珈琲の大霊師227
俺が決めてどうするんだよ。そんな事したら、俺に対する依存度が上がるだろうが。お前ならともかく、俺に依存させてどうするんだよ。確実に手に余るだろ。
ルビーにモカナは……、ちらっと見るが、明らかに俺任せ。モカナは俺がどうにかすると疑ってもいないし、ルビーは話の筋すら理解するのをやめて、ただジロジロ泥女を眺めてるだけだ。
あー、こういう時にリフレールがいると楽なんだがなぁ。せめて、シオリを連れてくりゃ良かった。
どうするか……。 仕方ねえから、ちょいとキビトを呼び出して昔の名前を聞き出すか?それとも、とりあえず適当な名前つけるか?
大体だな、俺はすげえ機嫌悪いんだよ。今名前決めたら、ロクでもねえ名前にしそうなくらい機嫌悪いんだよ。
それというのも、この泥女、俺達が作った過去最高の珈琲を、躊躇無く全部飲み切りやがったからだ。くそっ!!やっぱり、直前で奪い取れば良かったんじゃねえのか?ロクに珈琲の味も分からねえような泥女にあれを飲ませてやる必要があったのか?
飲みてえ、飲みてえよ。俺も、モカナも、ルビーも、これまでの中で最高の集中力で作ったんだ。不味いはずがねえ。特にモカナとドロシーの抽出。ありゃあ何だ?珈琲の神様か天使でも降りてきたのか?圧倒されたんだぞ、俺が。あんな神聖な空気出されちゃ、俺に飲ませろなんて言えるわけがねえ。
悔しいぜ。あのモカナの全力全開の珈琲を最初に飲むのが、俺じゃなくて、この泥女ってのが悔しいぜ!!そりゃあ、奇跡は起きたが、それはそれ。これはこれだ。モカナの珈琲を世界で一番最初に飲む権利があるのは俺だ。他の誰にも譲らねえ。それなのに……くそっくそっ!!
あー、もー、ウッホウッホとか、ハゲチャビーンとかにしちまおうかな。
って、そんなわけにもいかねえだろ。モカナがあんだけ全身全霊かけて作った、泥の王をなんとかする為の機会だ。俺が潰すわけにはいかねえ。いかねえよ。
だが、腹の虫が納まらん………。
うおお、どうしたもんかな本当によぉ!!
ん?モカナが、俺の袖を引っ張ってるぞ。
「何だ?」
「ちゃんと、ジョージさんの分も、ありますよ」
あ、珈琲。あるじゃないか。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
さすがモカナ!!そうだよな!!あれだけ気張って俺達が飲めないなんてありえねえよな!!
うんうん。
「まあ、あれだ。思い出せない以上、下手すりゃこれが仮の名前じゃなくなるかもしれないわけだ。いや、そうなると責任重大だ。少し落ち着いて考えさせてくれ」
勿論建前だ。
そんな事はどうでもいいんだよ。熱い内に飲みたいんだよ珈琲を!!
さっさと座って、モカナが分けてくれた珈琲を持つ。
うひゃあ、すげえ濃厚な香りだ。たまらねぇ……
「落ち着くと言えば、やっぱ珈琲に限るな」
とか、なんか言い訳がましい言葉が口から勝手に出る。今、多分歴史上の怪物を手懐けるかどうかって瀬戸際な気がするが、俺の歴史にとっちゃこっちの方が重要なんだよ!!
うお、手が震えやがる。
「ぷふっ」
ルビーが俺を見て笑ってやがるが、無視だ無視。
あ~、良い色だなぁ。薄く伸びた油が輝いて見えるぜ。
よし、飲もう。
いつものように、香りを楽しんで……おお、頭がくらくらするなおい。一気に飲み切りそうだ。
冗談じゃねえ。こいつは貴重なんだ。ちびちび飲むぞ。
口をつけた瞬間、見たこともない景色が俺の前に広がった。
は?はぁ?
なんだこれ。俺、森の中にいたはずだよな。なんだここ、なんでこんな山の上にいるんだ?
眼下に広がるのは、青々とした山々と、白い頂。頂が見えるって事は、ここはもっと高い場所だって事だな。
そして、辺りを見回して気づく。
巨大な、珈琲の……木?
巨大な珈琲の木の根元に、一人の青年が立っていた。
幹に耳を当てて、まるでその声にならない声を聞こうとするかのように。
「いずれ、君の子供達がこの世界に認められる日が来る。その日まで、君を保たせたかったけれど、ごめんね。僕には、これが限界みたいだ」
そう青年が呟いた。
なんだ?この光景。
………これは、まさか……。そうだ、モカナは山から来たって言ってたな。この光景はモカナの故郷か?どういう理由かは別として、これはモカナの記憶?
「それでも、ほら。君の子供たちが下界に行くよ。実は甘いから、きっとこの世界中に広まるよ。良かったね」
愛おしそうに青年が撫でる珈琲の木の幹は、所々が裂けていて、そこを埋めるように木の幹と同じ色の何かが詰められていた。言葉から察するに、これが劣化した珈琲の木を延命する方法の1つか?覚えておかねえとな。
「君の命は、もう長く保たないかもしれないけれど、君の子孫は、必ず僕の一族が守ってみせるよ。誓ってもいい。この、カルディ=アラビカの子孫が、君の子孫を必ずこの世界に認めさせる。だから、安心して眠っていいよ」
アラビカ……モカナの姓か。ならこいつは、モカナの親か?
メキィ
何だ?この音。
バキメキギギギギギギギギ
ああ……これは断末魔なのか?
珈琲の大木の、これが最後?話しぶりからして、これは、これは始祖の珈琲の木なんじゃないか?
その最後が、たった一人に見送られて、命果てるっていうのか?馬鹿な!!
でも、もうだめだ。幹が、空洞化しちまってる。自重に耐えられなくなって、こっちに倒れてくる。
珈琲は、幸せな飲み物のはずだろう?
枝葉と、天を突く程だった幹が地面と衝突して次々と折れていく音を聞きながら、ふと思った。
ああ、そうか。幸せだけど、珈琲は苦いんだった。
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