珈琲の大霊師229
「ふぅぃ、凄い量の泥だったさ……」
「やりがいがあったねぇ」
腕を捲ったシーラとルビーが、シーラのお古に着替えたカルディを伴って戻ってきた。
「ありが、とう。さっぱり、しました」
泥を落としたカルディは、少し痩せすぎているが真っ白な肌の整った顔の女だった。泥にまみれて縮れていた黒髪はまっすぐ伸び、まだ水分を含んで艶やかに光を湛えていた。
「おお、終わったか。よし、じゃあ聞いてくれ。ここから先の方針を決めた」
それはつまり、カルディの処遇を決める事でもあった。自然と場の空気が緊迫した。
「これからどうするか決める為にも情報が必要だ。ってなわけで、アントニウス=カルランの所に向かおうと思う」
「おぉっ!!英断ッ!!」
と、部屋の端でカルディを警戒していたシオリが歓声を上げる。何せ古くからの大ファンだ。無理もない。
「え?……えっと、カルディはどうするんだい?」
キビトが口を挟むと、ジョージは不思議そうに首を傾げた。
「当然連れてくが?」
「えっ」
「何か困るのか?」
「えっ、そりゃある………」
そもそもが、この村は、泥の王一人を世に出さない為だけに作られた。
念願叶って泥の王は、ひとまず暴れなくなった。そうなると、人の樹となった皆には何の意義も無くなってしまう。
泥の王に、根本的な解決をすっかり諦めていたキビトはその先を全くイメージできていなかったのだった。
「はぁ……驚いたなぁ。こんなに、何も無くなっちゃうんだなぁ」
僕は一人、池の畔で呟く。ここは、ボクが300年以上を過ごした場所。ボクが足を挟んだ、あの根元。
ここに居た時間が長すぎて、不思議と居心地が良くなってしまった。
「これから先・・・かぁ」
そんな事考えたことも無かった。泥の王は、外には出しちゃいけない存在だけど、今の彼女はバケモノじゃない。またそうなるかもしれないけど、人の心を持っているのが分かった以上、ここに留めるのは難しいよ。
下手に、伝説の化け物だなんて教えて元に戻っても困るし、それにバケモノになってしまったら僕には何もできない。安全を考えれば、ここに居させるべきだけど、自分が危険だっていう記憶も無いのに、人の温かさを知ってしまった彼女を留める事はきっと無理だ。
そうなると、僕がここに居る理由も無くなったんだな……。
故郷に、帰ろうかな。僕達の寿命は長いから、父さんや母さんもいるだろうし。それとも、久しぶりに世界を旅して回ろうかな。400年も経てば、きっと色々変わってるから。
「キビト様、まだやる事が残ってますよ」
突然後ろから声をかけられて、慌てて立ちあがろうとしたら、根っこに躓いた。
目の前に水面が近づいてくる。これはもう、どうしようもない。
ずぼっごぼっぼごっ
あ、水の中綺麗だな。
じゃなくて。
「ぶはっ!!シ、シーラ!?脅かさないでよ!」
「キビト様がぼうっとしていたからでしょ。全く、折角解決したというのに、もっと喜んだらどうですか?」
「喜んでるよ!……ただ、これからどうしようか、って、思ってるだけ」
「何言ってるんですか。決まってるでしょう?」
「え?」
あれ?シーラは、この後どうするのか決まってるのかな?
「キビト様……お若く見えるのに、もうボケたんですか?」
凄く残念な子供を見るような目で、シーラがため息をついた。ちょ、ちょっと待ってよ!!
「ボケてないよ!!」
「では、今こそ私達との約束を果たす時でしょう」
「え?」
約束?
……なんだったっけ?
「やはりボケてるじゃないですか」
「うぐっ……」
なんだ?なんだっけ?僕、村人達と何を約束………あ…。
「もし、いつか泥の王が退治されるような事があって、私達の役目が終わったら、連れて行って頂けるのでしょう?樹人の森に」
あぁ……400年前の、約束だ。そんな日は来ないだろうと思いながら、でも皆に少しでも希望を持って欲しくて、約束したんだ。
そうだ。僕は、約束した。
「………うん。そうだね。ごめん、僕やっぱり400年の間に少しボケてたみたい」
「しっかりしてくださいね。樹になってしまった村人を戻せるのは、キビト様だけなんですから」
「そうだ……。うん。そうだった!」
そうだ!時間はかかるけど、一度樹化した人を戻す方法はある。もちろん、純粋な人間には戻れないけれど。生け贄の時間が終わりを告げて、彼らに2度目の人生を迎えさせよう。
それが、僕の、新しい仕事だ!
「そうと決まったら、シーラは皆と話してきて。意識が強く残ってる子から目覚めさせるよ」
「おや。それじゃ、じいさんだわ」
シーラは、ニッと笑った。
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