珈琲の大霊師174
「で、あんたはどれにするんだ?」
「あたしは、この地方伝統の空升模様のクッションにします」
隙だらけに見えたが、抜け目なく自分のものは確保していたらしいシオリが、刺繍で斜めに大きな升目の入ったクッションを掲げる。
「………珈琲が有名になったら、珈琲の豆入りクッションを作らせよう」
そんな事を呟きつつ、ジョージは狼を模したクッションを手に取り、店主に纏めて支払うのだった。
ちなみに、ルビー達が立ち去った後、にやりと笑った店主が足元からヤギのクッションを取り出していた事は蛇足である。
クッションを抱いたまま買い物を続ける一行だったが、食料品は手に入ったものの、珈琲の実はまるで姿を見せなかった。
「しかし、最初にマルクで見つけた珈琲の実、産地を聞き忘れたのは失敗だったなぁ」
「戻った頃には、市場にお店ありませんでしたもんね」
「多分、行商人だったんだろうな。あー、悔やまれるぜ」
「別に他に産地なくたって、ツェツェがあるから良いじゃないさ」
「バカ言うな。ブレンドできなくなっちまったら、味はがた落ちだ。そうなったら、カフェどころの話じゃなくなっちまう。俺の美味い珈琲が無くなるんだぞ」
「マルクで沢山作っておいて良かったですね。あれだけあれば、あと半年くらいは大丈夫だと思います」
「………いや、その前にサラクでカフェ1号店が開業する。となりゃ、今までの何倍もの人間が珈琲を飲むんだぞ?半年ももつわけねえ。やべ、結構これ急務じゃねえのか?」
「………………あれ?」
モカナの顔色がサーッと悪くなる。何しろ、珈琲はツェツェ以外に宛が無いのだ。
「どど、どうしましょう!?」
「どうするったって、そりゃあこうやって探すしかないだろ……」
「うーん、珈琲の実って、そもそもどんな所に生息してる植物なの?」
シオリの質問に、モカナとジョージが顔を見合わせる。
「多分、山だと思います。ボクの故郷も、ツェツェも山ですし」
「そこは、雨はよく降るの?」
「ツェツェは、いつも蒸し暑いさね」
「ボクの故郷は、そんなに降ってなかったと思います」
「ふーん、種類によっても違うのかな?まあ、何が言いたいかって言うと、植物っていうのは基本的に同じ気候に同じ植物がある事が多いものなの。だから、今確実にあると言えるのがツェツェだけなら、同じような気候の国を当たってみればいいんじゃないかな?この辺りなら、多分ここから西に2つくらい町を越えた先の、シヤックって国かな。少し遠くなるけど、本来の道筋からもそんなに遠くないわ」
と、事も無げにつらつらと心当たりを挙げるシオリに、モカナとジョージは目を輝かせた。
「シオリさん凄いです!どうしてそんな事が分かるんですか?」
「伊達に本の虫やってないもの」
「あるといいですね!珈琲の木!」
「ああ!いや、良かったぜアンタ連れてきて!これからも気付いたことは何でも言ってくれよ。後で必ず礼はするからよ」
わいわいと盛り上がるモカナとジョージ。その輪から外れるようにして、何故かドロシーが一人空を見上げていた。夕日の沈み始めた、暁の空を。
ボクは最近、気になる事があります。
ドロシーの元気が無いことです。多分、前に泊まったドバードの街を出てからだと思います。
いつも元気が無いわけじゃないけど、夕方になると夕日をじーっと見てるんです。そんな時は、ドロシーが何を考えているのかボクにも分からなくて、ボクは心配になります。
それに、ルビーさんも心配です。なんだか最近お腹が痛いって唸ってるんです。そういう時は、シオリさんが側にいて看病しています。
ボクは、近くの街に行ってお医者さんに見てもらった方が良いと思うんですけど、ルビーさんの病気は、「ツキノモノ」っていうらしくて大人の女の人なら皆なるんだそうです。
ボクとルビーさん、同い年のはずなのに、ボクには無いので分かりません。なんだか、ボクだけ子供みたいで、変な感じです。
ボクがそれをジョージさんに話すと、「お前もいずれ来るから、心配すんな」って言われました。
病気になるのは、嬉しくありません。でも、大人にはなりたいです。
ボク達を乗せた馬車は、今険しい山道を登り始めました。道の上には、脇の木々の枝が繁っていて、まるでサラクで見た丸いテントみたいです。
色んな色の鳥や、虫がいて、周りの景色を見ているだけで飽きません。ただ、蒸し暑くなってきました。一日座っている事が多いので、お尻が痒くなってきます。
でも、こらから行く先に珈琲があると思えばへっちゃらです。早く、新しい珈琲を作りたいなあ。
ジョージさん、喜んでくれるかなぁ?2つの珈琲を合わせて飲んだ、あの時みたいに。
また、美味しいって朝まで珈琲飲みたいなぁ。
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