珈琲の大霊師210
翌日、キビトの元に戻ると、俯いていたキビトが途端に顔を輝かせて迎えてくれた。
「良かったぁ。ちゃんと来てくれたんだね。ありがとう」
満面の笑みだった。ジョージは、道具を取り出しながら、頭を掻いた。
「当たり前だろ。時間が時間だったからな、暗くちゃ作業も進まないし、一晩置かせてもらった」
「そうだよね。うん、分かってたよ。分かってたんだけど、300年も待っててここまで来たのは君達が始めてだから、もう二度と無い機会かもしれないって思って。分かってても不安で………。あは、僕何言ってるんだろ。らしくないな」
「普通の人間なら、絶望して足を潰してでも抜けたくなるような状況だから。無理もない。さて、ちょっと触るぞ?」
「あ、うん」
ジョージは、キビトの足に手を這わせ、根との間の空間の大きさを計る。
「んくっ、く、くすぐったい」
「我慢しろー」
捕らわれた足を入念に触るジョージに、シオリとルビーの冷たい目線が突き刺さる。
「そ、その、もうちょっと、んふっ!触るなら触るでしっかり触ってくれないかな?ほんと、くすぐっあふっ」
「おいこらジョージ。動けないことを良いことに何やってるさぁ?」
「そんなべたべた触る必要あるんですかぁ?」
「あるんだよ。怪我させない為にな。ま、こんな所か」
と、大具道具から鉈と、ミノと槌を取り出した。
「よっとぉ!」
そして、おもむろに持ち上げると、なんの躊躇も無く振り下ろした。
「うひっ!?」
思わずキビトが悲鳴を上げた。
が、鉈は途中で止まっていた。薄皮一枚残して、鉈は絶妙なコントロールで制御されていたのだった。
「ひえっ!?ちょ、怖い、怖いよ?あやっ!?うひゃっ!?くっ……いひぃ!?」
ジョージは無造作に鉈を振るっているように見えた。が、その一撃一撃は根だけを綺麗に破壊し、決してキビトの肌には届かない。
届かないが、振るわれている方からすればそんな気楽なものではない。ジョージは、一度も手を止めていないのだ。どう見ても力の限り、狙いも定めず、無造作に切り込んでいるようにしか見えない。
「おわっ!?あぶっ、ちょっ、こわっ!!」
「あばばばばばばばば」
「ほわぁ~。ジョージさん凄いです」
ルビー、シオリ、モカナの反応も、モカナの気の抜けた声を除いてはキビトと同じだ。モカナのその声は、ジョージが失敗するなどと微塵も思っていないような、純粋な関心の声だった。
ガッ!ガッ!ガッ!と、続けざまに鉈を人に向かって振り下ろす様はさながら殺人鬼のようだ。が、ジョージは無表情でそれを繰り返すのだった。
「うう……、怖かった。必要も無いのに何か漏らしそうだよ」
薄皮一枚だけ残して切り込まれた根を、今度は糸鋸で削り始めたジョージの姿に、やっと落ち着けたキビトが呟いた。
「ホントさ。ほら、シオリなんか途中から白目剥いてたさ」
額の汗を拭いながら、ルビーが抱えたシオリの顔を指して言う。シオリは、瞼を痙攣させて気絶していた。
「大袈裟だなぁ。集中すりゃ、誰にでもできるだろあんなの」
ギコギコと小さく削って、根を一つ一つ取り除いていくジョージ。キビトの足は、最早囚われていないようにすら見えた。
「いや、僕も長い間生きてきたけど、こんな技初めて見たよ」
「……そういや、ジョージって珈琲淹れる時、一滴も零したの見たことなかったさ」
「そうですね。ボクも見たこと無いです」
「お前、珈琲は神聖な飲み物だぞ?零すわけねえだろ。まぁ、昔から器用だって言われてはいたっけな」
ちなみに、ルナの家の家具は大半がジョージの手作りである。
「よしっ。これで最後だな」
と、ジョージが一際太い根を取り外すと、キビトの足が悠々と出られるだけの空間が開いた。
「わぁ……。夢みたいだ」
顔を綻ばせてキビトがゆっくりと足を引く。それは、何も引っかかる事無く、根の上まで持ち上がったのだった。
「わはっ!僕の足だ!300年ぶりに触った!あはっ!あはははは!!」
キビトは、心から嬉しそうに自分の足を引き寄せて頬摺りする。土踏まず辺りを揉んだり、指を一つ一つ確認したりと忙しい。
「おう、おめでとう。さて、早速なんだが……」
と、ジョージはずいっとキビトの前に顔を出す。
「……うん。見返りは必要だよね。何が、欲しいのかな?」
若干緊張した面持ちで、キビトは尋ねる。
「いや、そういうんじゃなくてな。あんたなら知ってそうだから、聞かせてくれ。この村と、あの人が化けた木みたいな奴らの話を」
「えっ?……うん。いいけど……」
何を想像していたのか、拍子抜けしたようにキビトは顔をきょとんとさせて頷いたのだった。
「さてと、何から話せばいいかな……。みずのこのから、昔の話は聞いてるの?」
「今はドロシーって名前だ。こんがらがりそうだから、名称は統一しとこうぜ。昔の話は、ドロシーが断片的に見たドロシーの記憶を又聞きしてる状態だな。ようするに、大して分かっちゃいねえ」
「そっか、分かった。それなら、この村の始まりから語る必要がありそうだね」
ふいっと、キビトは僅かに顎を上げて、目を閉じる。
「もう400年以上昔の話になるから、僕の記憶も曖昧だけど、できるだけ思い出してみるね」
そう言って、キビトは回想を始めた。
大半をこの木の元で過ごした300年の昔。そこから、ここがまだ密林だった頃まで記憶は遡る。
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