珈琲の大霊師150
「嘘です!ル、ルナさん、不利だからって、私に、そんな下劣な嘘をつくなんて!見損ないました!」
「あんた、ここをどこだと思ってるんだい?そして、あんたは何者だい?」
「何ですか?何を言いたいんですか?」
「ははっ、正直良い気味だね。他人を振り回すっていうのは、こういう気持ちなんだね。どうしたんだい?リフレール。いつものあんたなら、こんな簡単な謎解きすぐに察するのにさ。仕方ないねえ。あんたは、この水宮で何を学んだんだい?嘘かどうか、自分の精霊に聞いてみなよ」
水精霊に嘘はつけない。
「サウロ?サウロ!嘘ですよね?嘘だったら、いくらルナさんでも許しませんよ」
歪んだ笑みを浮かべてそう言うリフレールの肩に、サウロがせせらぎ現れる。その目は、まるで侮蔑するかのようにリフレールに注がれていた。
「例え嘘だったとして、あんたがやった事と何が違う?自分の立場も忘れて……、無様だな」
「嘘だったんですね?あは、あはは!そ、そうですよね。意気地の無いあなたに、そんな事」
「本当だ」
空気が凍りつく。
希望を打ち砕かれて、無表情に無理やり笑顔を張り付けたような歪な顔が、サウロを見上げる。
「この女は嘘をついていない」
「えっ?嘘……」
「俺達水精霊は、嘘をつかない」
「あたしの名前はルナだ。この女なんて呼ばないでくれないかい?」
「すまない。以後、ルナと呼ばせてもらう」
「水精霊が分かるのは、嘘だけかい?あんたなら、他にも分かるだろう?」
「……あぁ」
サウロが、眉をひそめ、ちらりとリフレールを見る。
「何?何ですか?何を二人で訳の分からない事を言ってるんですか?サウロ、あなたは何を知ってるんですか?答えなさい!」
「……聞きたいのか?」
そう尋ねるサウロの目には、憐れみが浮かんでいた。
「これ以上訳が分からないのは嫌です!何ですか!?早く教えて下さい!」
「ルナの中に、ジョージの体液が混じっている」
リフレールは、声にならない叫びを上げて、ふらふらと歩き、豪華なベッドに座り込んでしまった。
水精霊にとって、水に関係する事ならば、人の体内とて例外ではなかった。
しばらく、黙って俯いていたリフレールだったが、次に顔を上げた時には、いつもの顔に戻っていた。
その顔を見て、ルナは微笑んだ。
「取り乱してすみません。こうなったのも、私が原因だというのに」
「あたしは、珍しい物が見られて得した気分だよ。気にしないで。あたしが逆の立場だったら、殴ってるかもしんないしさ。やっぱ、あんた強いね」
「私に感謝しているというのは、そういう事だったんですね。私は、ルナさんを追い詰めたつもりで背中を押していたんですね」
「ジョージ次第だったけどね。あんたが、あたしに背水の陣を敷いてくれたおかげて、あたしは勝負に出ることができたってわけさ」
「……やっぱり、考えるとこう、胸が苦しいですが、私の考えが甘かっただけですから。ルナさんは悪くない」
「……悪いねリフレール。あたし、あんたの目論見、多分全部潰したと思う」
「えっ?……それは、どういう?」
「あんた、ジョージをサラクに縛り付けるつもりだったろ」
強い視線で、ルナはリフレールを射抜く。リフレールは、それを無表情で受け止めた。
「あんたは搦め手でジョージを自分の物にしようとした。別に責めてるんじゃないよ?あんたは、ただ女としてジョージが欲しかっただけじゃない。王族として、ジョージが欲しかったんじゃないかい?」
「……そこまで、見抜かれてましたか」
「あのねえ。ジョージがいなかったら、今頃マルクじゃあんた嫌われ者になってたでしょ。昨日ジョージから聞いた話じゃ、あれからも随分ジョージに助けられたみたいじゃないか。見抜くも何も、それで欲しがらなかったら王族としてどうなのさ?」
「…………ですよね?ルナさん、意外と勉強家なんですね」
「あんたの中で、あたしがアホの子扱いされてるって事は良く分かったよ」
ルナは呆れたように呟いた。
「ジョージ悩んでたよ。あんた、ジョージの昔の仲間にも噂流したろ?側にいて、ジョージの本当の器を知ってるのはマルクじゃ裏の連中の方だもんね。噂を流せば、ジョージに王になるよう勧めてくるって分かってたんだろ?」
「………そうですね。色々と調べて、ジョージさんが私を選んでくれるように働きかけました」
「あたしね、ジョージに、自分らしく生きろって言ったよ」
「え…………?」
一瞬、リフレールは何故ルナがそんな事を言うのか理解できなかった。だが、すぐに理解する。
これで、ジョージは自分の心に素直に、自由に生きるよう舵取りするに決まっているからだ。そしてそれは、リフレールの側に居る事とは相反する選択になる。
「………っ!!ルナさん、貴方って人は!!」
憎しみが叩き付けられるのを、ルナは感じた。だが、今は怖くない。リフレールが本気を出せば、権力を使ってルナを暗殺する事も可能だろうが、それでも今は怖くなかった。
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