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珈琲の大霊師078

「……もう一度言ってくれないか?」

「ああ。外の連中は、俺が大部分を追い払える……。まあ正確に言うと、戦闘不能にできるって言ったんだ」

 ジョージは、本題から唐突に切り出した為、クルドは耳を疑ってしまった。たった一人で、砦を包囲できる規模の軍隊を退けられると言うのだから当然だ。
 
「どうやるというんだ?」

「説明しても、多分分からないぞ。まあ、体験してみるのが一番か?」

「体験?……俺に、何かするつもりか?」

 クルドが僅かに身構える。
 
「そうしないと、理解できないだろうからな。まあ、何があっても慌てるなよ?説明は、リルケから聞いてくれ」

「リルケ?誰だそれは」

「おい、リルケ。頼んだ」

 と、ジョージが合図すると、クルドの瞼が一瞬重たくなったように揺らぎ、次の瞬間バッとのけぞった。リルケが取り憑いたのだろう。
 
「な、なんだ!?これは。青い!青いぞ!?おい、お前どこに行ったんだ!?」

 見るのが痛々しい程狼狽している。今にも剣を抜きかねない勢いだ。
 
「リルケ、姿を見せて説明してやってくれ」

 とジョージが言うと、クルドの動きが固まった。数秒の沈黙の後、クルドは壁際まで一気に跳ねて壁を背にし、閃光の如く抜刀した。

「貴様ッ!!どこから現れた!……なに?では、敵のスパイか!?…………む、むむ、そんな事は無い!!い、今のは、少し、驚いただけだ」

 と、ばつが悪そうに剣を納めるクルド。どうやら、リルケに諌められたらしかった。
 
(まあ、驚くわな)

 ジョージは勝手に浮かぶ笑みを堪えられなかった。

「……ふむ。どういう理屈かは分からないが、彼もこの部屋にいるが、俺には見えていないんだな?そういうまやかしということか?……ふむ、いや、細かい事は良い。敵も同じようにこのまやかしで包んでやれば、慌てて同士討ちを始める事になるだろうな。恐ろしい力だ。……あっ、いや、すまない。気を悪くしないでくれ。悪かった」

 リルケがクルドの言葉に傷ついて、抗議したのが見えていないジョージにも良く分かった。
 
「リルケ、ついでに吸っていいぞ。罰だって言ってやれ」

 と、ジョージがニヤニヤと笑いながら言うと、数秒してクルドが青ざめた。
 
「や、やめろ。何をする気だ。謝っただろう?……そんな、お、おいあんたこの子を止めてく……ぬぅぅっ」

 ガクリと膝から崩れるクルド。リルケがクルドから精気を吸い始めたのだろう。あからさまに呼吸が早くなり、足がガクガクと震えていた。
 
「ぐ、くくくっく、なん、の、これ……しき!……おうぅぅう」

 体勢を立て直そうとしては、自分の体に裏切られて膝をつくクルドに、ジョージは少しの哀れみを感じた。
 
「リルケ、もういい。開放してやってくれ」

 と、またジョージが合図をすると、ふっとクルドの表情が緩み、安堵のため息を吐いた。
 
「とにかく、力の程は分かっただろ?」

「ああ、頼むから俺にはもう取り憑かないで欲しい」

 ぐったりと椅子に身を投げ出すクルドを見て、ジョージは苦笑いした。

「あの青い空間を広げると中の連中は、自分とリルケ以外は見えなくなる。その上、精力を吸い取られる事になるってわけだ」

「戦闘不能とは良く言ったものだ。こんな体ではまともに戦う事など不可能だ。しかし、貴殿は精霊使いだったのだな」

「え?いや、俺は精霊使いじゃないぞ」

「だが、現にこうして使役してるではないか」

「いや、リルケとは、そうだな、ダチだ。俺が、外の連中をどうしたらいいかって悩んでたら、リルケから申し出てくれたのさ」

「友達というわけか……。貴殿は心が広いのだな」

「おい、あんまりリルケを怒らせるなよ?ああ見えて、根は普通の女の子なんだぜ?」

「む、何か気に障るような事を言ったか?」

 本当に分からない様子だ。
 
 すると、青い空間がジョージを包む。

「気にしなくていいよジョージさん。この人、悪気無いから」

「まあ、無いだろうがな」

「一度取り憑いた人の心って、取り憑いてなくても少し分かるんだ。この人の頭の中は、皆を守る事で一杯。だから、他の事に気が回るわけないし。気にしてないよ」

「そうか……。ん?ってことは、俺の事も分かるのか?」

「あ、えっと、その……うん。そ、そんなにハッキリじゃないよ?その、嬉しいとか、悔しいとか、焦ってるとかそういうのが分かったりするだけで……」

 と、リルケは慌てて言葉を濁した。
 
 理由に心当たりが無かったジョージだったが、逆の立場になってみれば当然の話だ。普通、心の中を覗かれて気持ちの良い奴がいるはずがない。リルケは、自分がジョージの心を読める事を本当は知って欲しくなかったのだろう。心を読まれていると知っていれば、ジョージはリルケと距離を置くようになりかねない。
 
 とはいえ、ジョージはリルケがジョージの心を読めるとしてもそんなに不思議でもなかった。
 
 プワル村の一件で、リルケには異性の精神に影響を与える力がある事が分かっていたからだ。
 
「気にすんな。今更気にしねえよ。それより、良く考えたらお前って最初は俺にしか憑けなかったんだろ?いつの間に、他の奴に取り憑けるようになったんだ?」

「あ、うん。ジョージさんで慣れたからだと思う。気付いたらできるようになってた。えっと、この間寄った町で試しに取り憑いてみたんだ」

「そうか。成長したんだな。お陰で、今回は血を流さずになんとかできそうだな。頼んだぜ、リルケ」

「えへへ。うん!任せて!」

 と、胸を叩いて見せるリルケ。


 その頃、討伐軍とツェツェ軍は共に進軍を開始していた。
 
 血臭と、砂煙が舞う。砦は、また戦渦の中心に据えられようとしていたのだった。

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