珈琲の大霊師204
「へぇ……。ドロシーは、水宮に来る前はここに居たって事か」
「みたいです」
「で?その続きはどうなったの?」
シオリが興味津々といった様子で尋ねる。目が輝いていた。
こういう時のシオリは、一つの単語も聞き逃さず絶対忘れることが無いことをジョージは知っていた。
「えっと、ここまでしか知らないです。ジョージさんに珈琲を淹れようと思ったら、目が覚めちゃって」
「ええ!?ちょっとジョージさん!!」
「そこで俺に振られてもなぁ……」
めんどくさそうに手を振りながら、ジョージは考えていた。
(ここはどう見ても廃村に見えた。しかし、この家だけは生活観がある。……いや、全部探索したわけでもないし、まだ早計か。ドロシーが昔世話になってたかどうかは別にして、村人の尊敬を集めていたらしいキビト様ってのが気になるな)
考え事をする時、片手に珈琲があると思考が捗る。ジョージは、珈琲を一口含み、物思いに耽るのだった。
「ばば…………。寝てるのかのう?」
しばらくして、老婆に珈琲を飲ませようと頑張っていたドロシーが、今にも泣きそうな顔をして戻ってきた。
久しぶりに会った親代わりに無視されたらそんな気持ちにもなるだろう。
「きっと、ばばさんは寝てるんだよ。きっと、起きたら飲んでくれるから前に置いとくといいよ」
と、モカナがドロシーを勇気付ける。ドロシーは嬉しそうに笑って、老婆の前のテーブルに珈琲を置いた。
「あったかい珈琲の方が美味しいんじゃがなぁ」
「お婆さんが起きたら、淹れ立ての珈琲を作ろうね」
「んっ」
こくりと素直に頷くドロシー。お姉さんをしているモカナと、妹のようなドロシーを見て、シオリは微笑ましく笑っていた。
(ああ……。ドロシーの口調が時々老人風なのは、老夫婦に育てられたせいか)
と、割とどうでもいい事に気づきつつ、ジョージは珈琲をまた一口飲んだ。
ふわっと香ばしい香りが広がり、頭が透き通ったような気がした。
翌日、事件が起きた。
老婆の前に置いた珈琲が、綺麗に空になっていたのだった。
「ばば!起きた?」
「うーん………」
ジョージが朝起きると、何やら例の枯れた老婆の所からドロシーとモカナの声がした。昨晩、2階に客間を見つけたジョージ達は、ややカビ臭い。
言ってみると、老婆の周りをくるくると回るドロシーに、戸惑った表情のモカナがいた。
「どうした?」
「あ、ジョージさん。おはようございます」
「おはよう!」
何故だかドロシーのテンションが異様に高い。何かがあった事はすぐ分かった。
「あの、お婆さんの前に置いた珈琲が、無くなってるんです」
「……何?」
当然、おかしい話だ。
この老婆は、呼吸も無いし脈も無い。生きているはずがないからだ。当然珈琲を飲んだのは別の人間という事になる。
「……ルビーと、シオリは?」
「ボクが起きた時には、まだ寝てました」
「ばばが飲んだんじゃろ?」
何を当たり前の事をと言いたげに、ドロシーがしかめっ面をする。
「ばば!起きろ!」
と、ぺちぺち老婆の頬を叩くが、当然のように起きる気配は無い。
「ばば、眠いのかのう?」
残念そうな表情をするが、不思議と表情は明るかった。親しい者に会えて、何より嬉しいという気持ちがジョージにも分かった。
そんなドロシーの機嫌を敢えて悪くする必要もないと、ジョージはドロシーに話を合わせる事にした。
「そうだな。きっと、俺達が寝ている間に起きて飲んだんだな。今度は、何か書くものでも置いといて感想でも貰うか」
「あ、それいいですね!」
と、冗談で言ったのにモカナは乗り気だった。
「墨の棒なら、ルビーさんが作れるって言ってたし、そうしましょうジョージさん」
「……羊皮紙なんてあったか?」
「おはよ~う。紙がどうかしたぁ?いっぱいあるけど」
と、起き抜けのシオリが目元を擦りながら降りてくる。
確かに、シオリは何かしらを記録する為に常に筆記用具を携帯していた。既にメモとして書いた紙で本が2冊程作れる程度に使っている。
「そういえばあったなぁ……」
何かが起こるとも思えなかったが、モカナが乗り気なのでその後起きてきたルビーに墨を作らせて、老婆の前に珈琲と一緒に置いてみたのだった。
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