珈琲の大霊師059
ジョージ達が兵舎で会話している頃、リフレールは港から川を遡り、川上の地区で周囲を警戒しながら上陸を果たした。
服は僅かに濡れていたが、サウロの作った水の膜のおかげで、薄く濡れた程度で済んでいる。ギリギリ、怪しまれずに済む程度だ。
周囲には痛んだ家々が並んでいて、時々粗末な服を着た住民たちが歩いている。
(さすがジョージさん、判断が早い。とっさにリルケが宿っている鉢植えを私に渡して逃がすなんて。まずは、この辺りの花の咲いた植物を見つけないと)
リルケの行動範囲を広げて、偵察してもらおうという計画だ。
(少し、遠くに来過ぎたかもしれない。この辺りには、花屋はなさそうだ。その辺りに生えてないだろうか?)
と、周囲を見回すと、川辺にいくつかの植物が花を咲かせているのが見えた。
(川辺の植物だから、陸まで上がるのには使えないけど、無いよりマシか)
リルケは、鉢植えの土を少し撫でて、リルケの骨片を取り出すと、花の下を少し掘り始めた。
「あら、あんた何してんだ?」
不意に声をかけられ、リフレールはびくりと体を震わせたが冷静を装って、わざとゆっくりと振り向いた。
そこには、皺だらけの老婆がいた。顔に、見慣れた化粧がしてある。
(砂漠のシャーマンの家系か……)
サラクには、各集落に必ず雨乞いを生業にしてきたシャーマンの家系がいる。老婆の顔に描かれた模様は、そのシャーマンの特有の化粧だったのだ。
「この花を、鉢に一緒に植えようと思っていました」
と、返事をしながらリフレールは素早く骨片を植物の根の下に滑り込ませた。
「そうかい。あんた花が好きかい!なら、家においで」
「え?」
気付くと、老婆に袖を掴まれていた。
「ほれ、早く。こっちだよぅ」
「え?あの……、はい」
一瞬戸惑ったリフレールだったが、外で一人、リルケが花に馴染むまで待っているというのも、周囲から見て不自然だろうからと考え、老婆についていく事にした。
老婆の自宅は、住宅街から少し離れた小高い丘の上にあった。街の外れから歩いて10分程の場所だ。老婆の足では不便だろうなとリフレールは思ったが、いざ登り始めてみると先に息が上がったのはリフレールの方だった。
丘を登りきると、そこには家の外にも中にも植物が所狭しと植えられた質素な家が建っていた。
「何も無い所だけどね、花だけはあるよ。好きなだけ見ていくといいよ。さあさ、花のお茶を入れてあげよう。花を見たら、そこに掛けていなさいな」
言うが早いか、鼻歌を歌いながら踊るような仕草で植物の群れに踏み入っていく。それでも足元を見ると、いつも歩いている場所らしい場所だけには草が生えてなくて、老婆はそこを正確に踏んでいるようだった。
(偶然だけど、これは嬉しい誤算だ。これだけあれば、リルケの行動範囲はかなり増えるに違いない)
思わず笑みが零れた。老婆の視界から見えない所で、花の下に浅く穴を掘り、どんどん骨片を埋めていった。
砂漠特有のサボテンが100種以上集められた場所は、少し難儀した。手を出そうにも針だらけで手が出せなかったのだ。
仕方なく、サウロに頼んで骨片を土の下まで運んでもらった。
「これが砂漠か……。聞いていた以上に温度が高いんだな。ドロシー、具合を悪くしてないといいけど」
「ジョージさんがついてますから、大丈夫でしょう。とはいえ、予断は許されませんね。リルケさんが適応したら、すぐにでも助けに行きませんと」
サウロとリフレールが相談を始めた時、ガサッと音がして老婆が花の森から姿を現した。その手には、花が詰まった籠が下がっていた。
「……おや?何故か懐かしい気配がするね。あんたの連れかい?」
ニコニコしながら、老婆はキョロキョロと辺りを探し始めた。サウロは咄嗟にリフレールの影に隠れてから姿を消した。
「逃げなくてもいいじゃないか。これでも私は、昔雨乞いのシャーマンだったんだよ?水精霊の気配は忘れようがないのさ。ほら、姿を見せておくれよ」
老婆が切なそうに眉を下げるので、リフレールは少し戸惑ったが土地勘のある人間を味方に引き込みたかったのもあって、サウロに出てくるよう目配せした。
すると、僅かな水音と同時に老婆の目の前に水が現れ、ぐるりと回転したかと思うとサウロの姿になった。
「おお!懐かしいねえ。まさに水精霊。……でも、随分としっかりした格好をしてるんだね。私の知ってる水精霊は、もっとこう野生的だったような気がするよ」
「それは、あんたが言うように野生の水精霊だからだ。俺は、水宮で修行を重ね、契約で動く水精霊だから」
「ほう。じゃあ、あんたがこの水精霊の主かい。その年でねえ。大したもんだ」
と、老婆はリフレールに感心の眼差しを送った。リフレールは、それがなんだかむず痒くて仕方なかった。
「この街じゃあ無用の長物だけどねぇ。サラクには、交易の道沿いに小さな集落が沢山あって、そこじゃ水不足は死活問題だった。今みたいに運搬技術も発達してなかったし、内海の水を濾過する技術も無かった頃の話さ。あの頃は、私らも随分活躍したもんだけど。今じゃ途絶えたシャーマンの血筋も多いらしいねぇ」
遠くの空を見つめて、老婆は語った。リフレールは、当然それを知っている。サラク王族としての教養だ。
大昔、まだビヨンが他国の領土だった頃。サラクもまだ小国だった頃の話だ。国土の60%が砂漠のサラクにとって、雨の有無は死活問題だった。
ある年、例年の半分も雨が降らない大干ばつがサラクを襲った。基本的にサラク国内の集落は、オアシスに存在していたが、そのオアシスが枯れ始めたのだ。
追い詰められた当時のサラク王は、部族会議で捨て身の侵攻作戦を決定した。
背中に死を背負ったサラク兵達の勢いは凄まじく、みるみる内に砂漠一帯の部族を滅ぼし、取り込んで一大勢力を築いた。しかし、依然として水不足は解消されなかった。
そこで、侵攻作戦の他にサラク王は各地に特殊部隊を派遣し、極秘任務を任せた。
その極秘任務とは、「シャーマンの家系」の鹵獲であった。
当時はまだ、水宮がまだ無かった為、水精霊は統率されていなかった。その為、水精霊と交流するには霊媒能力に長けたシャーマンの血筋が必要だったのだ。
特殊部隊は血眼になってシャーマンの噂を探し、疑わしきは全て誘拐した。
その内のいくつかが本物のシャーマンとしてサラクに根を下ろす事となったのだ。強制的に、だが。
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