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珈琲の大霊師213

 最初の実験が成功した後、争っていた両国はキビトと太陽の大霊師の発案に乗り、決死隊を結成。

 志願者を中心に、この村が結成された。当時は戦後間もない事もあって、更なる脅威への危機感が高まっていた為、それなりに人は集まった。

 人々は、まずキビトに樹人の芽を植えつけられ、それが育つまでをそこで自給自足で暮らす必要があった。

 もちろん、両国からの援助はあるが両国共に経済状況は芳しくなく、支給だけではとても足りなかった。

 だが、そこはキビトと太陽の大霊師の腕の見せ所である。最適の日射に加えて、キビトが作物に語りかけると、通常の倍以上の早さで成長した。その為、なんとかその村は自活する事が可能になったのであった。

 それから5年ほどが経ち、最初の人柱の準備が整った。

 手足が満足に動かなくなり、皮膚は硬くなり、日に日に樹に近づいていく中、最初の人柱の表情は穏やかであった。

「散々命を奪った俺が、最後にその何倍もの人々を助けられるなら、きっと俺の人生は間違って無かった。導いてくれ、キビトさん」

 男は、最前線で働いてきた傭兵隊長だった。

 最初の人柱が彼でなければ、いざ樹となり自由が利かなくなる現実を前に不安が爆発して暴動になる可能性もあった。同じように樹となる兆候のあった者達にとって、結成当初からブレない彼の言動は後押しになったに違いなかった。

 彼は、キビトに連れられて森の端まで連れて来られた。

 そこは、丘の上だった。眼下には街道が広がっていたが、そこに何かが這いずった後が見受けられた。泥の王の足跡だ。

「……最初に喰われるのは俺になるんだな。確か、でかい樹になればなるほど長く足止めできるんだっけか?」

「はい、そうです。……ありがとうございます。あなたが、土壇場で逃げ出すような事があれば、僕達に彼らは止められませんでしたから」

「ははっ。ここまで来て腰が引けてるのか。まぁ、5年も経てば最初の気持ちも薄れらぁな。俺で良かったってところか」

「はい。最初があなたで、本当に良かった」

 男は苦笑して、体をギシギシ言わせながら一度伸び上がった。

「……良い風だ。俺には勿体無い所だ。さて、もういいぜ?皆の所に戻ってやってくれ」

「え?でも……」

 そう言って、キビトは男の足元を見る。

 そして、一瞬表情を曇らせた。

 靴を突き破った、まだ白くて新しい根が、地面に食い込んでいたのだ。

「任せとけ。でっかい樹になって、何千年でも野郎を止めてやるさ」

「……はい。……また、来ます」

「……ああ」

 そう言った彼は、三日後に全く喋ることができなくなり、次の人柱が来る頃には1本の大木となる程に成長していたのだった。

 その姿に、人間でいられる最後の瞬間を勇気付けられた者は数多く、彼は『最初の英雄』として村の中で精神的な支柱として語り継がれる事となったのだった。

 シーラは、樹の大精霊に仕える巫女だった。その中でも、村の全員を見送れる程に若い人材が選ばれ、この村へと派遣された。

 シーラがこの村に来た時、シーラはまだ10歳だった。幼い頃より容貌が際立っていたシーラは、持ち前の明るい性格もあり、すぐに村に受け入れられた。

 そして、キビトから教育を受け、徐々に樹になっていく村人達の相談に乗り、円滑に樹になれるように補助していたのだった。

「年頃の女の子なのに、まるで浮いた話が無くてね。でも、当然なんだよね。必ず、永遠に別れる時が来るんだから」

 と、キビトは少しだけ寂しげな顔をした。

 それは、恐らくキビトにとっては既に過ぎ去ってしまった感傷の類なのだろう。

「村の男の子達の中では、彼女に心を奪われた子も沢山いてね。彼、ロッシもその中の1人だったよ。人一倍鈍くて、人一倍優しい子だったんだ。だから、シーラに冷たくされても一度も怯まなかった」

 まるで自分の子供の事を話すかのように、暖かくて嬉しそうな顔でキビトは語り始めた。

「色んな人達と別れていく中、シーラは皆に一線を引いて接されるようになったけど、彼だけは変わらなかったんだ。その内にシーラも心を許してたみたいでね。懐かしいなぁ。ロッシがシーラに何かプレゼントするんだって言って、森の奥まで出かけて行って三日も戻ってこなかった時があったんだよ」

 ここからが面白いんだと言わんばかりに身を乗り出してくる。モカナとルビーも、思わず身を乗り出して聞いていた。女子はラブストーリーが好きなんだなぁと、ジョージはぼやーっと思っていた。

 ちなみにシオリは、目にも留まらぬ速度でペンを走らせていた。キビトの発言を片っ端から全部保存するつもりか?こいつ。

「シーラったらずっとそわそわしててさ。何度も泣きそうになっている所を見たよ。そしたら、4日目の朝にロッシが泥だらけで帰ってきて、何をしていたのかなんて聞かないままシーラが抱きついて行って。いつも冷たくされてたから、ロッシってば目を白黒させてて。なんでも、川で綺麗な石を見つけたから上流に行ってたんだって。そしたら洞窟があって、そこには幾つも大きな水晶があったんだって。で、そこで足を滑らせて、地底湖に落ちちゃって。まぁ色々。大冒険の末に、なんと虹色に輝く原石を見つけて、どうにか水の流れに乗って滝から落ちてきたって言うんだ。普通なら笑う所なんだけど、色んな所についた傷とか、何より虹色の原石がそれが真実だって教えてくれたんだよ」

 ほほ~~~と、ルビーとモカナは目を輝かせて聞いていた。特にルビーの食いつきが凄い。まるで少年のように目をキラキラさせている。

 と思ったら、それ以上にキラッキラの目をしている奴がいた。ドロシーだ。

「それで、ロッシが『君にあげたくて、持ってきたんだ』って渡そうとしたらね?シーラったら、それをバシッって叩き落したんだ!!」

「えぇぇぇぇ!?なんでさ!!!ひどいさ!!」

 キビトも、3人があんまり真剣に聞いてくれるから興が乗ったのか饒舌になってきた。ルビーは自分の事のように怒っていて、ドロシーも何故かその様子を真似してプンプンだった。

「そんな物いらないから、二度と危ない真似しないでって。顔を真っ赤にして怒鳴ってたよ。あんなシーラを見たのはそれで最初で最後だったかな。ロッシってば喜んで貰えると思ってたのに怒られて、可哀想なくらい落ち込んじゃって」

「うわぁ。アタイだったら、もうぶん殴ってるさ」

 と、シャドーボクシングを始めるルビーの横で、同様にドロシーがぴゅんぴゅんしていたのだった。

「シーラの事を誤解しないで欲しいんだけど、シーラはそんな物よりロッシの方が大事で、その時は心配のあまりにそんな事しちゃったんだ。それで、後になって酷いことしちゃったってロッシより落ち込んでた」

「おお、青臭い青臭い」

 苦笑いしながら茶化すジョージに、話の腰を折られたシオリがむっと顔をしかめた。

「そうですよねぇ。ジョージさんはもう穢れてるから……」

「その年で穢れてないのもどうかと思うぞシオリ」

「だだ、誰が処女だって話ですか!?」

 皮肉を言おうとしたら、そのまま投げ返されて慌てふためくシオリ。その様子から、事実は火を見るより明らかであった。

「え?シオリ、交尾した事あるんさ?誰と?」

「」

 そして、ルビーのストレートな質問に対して閉口するしかなかったのであった。

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