珈琲の大霊師055

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第13章
    王たる者の血筋

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 人は、本当に驚くと身動きできなくなるというが、今のジョージ達はまさにそれだった。
 
 部屋の前に大男が立っていたというモカナの証言から、スパイの気配を探っていたリフレールとジョージだったが、ついにその気配を感じる事はできなかった。
 
 そして今、傭兵団『鋼の鎧』が占拠する港町ビヨンに、ジョージ達の乗る定期船が到着しようとしていた。
 
 その桟橋の上に、黒髪でガッシリとした体付きの男と、金髪で色白のローブを羽織った男が堂々と我が物顔で立っていたのだ。

「・・・・・・リフレール、聞き忘れてたんだが」

「・・・はい?」

「例の参謀の外見的特長は?」

「・・・・・・あんな感じです」

 と、リフレールはローブの男を指差した。
 
 ジョージが深いため息をつく。
 
「マジかよ・・・・・・。なんだ?あいつらは、定期船を出迎える習慣でもあるのか?」

「知りません・・・・・・」

 ビヨンを実力支配する傭兵団『鋼の鎧』。そのリーダーと参謀らしき男が、桟橋にいる。つまり、接触は避けようが無いということだ。

「サウロの力を使えば、一人くらいなら私と一緒に運べますが・・・・・・」

「それじゃあ無意味だな。あっちが、こっちの情報を掴んでるとは限らない。なるべく目立たないようにして、様子を見る方が懸命だろ」

「・・・・・・はい。本当に、信じたくない。悪い冗談ですわ」

 そう呟きながら、リフレールはフードを被り、モカナのフードも同じように被らせた。
 
 船は、桟橋に寄り添うような形で近づき、ついに小さな揺れと共に接岸した。

「ようこそビヨンへ!!ビヨン駐留隊隊長のガルニエ=ロンバルドだ。遠路はるばるお疲れさまだ!!」

 頭の痛くなるような大声で、ガルニエは鬼のような笑い顔で船を迎えたのだった。

「さて、今日この船に乗っているお客さんの中に俺に用がある方はいませんかー?今なら1対1でお相手するぜ?」

 鋭い目が、下船を待っている客の中を見渡す。一瞬、ジョージと目が合った。が、すぐに視線は隣の客へと移っていった。
 
 ガルニエの言葉で名乗り出る者がいなかった為、今度はラカンが一つ咳をしてから声を上げた。
 
「心当たりの無い方はそのまま下船下さい。心当たりのある方は、どうぞこちらへ。私達は、万全を期してお迎えの準備をしておりました。きっとご満足して頂けると思います」

 にこやかに、ラカンは歓迎の姿勢を見せたが、その言葉に秘められた意味は随分と物騒なものだった。
 
「要するに、ここはもう完全に連中の手の内ってわけか。そこらじゅうに伏兵が潜んでいると思った方がいいな」

 桟橋の下、船の中、町の中。どこから漏れたのか分からないが、サラク王女リフレールがこのルートを通る事を知って、網を張ったという事だろう。
 
「まさか、こんなに早く手を打つなんて・・・・・・」

 リフレールが青い顔をして、小刻みに震えていた。ジョージは、短い思考の後、リフレールをそっと引き寄せ、耳元に何かをささやいた。
 
 一瞬、リフレールは驚いたように目を見開いたが、すぐに平静を取り戻すと、モカナに何かを呟いて鉢植えを受け取り、身を屈めた。
 
「いよう。出迎えご苦労。ガルニエ隊長」

 人波を掻き分け、ジョージがモカナの肩を抱いて船と桟橋を繋ぐ階段を降り始めた。モカナは、慣れない事をされてカチンコチンに体が強張っていた。
 
 それを見たガルニエは大きく手を広げた。

「ようこそ!!待っていたぜ?」

 その瞬間、モカナは人生でも指折りの衝撃を受ける事になった。
 
 何よりも信頼していたジョージが、よろめきを装って、モカナを海に突き落としたのだ。
 
「へ、ひえ、ひゃぁぁぁぁぁあぶっ」

 バッシャーンと派手な音を上げて、海面に落ちるモカナ。
 
「モカナ!!」

 慌てて追おうとするジョージを、いつの間にか近づいていたラカンが腕を掴んで引き止めた・

「彼女は大丈夫ですよ」

 見ると、地味な緑色の服に身を包んだ男が、目を回しているモカナを陸に押し上げている所だった。
 
「悪い。まだ地面が揺れてるような感じでな。どこか、冷たい水が飲める場所に連れて行ってくれないか?」

 そこで話そう。そういう意図だ。
 
「……あなたには、もう一人お連れ様がいらっしゃったはずでは?」

「おいおい、アンタいつまで他の客を待たせるつもりなんだ?」

 質問に質問を返すと、一瞬ムッとしたような顔をしたラカンだったが、気を取り直してまたにこやかな笑顔を作った。
 
「ようこそ皆様、ビヨンの町へ。大陸指折りの市場をご堪能下さい」

 ビヨンの港は、思った以上に活気があった。
 
 どこにも傭兵団の占領下である事の不安感が見当たらない。そして、道行く人々は殆どがガルニエとラカンに友好的だ。
 
 少し後ろから、ずぶ濡れのモカナがついてきている。泣きそうな顔をして、ジョージの後頭部を睨んでいた。

「あと少しで、港の兵舎だ。着替えを頼んでおいてやるから、そんな顔をするもんじゃねえぜ?」

 ガルニエが似合わぬ気遣いを見せると、モカナは一瞬ガルニエの顔を見上げたが、あまりに強面なのですぐに視線を反らし、曖昧に頷くだけだった。
 
 ジョージは無言で周囲を観察している。事前の情報から想像していたのとは随分違う状況だ。一つ分かるのは、傭兵団は、この町に受け入れられているという事だった。

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