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珈琲の大霊師142

 その夜、シルクが働く飲み屋は、ジョージに惚れていた裏社会の女達が貸し切りで酒を飲んでいた。

 皆、うちひしがれてやけ酒であった。噂の人物である、サラク王女リフレールとはなんぼのもんじゃいと水宮まで見に行って、偶然出てきたリフレールが固まって睨む女達に微笑んで手を振ったら、噂以上の美しさに目と心をやられて帰ってきたのだ。

「あの幼馴染みくらいなら、勝てると思ってたのに……何よあれ。同じ人間?胸の大きさ以外、勝てる要素が無かったわ……」

「あたいだって、あたいだって汚れて無かったら……」

「ブツブツ……ふふ、ジョージったら罪な子ね。呪っちゃおうかしら………ブツブツ…ふふふ」

「後光差してたんですけど……何あれ。変なオーラ出してなかった?」

「サラク王家の最終兵器でしょあれ。王家筋じゃなかったら、傾国の美女って話よぉ?」

(戦う前から負けてるっ!!)

 ぐだぐだと負け犬の遠吠えをしながら酒に逃げる女達の相手をしながら、シルクは心の中で叫んだ。

(ふ、あれがこの街の見えざる敵でしたか。相手になりませんわね)

 その頃リフレールは水宮の私室で薄く笑っていた。

 王家の血を最大出力で発揮しながらの、必殺の王家スマイルは、当然狙って使ったものだった。敵意を剥き出しにして睨んで来る女の集団が来ることは、予想の範囲内だったのだ。

 かつて他の王位継承者達の心を折った王家スマイルは、神業と言って差し支えない程の進化を遂げ、今また裏社会の女達の心を折ったのだ。

 ちなみに、マイペースで純粋なモカナには上機嫌なんだと勘違いされて嬉しそうな顔をされ、ジョージには何か企んでるのかと邪推されるという、効いて欲しい人間ほど効果の無い技であった。


 裏社会の女達が酒場で管を巻いている頃、ジョージは一人でルナの家に向かっていた。ジャンに、他の兄弟達と飲みましょうと誘われたが、居づらくなることが目に見えているので断った。

 色々と考える事があった。この訳の分からない状況も、自覚の無い事で天然扱いされた事も、リフレールの好意も。

 どこか、自分らしくいられる場所に行きたいと思っていたら、自然とそこに足が向いていた。

「……もう寝てんのかな?」

 西側の水路脇にその家はあった。衛兵時代のジョージの寮から歩いて5分程の場所だ。ギリギリ水路が通っている、マルクでも外れの地区だ。

 水宮からの給与を考えると、もっと水宮に近くて便利な場所にも住めるはずだが、以前それを聞いた時は無駄遣いはしたくないからと言っていた。ジョージとしては、近くにいてくれた方が都合も良かったから、それ以上突っ込んで聞かなかった。

 その小さいが、小綺麗な平屋に、今日は明かりが灯っていない。いつもなら、夕飯の時間だ。

(……残業か?無駄足だったかな)

 そう思って踵を返した時、

「ジョージ……?」

 その暗闇の中から、か細い声が聞こえた。それは、ジョージの知る限りで数える程しか聞いたことの無い、ルナの弱った時の声だった。

 前回聞いたのは、ルナが働きすぎでぶっ倒れて、見舞いに行った時だった。

 ジョージは迷わず扉を開けて、中に踏み込んだ。その瞬間、鼻を突く臭いがあった。酒の臭いだ。

「えっ!?やだっ、誰!?」

 驚きと怯えの声。これも珍しい事だった。

「人の名前呼んどいて誰は無いだろ。ったく、灯りも点けずに何やってんだ。えーっと、蝋燭はどこだったっけか?」

「え?え?ジョージ?え?ちょっと、待って。あ、やだっ、待って!待って!ちょ、ちょっと待って!外で待ってて!」

「はぁ?何言ってんだお前。酔っ払いは大人しくしとけ。お、あったあった」

 ジョージが燭台を見つけて、ズボンのポケットから金属製の火付けを取り出して擦り始める。

「ばっ、馬鹿!!出てけぇー!!」

「おぐっ!」

 突然横合いから、容赦の無い体当たりを食らったジョージは、よろめきながら扉の外まで押し出された。

「ごめん!ちょっとだけ待ってて!」

 と言うが早いか乱暴に扉を閉めてしまった。次いで部屋に明かりが灯る。

(……よく分からねえ。とりあえず腹いてえ)

 ジョージは腹を擦りながら、中の様子を音で窺った。ドタバタと走り回ったり、カチャカチャと食器が触れ合う音、それと同時に水が跳ねるような音がした。

(あぁ、部屋片付けてんのか……。別に見慣れてるんだから、構いやしないんだがなぁ)

 そうこう思っている内に、扉が開き、ルナが扉から半分だけ顔を出した。

「ごめん。怒ってる?」

 ジョージの脳裏に、幼い頃のルナが甦る。喧嘩した後、仲直りに来る時、ルナはいつもそうしていた。

 ただ、大人になってからはそういう事をしなくなっていた。

 だから、ジョージは少し懐かしかったのかもしれない。

「怒ってねえよ」

 ぶっきらぼうにそう言って、ルナの頭を撫でる。

 これは、ジョージにとっての許しだ。大体先にルナが仲直りにしに来て、ジョージが頭を撫でて仲直りする。

 それが、幼い頃の二人のルールだったのだ。

「あ……あはは、何だか子供の頃みたいだね!な、なんからしくないなあ。さ、入った入った!」

「おう」

 いつもの調子に戻ったルナに促されて、ジョージは久しぶりにルナの家に入るのだった。

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