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珈琲の大霊師201

 村に人気はなく、家という家には苔が生えて、まるで何世紀も前に放逐された廃村のようだった。

「シオリ、ここは何て村だ?」

「こんな所に村なんてあったかな……テオルギ村?は街道沿いだし」

 辺りを見回す2人を置いて、モカナは更に歩を進める。川をさかのぼり、少し歩くと、昔道だったと思われる草の薄い場所と、そこに繋がる石の橋があった。

 その橋の近くに、周りの家に比べて少しだけ苔の生えていない家があった。家の側面に取り付けた水車がギィギィと回っていて、静かな死んでいるような村にそこだけが生きているかのような錯覚に襲われる。

 その家を見た途端、モカナとドロシーの顔が輝いた。

「「おじっ!!!ば、ば・・・!!!」」

 嬉しそうに駆け出すモカナを、ルビーは慌てて追いかけた。まるで足元を見ていないモカナは、何度も転びそうになりながらも、絶対に家から目を離す事なく、無理やりに体を前に押し出そうとしていた。

 その様子に気づいたジョージもフォローに入って、ようやくモカナはその家の朽ちかけた玄関の前に立ったのだった。

「「帰ったぞうい!!」」

 元気に声を上げて、扉を開け放つモカナ。

 玄関と、繋がったリビング。古い暖炉。川と逆側に位置するテラス。そのテラスから、ギィと音がして、揺れるロッキングチェアーが見えた。そして、そこに腰掛けるストールを巻いた誰かの姿。

「「ばばは、耳が遠いなぁ。どれ、おどかしてやろうか……シー」」

 そこに誰もいないのに、モカナとドロシーは同じ動作で口元に人差し指を立てて、部屋に踏み入った。

 背中を丸めて、ゆっくりとそこに近づいていくモカナは、何故か年老いた老人のように見えた。

 ぞくっと、ルビーの背中に悪寒が走った。

 モカナの様子は、そこにいるのが誰か分かっていて、明確にそれを意識した動きだった。それなのに、ルビーは、この家に、生きた人間の気配を感じなかった。

 それは、ジョージも同じだったようだった。

「……嫌な予感がする。止めるか……?」

 それでも、確信したらすぐ行動するジョージが、何故か動けなかった。動けずに、モカナが忍び足でロッキングチェアーに近づくのを見守った。

 何か違和感があった。

 この部屋には、何か腑に落ちない所があったのだ。

 そんな逡巡をしている内に、モカナとドロシーはロッキングチェアーへと近づき、突撃していた。

「「どーん!!」」

 モカナの遠慮無し全力の飛び込みで、ロッキングチェアーが大きく傾いた。ルビーが倒すまいと駆けつけるも遅く、ロッキングチェアーはゴトン!!と倒れてしまったのだった。

 そして、ルビーはそこにいたものを見て凍りつく。


 モカナとドロシーが、抱きついて頬摺りしているもの、それは眼窩の落ち窪んだ、老婆の、骸だった。

「「ばば!!ばば!!ん~~~~」」

「ちょっ、モカナ!!死んだ人に何してるさ!!」

 今にも折れて崩れそうな老婆の死体に思いっきり抱きついているモカナを、慌ててルビーが引き剥がした。

「「お?お?なんで、離れるの?ばば?」」

 したばたするモカナをとりあえず引っ張って羽交い絞めにするルビー。モカナには、自分の体から死体が勝手に離れているかのように感じられるようだった。

「ひえっ!?し、死んでるの?」

 やっとの事で状況についてきたシオリが家から飛び出ていくのを尻目に、ジョージはつかつかと老婆に歩み寄り、その体を検分した。

 脈なし、呼吸なし。体は、まるで木のように硬く、当然それは死を意味していた。

 しかし、腑に落ちない。

 こんな死体が、ありえるとは思えない。

「腐ってない……。それに、何だこの肌。死後硬直ってったって、肌まで硬くなるわけがねえ」

 死臭がしない。皮膚が異様に硬い。

 それは、ジョージが知っている死体とはまるで違うものに思えた。近いのは、マルクにいた頭のおかしい医者が飾っていた、蝋化させた人間の死体だろうか。

「それに……」

 そう、何かおかしかったのだ。この部屋に入った時から、ジョージは違和感を拭えずにいた。

「……部屋が、綺麗すぎるんだよなぁ……」

 そう。部屋の中は、整頓されていて、ほのかに生活観が残っているのだ。老婆は几帳面な性格だったのか、ありとあらゆる道具は全て棚に収められていて、洗い場にすら何も残っていない。

 ロッキングチェアーで突然死んだのであれば、それまでやっていた何かが途中であってもおかしくないのに。

「……だれか、この部屋の面倒を見ている奴がいる?」

 そいつが、部屋を清潔に保ち、この固くなった老婆の死後処理をしていると考えれば、可能そうではあった。

「「ばば?みずのこ、帰ってきたよ?みずのこ、忘れた?」」

 なんだか、聞いたこともないくらい悲しい響きがモカナとドロシーの口元から零れている。色々と考えるより先に、そっちを何とかする必要がありそうだった。

 ジョージはルビーが押え付けるモカナに歩み寄り、少し考えた後、頭に手を載せた。

「おい、モカナ。珈琲淹れてくれ」

「はぁ!?あんた、状況わかって……」

「はい!ジョージさん!珈琲ですね」

 途端に、モカナの目に光が戻った。嬉しそうに動こうとするモカナは、やっと自分がルビーに押え付けられている事に気づき、不思議そうな顔でルビーを見つめた。

「……なんだってのさ!!」

 ジョージがあっさりとモカナの正気を取り戻した事も、さっきまでの事をモカナが覚えていない事も気に入らなくて、ルビーはモカナを開放しつつ吠えたのだった。

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