珈琲の大霊師179
「ルビーさん!?」
倒れたルビーに、慌ててモカナが駆け寄った。
「へえ。やっぱガキだから、効果が薄いのか?普通なら、もう話せないはずなのにな。まあ、時間の問題か。これで、お前も俺の女だな。はは、はははははは!!」
「ふざけっ……くっ、あっ、ぬぁぁぁぁ!!あぁぁぁ……ぁ……」
意識が急速にぼやけてくるのを、ルビーは感じていた。そして理解した。シオリも同じように、意識を奪われ自由を奪われているのだと。
「ルビーさん!!」
「ちょっ、ヤバいんですけど!ちょ、ちょっとアンタ何とかしてよ!」
慌てたツァーリは、モカナに、正確にはモカナの近くで姿を消していたドロシーに言った。
ドロシーは、モカナの肩の上に表れて首を捻った。何とかするというのが、どういう事なのか分からなかったのだ。
「あたしは、ルビーが意識無いと、何もできないし!アンタ、あたしに勝ってんじゃん!何とかしてよ!」
「????」
ドロシーは、首を反対に傾けて理解できないジェスチャーをした。
「おい、あれは?」
「水の、精霊のようだ。……見るのは初めてだが」
「へぇ。どんな事ができるのか、楽しみだな」
「……その事だが、あの娘、どうも香が効いていない」
「なにっ?」
と、少年の注意が逸れた瞬間、ツァーリは叫んだ。
「ぶん殴って!!!」
その鋭い叫びに反応して少年が視線を戻した時に見たもの。それは、部屋の天井まで膨れ上がったドロシーの半透明な体と、自分の左から迫る丸太のような水の塊だった。
「ム、ムジカ!」
「むぅ!!」
ムジカが少年の前に立ちはだかる。一瞬、ドロシーの腕は風の壁に弾かれたかのように見えた。が、いかに強くとも風は風。急ごしらえの風で防げるものではなく、ムチのようにしなったドロシーの腕は、少年とムジカを容易く打ち上げ、少年は木の葉のように舞ってしたたか壁に打ち付けられた。
「ごはっ!?」
背中を強く打った少年は、受身を取ることもできずに床に転がった。その前に、風の精霊が立ち塞がった。
注文どおりにぶん殴ったドロシーは、得意げに水で力瘤を作って、ツァーリに自慢していた。
「お前達は、ここの者ではないな。旅人か。ここの者であれば、いかに大事とはいえこうまではしまい」
「あ、はい。ボク達は旅をして来ました」
「ちょっとアンタ!何普通に話してんの!?バカなの!?こいつらは敵!ルビーに何してくれてるワケ!?さっさと戻せ!」
「そうか……。我が主が失礼した。後程、主共々謝罪させて頂こう。だが、今はそんな場合ではない」
「はぁ?意味わかんな……」
と、怒り心頭のツァーリがメラメラと怒りを燃やしていると、突然グラリと視界が揺れた。
「ぐっ!!主なしでは、無限回廊を支える事は不可能!無理を承知で願う。主を起こして欲しい!」
「ななな!?何これぇー!?」
「あわわわわわわゎー」
ムジカに頼まれて反射的に少年に駆け寄ろうとしたモカナだったが、すべすべの毛皮に滑って傾いた方へと滑っていってしまった。見ると、少年を囲っていた女達も糸が切れた人形のように無防備に滑り落ちている所だった。
「ぐぐう!!このままでは……」
ムジカが何かに耐えるように膝をつく中、突然天井の一部が開き、そこから一人の男が降りてきた。
「……はぁ~。ったく、天井に潜んでりゃこれだよ。相変わらず規格外だよなぁ、ドロシーは」
「ジョージさん!!」
モカナが目を輝かせる。
降りてきたのは、ジョージ=アレクセントその人だった。身軽に体を捻り、斜めの部屋にも関わらず、すっくと立ってみせた。そして、無造作に少年に近寄ると、襟首を掴んで持ち上げる。
「何が『ここに来た女は、全部俺の女になるって決まってるんだ』だ。精通もしとらんくせに、人の物にまで手を出そうたぁいい度胸だ」
言いながら、ジョージはベルトに結んだ皮袋から真っ黒な塊を一つ取り出す。
「てめぇみたいなガキは、これで十分だ」
と、それを少年の口に放り込んだ。
次の瞬間、
「うぶぇ!?がっ、にがっ!!うええええええええええええ!!!」
少年は、目を白黒させながら飛び上がった。
と同時に、がくんと視界が揺れて、ゆっくりと部屋の傾斜が戻っていくのをモカナは感じていた。
「ひげっ、うべぁぁ、なん、なんだよこれぇ!!」
涙を流して暴れる少年を、呆れ顔で見ながら、ムジカは静かにため息をつくのだった。
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