珈琲の大霊師143
あたし達が住んでいた孤児院は、マルクの北の山間にある。小さな農村で、名前は確かピットっていう名前だった気がする。殆ど話題にも出ないから、住んでる人間でさえ名前を忘れがちな程小さな村だ。
毎日近所の川に水を汲みに行き、畑の手入れをして、罠を見回って獣を獲り、毎日細々とだが楽しい日々を過ごしていた。
あたしとジョージは、同い年って事もあって気が合った。下の面倒を見るにも、一人でやるのと二人でやるのじゃ大違い。
ジョージは小さい頃から、いろんな事に良く気付く奴だったから、あいつが考えてあたしが動くことが多かったと思う。知らない内に母さんにいたずらする手伝いもさせられてた気がするけど、それはそれで楽しかった。
あれは確か、あたしが子供を産めるようになった頃。その頃には、あたし達の上の連中は皆仕事に就いて孤児院を卒業していた。
ジョージは、素行の悪い連中と付き合うようになって、よく孤児院を抜け出すようになった。
あたしは、置いていかれた気分になった。下の連中も育っていたから孤児院は回っていたけど、二人三脚で孤児院を支えてきた相方がいないっていう寂しさは、埋め難いものだった。
あたしは、村の男の子と交際する事にした。はっきり言って、ジョージへの当て付けで、その子の事が好きなわけじゃなかった。
その事をジョージに伝えた時、ジョージは何でもない風を装っていたけど私には分かる。ジョージは、かなりショックを受けてたみたいだった。
その証拠に、それからジョージは一層孤児院から遠ざかっていった。たまに帰ってきても、あたしを避けるようになっていた。
あたしは、馬鹿だった。
母さんの伝手で水宮に入ったのは、その数ヵ月後の事だった。
同じマルクにいるのだから、会えるかもしれないという、あたしの願望は、見習い巫女は寮に住み込みという規則によって潰された。
その後、あたしとジョージがまともに顔を合わせたのは、あたしが18になった年。母さんが、倒れたと聞いて駆け付けた孤児院でだった。
その時のジョージの顔は、未だに忘れられない。真っ青な顔をして、神様に祈るように母さんの手を両手で握って、がだがた震えていた。
あたしを見つけたジョージは、ゆらりと立ち上がって、あたしの腕を掴んで外まで連れ出すと、怒鳴り散らした。
「てめえがついていながら、どうしてこうなった!!?」
そう怒鳴られた時、いろんな言葉が頭を巡ったのを覚えている。どの口がほざくのかとか、月に一度の帰宅の際に気付けなかった事とか、今までどうしていたのかとか。
「あたしが、水宮で巫女やってるの、知らなかったんだ」
でも、出てきたのはこんな乾いた言葉だった。結局、ジョージにとってあたしに対しての興味なんてそんなものだったんだ。なんて、そんなくだらない事が、あたしにとって一番重要な事だったなんて。
言った後、あたしは自分自身に呆れた。
ジョージは、母さんの一大事に自分の事しか口にしなかったあたしに怒って、手を振り上げた。殴られると思った。殴って欲しいと思った。罰が受けられるから。
でも、ジョージはあたしを殴らなかった。殴ったのは、自分の顔だった。
口から滴りそうになる血を飲み込んで、ジョージは、
「悪い。俺が言える事じゃなかった。水、汲んでくる。母さんの着替え、頼むわ」
そう言って出ていった。
それから数日、二人で交代しながら母さんの看病をした。ぽつぽつと、会話があったけど、ジョージはそれまで何をしていたのか話そうとはしなかった。
そして、母さんの容態は悪くなる一方だった。
ジョージは、医者を呼びにマルクへ行った。あたしも、ジョージも、簡単に呼べるとは思ってなかったけど、もうそれしか方法が無かった。
医者を呼びに行った日、ジョージはひどい顔をして帰ってきた。予想していた事だったけど、どんな医者に頼み込んでも、母さんがマルクの人間じゃないからって断られたからだ。
母さんは母さんで、仕方ないんだって、昔大勢戦争で人を殺した罰だって、辛いはずなのに笑って死を受け入れようとしていた。
「ジョージ兄、母さん、大丈夫だよね?」
年下の子達も不安がっていたし、打つ手は無いし、あたしも諦めかけてた。
でも、ジョージは違った。
「暫くここを空ける。絶対に、医者を連れてくるから、その間母さんを頼む」
そう言うジョージの顔は、あたしの知らない、物凄く怖い顔をしていた。今思えば、その時ジョージは現実をねじ曲げる覚悟を決めてたんだと思う。
その一週間後、マルクの医者が次々に行方不明になるっていう事件が起きて、連中が違法な人体実験をしていた事が水宮に発覚した。
ジョージが、大きな馬車に乗って帰ってきたのは、その二日後だった。
子供みたいに目を輝かせて、母さんの横たわるベッドの傍らに立つと
「法律が変わったんだ母さん!この馬車なら、ゆっくり行けば体にも触らないぜ!行こう母さん!」
って言うが早いか、母さんを抱き抱えて連れ去る勢いで馬車に向かって行った。
あたしは、急展開に着いていけなくてただ突っ立っていた。
「何ボーッとしてんだ。お前も来いよ!」
そう言って、昔みたいにあたしの手を握って引っ張っていくジョージの後ろ姿を見ながら、跳ね上がる鼓動と、これ以上無い安心感に包まれて、あたしは理解したんだ。
あぁ、あたし、ジョージが、好きなんだ。家族として、そして、一人の女として。
馬車の中で、ずっと上機嫌に母さんに話し掛けるジョージと、久しぶりに外に出て気分の良さそうな母さんを見ながら、あたしは幸福感で一杯だった。
その日から、あたしの片想いは始まったのだった。
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