珈琲の大霊師051
翌日、庭で三人で珈琲を飲んでいると、来客があると女将さんに伝えられた。
出迎えに行くと、何やら箱を片手に白髪の紳士が宿の入り口から会釈してきた。
「いや、本当に姉に聞いた通りの皆さんでした。始めまして、現在シマ家を仕切っております、クエルの弟マリュと申します」
「えっ!?シマ家の!?」
案内した女将の目が飛び出そうになっている。仕事の関係上、あまり接点が無かったのかもしれない。
「そうか。クエルは、弟と話せたんだな。で、用件っていうのは、その箱か?」
「ええ、あなたがジョージさんですね。あなたから頼まれていたものだそうです」
そう言って、マリュはジョージに箱を差し出した。
その中味を、ジョージはそっと確認する。中には細かい骨の破片がいくつも入っていた。リルケの骨だ。想像していたのとは違って、頭部や腰骨といった大きなパーツが入っていない。
「大きい部分である必要は無さそうなので、持ち運びに便利な大きさのものだけを選びました」
「確かにな。良く気が効くなあんた」
年上で、しかも村の顔役であるシマ家家長に馴れ馴れしい口を利くジョージを、女将ははらはらしながら見守っていた。
「しかし、本当に驚きました。まさか、世の中にこんな事があるなんて。あなた方には、感謝してもし足りません。よく、姉を私に会わせてくれました。協力できる事があったら、何でもおっしゃって下さい。できる限りの協力をさせて頂きますよ」
「おお、そりゃ助かる。ここからサラクの首都サラクラシューに急いで行かなきゃならないんだが、俺達には足が無い。最短距離でそこに行く為の、足が欲しいんだ。あんたなら、そういう事情には詳しいだろ?」
「サラクラシュー・・・・・・ですか。随分物騒な場所に向かうんですね。あそこに向かうのでしたら、港町ヨットーからサラクのビヨンまでの定期便に乗り、ビヨンでラクダを買った方が良いと思います。そこまででしたら、手配して差し上げられます」
「助かるぜ。是非・・・・・・」
「ちょっと待って下さいジョージさん、ちょっといいですか?」
リフレールが険しい顔をしてジョージを呼んだ。マリュに断ってリフレールの口元に耳を寄せる。
「ビヨンは、例の傭兵団が占拠している地域です」
「・・・・・・それで?何か問題があるのか?」
「勝手に土地を奪うような連中ですよ?何をされるか分かったものじゃありません」
リフレールは、怒ったようにそう言った。ジョージは、何か理屈では無い理由でリフレールがそう言っているように感じた。
「・・・・・・ああ。リフレール、連中の事は気に入らないだろうが、冷静に考えてみろよ。本当に無法者の集まりだったら、サラク正規兵を破れると思うか?」
「む・・・・・・」
リフレールのサラク王家の誇りに付け入る。冷静にさせるには有効な手だった。
「それに、定期便が変わらず通ってるってことは、向こうの治安は守られてるって事だぞ。ってこたぁ、一般人が自由に動ける土壌があるってこった。場合によっちゃ、例の傭兵団の内情を探る良い機会になるんじゃないか?」
「むぅ・・・・・・。はい、そうですね。ジョージさんが正しいです」
納得したようだったが、何故かまだリフレールは頬を膨らませて拗ねたような顔をしていた。
(まあ、さすがに身内が絡んでくると冷静にもなれねえか)
ジョージは、リフレールのサラサラの金髪に右手を降ろした。リフレールは驚いたように身を固くしたが、構わずジョージは頭を撫でた。
「あ、あの?」
戸惑うリフレールだったが、ジョージは無視して撫で続けた。その内、リフレールは黙って大人しくなってしまった。
「話は纏まった。その線で頼む」
「分かりました。港町ヨットーまでは、馬車を用意しましょう。あなた方から受けた恩は、こんなものでは返し切れません。是非、今後ともシマ家を頼って下さいね」
そう言い残して、マリュは出て行った。
翌日晴天。
マリュが手配した馬車は、乾いた地面を風のように駆けていった。中には、ジョージ、モカナ、リフレール、そしてモカナの膝の上の鉢植え一つ。
「しかし、状況が切迫してるな。今の内にできる準備はしておかないとな」
「まずは、するべきことを整理しないといけませんね」
リフレールとジョージは作戦会議を始めている。その間、そういった話が良く分からないモカナはリルケとお喋りをしていた。
「はぁ~。ついに村を出ちゃった。村を出るのは嫁に出た時だけだと思ってたのになぁ。何だか、寂しい感じ」
「リルケさん、村に戻りたいんですか?」
「ううん。そういうことじゃないんだけどね。いずれ戻って来れるだろうし」
「??」
モカナには、リルケの感傷はまだ理解できないようだった。
「まずするべきなのは、軍事クーデターを起こさせないようにする事だと思います。もし、師団長がこぞって反旗を翻したら今のサラク軍では抑え切れませんから」
「周辺各国への工作も必要になるぞ。砂漠の大国が瀕死になったと聞けば、山奥の周辺部族だって黙っちゃいないだろ。国内ばかり見てれば、地図を書き換えられちまうぞ?」
「それもそうですが、取られた土地は軍隊を再編した後に取り返す手もありますよ」
「そりゃ何年後になるんだ?軍を再編した所で、国としての問題点が解決したわけじゃないんだぜ?敗戦した王に、水資源の枯渇、軍がクーデターを起こさなくても民衆が黙ってないぞ」
「う・・・・・・」
痛いところを突かれてリフレールは黙り込んだ。自分の父親の責任なのだ。二の語が継げなくなるのも無理は無い。
「現状に対応すると同時に、本質的な問題も解決しなければならない・・・・・・と」
「まあ、理論的にはな。現実、その両立するってのは、俺達だけじゃ無理だろうぜ」
「でも、他に誰が!?」
リフレールがついに焦れて大声を出してしまった。すぐにしまったと眉を顰めて謝った。
「すみません。大声を出した所で、何も変わりはしませんのに」
「気にすんな。今の状況で冷静になれってったって、そりゃ難しいだろ。自分の国なんだしな。その分、俺が落ち着いててやるからよ」
「はい。頼りにして、良いんですよね?」
リフレールが、熱っぽい視線をジョージに投げかける。
ジョージは、少し恥かしそうに視線を逸らすと
「ここまで来りゃあ、一蓮托生だろ。変に遠慮されたんじゃ、こっちが困る」
リフレールの顔が、嬉しそうに咲いた。
「とりあえず、港町に着いたら腰を落ち着けて話すとしよう。どうせ、船が出るまでには時間があるだろうからな」
「はい」
窓の外に、海が見えてきた。
「なんだか久し振りの潮の香りですね」
モカナが目を細めて呟いた。モカナの脳裏に、マルクの水路が蘇っていた。
(ルナのやつ、元気でやってるかな?)
幼馴染の煩い声を、ジョージは思い出したのだった。
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