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