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珈琲の大霊師145

 ごろっと魚介類のスープ、地鶏の串焼き、スパイスを利かせた魚の竜田揚げ、食も酒も進む料理群がジョージの前に差し出される。

「さて、こんだけありゃ足りるかな?あたしも飲んでいいかい?」

「おう。グラス用意して待ってたぞ。飲むならやっぱ、一人より二人だよな。乾杯!」

「ふふ、乾杯」

 チンとグラスが軽くかち合って音が鳴る。ちなみにジョージとルナの分、2つしか無い高級品だ。

「いやしっかし、久しぶりに食うとここで育ったんだなぁって感じがするぜ。まあ、ガキの頃はそもそもこんな贅沢な料理食ったこと無かったけどな」

「母さん料理下手だったしねー」

 戦巫女だった孤児院の院長は、花嫁修行などしたことが無かった為、子供の面倒を見る仕事なのに、家事が苦手だった。

 ルナは、孤児院に引き取られてすぐに台所の手伝いに入った。ルナは、戦災孤児だった。父親が戦争で亡くなり、食堂を切り盛りしていた母親が悲観して病気になって亡くなったのだ。

 その当時4歳だったが、その時点でじゃがいもの皮剥きは誰よりも早かった。

「お前が入ってから、上の連中も料理に気を使うようになったんだよな。お前が、料理してるの横から色々口挟むから」

「母親の手元見て育ったからね。なんとなく、何入れればいいとか分かるから、黙ってられなかったんだよねえ」

「あんまりうるさいからって、殴られてたよな」

「あー、初めて殴られたからびっくりしたっけねえ。でも、そいつにジョージが跳び蹴りしたから、そっちがもっとびっくりで、痛さとか感じなかったね」

「あいつ、よろめいて顔からスープ鍋に顔突っ込んで、前が見えないとかフラフラしてやがんのな!ありゃ笑ったぜ」

「ハハハ、あったねえそんなこと!」

 過去を共有している者同士にしかできない、一体感をルナは感じていた。

 どうだい?リフレール。あんたにゃ真似できない事さ。あたしと、ジョージの間には小さい頃からの絆がある。

 あたしは、何を悲観していたんだろう?あたしは、こんなにもジョージに近かったっていうのに。ただ、一歩を踏み出して関係が壊れるのが怖くて、足踏みしてただけでさ。

 でも、あんたが悪いんだよリフレール。あたしも、ただ側にいるだけじゃ、物足りなくなってきちゃったじゃないか。

 だから、あたしは、もう後戻りはしないよ。覚悟するんだね、リフレール。

 ジョージと昔を懐かしみながら、ルナの胸に炎が灯っていた。


 しこたま飲んで食べて、昔を懐かしんで。

 気づけば、周囲の家には灯りも見当たらなくなっていた。

「んー、大分遅くなったな。っと、やべ。結構酔ってら」

「ホントだねえ。こんなに飲んだの久しぶりだよ。今日は泊まってったらどうだい?」

「あぁ、……そう……だな」

 少しだけジョージの歯切れが悪かった。

(……なんか、今日のこいつ、変に女っぽいんだよなあ。なんか、仕種とか。……俺の気のせいか?……なんかこう、むずむずしてくすぐったいんだよなあ)

 ルナの家には、ルナのベッドの隣に厚手の毛布が畳んで置かれている。それは、ジョージが寮に帰るのが面倒になった時のために置いていったもので、今はその毛布の上に枕が一つ乗っている。

 以前、ジョージの誕生日にルナが贈ったものだった。

「んじゃ、寝るかぁ」

「ちょっとジョージ。そんな汗臭いまま寝るもんじゃないよ。ほら、ちょっとそこに立ってな」

 寝室に入ろうとするジョージを呼び止めて、ルナはジョージの腕を取る。

「あたしらは、これがあるから風呂いらずなんだよ?」

 サワサワ

 と、滑らかに、ルナの手から水がジョージの腕に這い登ってくる。

「うおっ?なんだこれ」

「人肌に暖めてあるから、冷たくないだろう?ささっと流したげるから、大人しくしてなよ」

 生暖かい水が腕から全身に広がっていく感覚は、くすぐったいというか、まるで無数の指に撫でられているかのようで落ち着かない。

 勝手の分からないジョージは、ルナに任せるより他に無かった。

「お、おい。なんていうかな、そこは、やめとけ。な?」

「何言ってんだい。別に取って食いやしないよ。大体、ガキの頃に見飽きてるじゃないか」

 水が股間にまで来ると、さすがに平気とはいかないらしく、ジョージが身もだえる。

 それでも無理に逃げたりしない辺り、ルナを信頼している証拠だった。ルナは、それが嬉しかった。

「ねえジョージ。あたしら、出会って何年になるかな?」

「ん……、もう20年近いんじゃないか?な、なあ、もういいって。もう汗臭くないだろ?」

 珍しく慌てているジョージの姿が可愛くて、ついつい意地悪したくなる。水は、敢えて足や内腿辺りをサワサワと行き来していた。

 さすがにジョージも、これが何かしらの意図があってやっている事だと思ったらしいが、思考が追い付いていない様子だった。

「出会った頃から、色々変わったよねえ。上の連中は薄情で、孤児院から出たら顔も出しゃしないし、今じゃあたしとジョージが、あそこに顔を出す中じゃ最年長だよ?」

「あ、あぁ。でだ、あの当時とは色々違うわけだ。分かるな?一緒に風呂に入ってた頃とは違うんだ。俺の体がな?だからだ」

「あたしも、そうだよ?女に、なったんだよ?ジョージ」

 ふわりと、重みのある、柔らかい体が、ジョージの胸に寄り添う。

 途端に、それまでも早鐘を打っていたジョージの心臓が飛び上がる。が、不思議と安心感もあった。

 慣れ親しんだ間柄、ふざけて叩き合った体。

 それが、今ジョージの胸の中にあった。

「あたしを、もらってよ。ジョージ」

 熱のこもった吐息と、意志がジョージの心に吹きかかった。

 ルナの、一世一代の勝負だった。

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