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珈琲の大霊師206

 その頃、老婆の家に残ったルビーとモカナは、老婆に飽きもせず話しかけるドロシーを見ていた。

「ばば眠いのかのう?ドロシー、踊れるようになったぞい。んっ、ばっ、んっ、ばっ」

 何やら手足を縮めて、広げてを繰り返しながらくるくると回っている。

「ドロシーの奴、前からあんな事してたさ?」

「えっと……、水を出すのに慣れちゃって時々暇そうにしてるから、なんとなく……」

「モカナが教えたんさ?」

「うん。ほら、可愛いでしょ?」

 ばっと手足を広げると、水がパッと散って、またドロシーに戻るという水芸つきである。

 確かに無邪気に踊る様は愛らしかった。

「あ、あたしの方が可愛いし!」

 ツァーリが不意に対抗心を燃やして現れ、見よう見まねで踊ろうとするが非常にぎこちない。しかし、そのぎこちないなかでも頑張ってアピールする姿がまた愛らしくて、ルビーはニヤニヤと気持ち悪い笑みを見せた。

「うんうん。ツァーリったら可愛いさっ!!」

「で、でしょでしょ!?」

 なんだか、老婆の家は託児所か幼稚園の雰囲気に包まれていたのだった。


 対して、廃村を探索するシオリは正気を保つので必死だった。

「……へぇ。こいつは……面白い事になってきたな」

 と、幾度か見た飢狼を思わせる笑みを湛えるジョージの腕にしがみつきながら、シオリはガタガタと震えていた。絶叫したり、逃げ出さなかっただけでも随分とマシになったと思うべきである。

 何故なら、今、シオリの目の前には、苔むした家の巨木の根元からひょっこりと突き出している、人間の頭部があったからだ。

「おい、もう少し近づいて見るぞ」

 と、ジョージが一歩踏み出すが、シオリはがんとして動こうとしない。ついでに、ジョージの腕も離さなかった。

「い、いや、別に、ここからでいいんじゃないですかね?」

「……別に、いきなり目を開けて噛み付いてきたりはしないと思うぞ?」

「ひぃぃ!!だっ、だから何でそういう怖いこと言うんですか!?もう、もう、噛み付いてくる気しかしないんですけど!!しないんですけど!!」

「面倒臭い奴だなぁ。仕方ないから外で待ってろ」

「そう言って1人になった所を狙うんでしょう!!地方怪奇譚みたいに!!」

「知らねえよ!!」

 結局、ギャーギャー騒ぐシオリを無理やり引きずりながら、ジョージはじっくりと木の根から飛び出した人間の首を観察した。

 それは、もはや人間の頭には見えなかった。

 緑色に、ガチガチに固まって、一部には木の皮が張り付いていた。それも、上から被さったのではなく、皮膚から生えてきたかのような気がした。


 ジョージ達が老婆の家に戻ってくると、香ばしい香りが辺りに漂っていた。

「「ただいま」」

 声を合わせて帰還したジョージとシオリ。

「聞いて下さい!ジョージさんってば、嫌だって言ってるのに。ひどいんですよ!?」

 早速モカナにジョージの非道を訴える。

「そうなんですか?はい、ジョージさん、珈琲です」

「お?……作り置きなんて、珍しいな」

「はい。珈琲は、美味しく感じる温度があるようですから、それを調べてました」

「研究熱心だな。……言われてみると、少しぬるくなった方が、味が良く分かるような気がするな」

「はい!でも、熱い珈琲も熱い飲み物としての良さが分かる気が………。あ、それと、今日この家を調べてたら、こんなのが出てきたんですよ」

 と、一枚の大きな羊皮紙をモカナが差し出した。ジョージは、それを受け取って、素早く開いた。

 そこにあったのは、古い地図に見えた。いくつもの家のマーク、沢山の木のマーク、村の境界線らしきもの。村のど真ん中を突っ切る主要道路、そして森の奥から目立ち始めた、家のマークに、木のマークが重ねられている、不思議な模様だ。

「この位置は………」

 その、家に木のマークが重ねられた家の位置は、ジョージとシオリが今日調査した家々の場所のようだった。

「随分古い羊皮紙……。あたしの家の蔵書で言うと、100年以上昔かな」

 書物や歴史的な資料となると、目つきが変わる。シオリは、ずずいっと地図の隅々まで検分を始めた。

「……最初に書かれたのは、ただの村の地図。この木のマークは、後から追記されたものね。それも、一つ一つ年代が違うみたい」

「ええっ?見ただけでそんなの分かるんさ?」

「ルビーちゃんも5000冊くらい読めば分かるようになるよ」

「そんなに読む前に頭が煮えちまうさ」

「最初に書かれてから、ここに書き加えていく事で記録を残してあるのか」

「うーん……それにしては、情報が少なすぎると思うけど。普通、ちゃんとした資料にするつもりなら日付を書かなきゃ」

「それもそうだな。いずれにせよ、この地図がこの家にあったって事は、あの婆さんとこの地図には何か関係があったって事だろう。……そうだ、ドロシーはこれに見覚えがないのか?」

「ドロシー?」

 モカナが呼ぶと、老婆の前でくるくる回っていたドロシーが飛んできた。

「何かね?」

 ドロシーがモカナの肩に乗る。そして、全員の視線が机の上に広げられた地図に向けられているのを見て、つられて机の上を見た。

 その瞬間、一瞬モカナの体ががくりと揺れた。

「お?おい」

 咄嗟にジョージが支えると、モカナの口とドロシーの口が同時に動いた。

「「……今日、"しるし"が現れた。長かったが、これで役目が果たせる。後は……頼んだ」」

「モ、モカナ?」

「瞑想状態か?」

「……多分、そうさ」

 モカナの表情が、ゆっくりと変化する。それは、いつもモカナがする表情とは違い、全くの別人に感じられた。

「「……そうか、さみ……しくなるのう。……なに…を言ってる、あんただって、もう遠くはないだろ。……そうじゃな……。ばばには、辛い役目を、任せてしまうのう……。分かって、結婚したんだろ?……ああ、そうだとも。ああ見えて、ばばは若い頃とんでもないべっぴんさんでのう……。その話を聞くのも、今日が最後か……。もう耳にタコができるくらい聞いたつもりでいたが、嫌いじゃ、なかったよ。……じゃぁな、またあっちで会おう……。ああ……。キビト様の元で……。うむ、キビト様の元で………」」

 それは、過去の2人の会話を、聞いたそのままに再現しているかのようだった。

 一通り語り終えたドロシーとモカナは、ぷつりと操り糸が切れた人形のように倒れた。

 危うく床に顔面ダイブする所を、ルビーが咄嗟にカバーした。

「あっぶな……。これ、一体何なんさ?」

「おお、ありがとなルビー。……この村には、随分と謎がありそうだな。どうにも気になって仕方ねえ。寄り道のつもりでいたが、ちょいと腰を落ち着けて調べる必要がありそうだな」

「えっ!?でも、食料とか馬車の中ですよ?っていうか、そういえば馬車置きっぱなし!?盗まれたら、飢え死にしちゃう!!」

「あー………。仕方ねえな。俺1人で馬車を取ってくる」

 ジョージが外套を羽織り、早速とばかりに家を出る。

「あ、よろしく……って、ジョージさん1人じゃ無理ですよ!?この辺りの古い地図なんて無いんですから、こんな廃村に繋がる道分からないでしょう!?ちょっと、待って。あたしも行きますからっ!」

 早足で出て行ったジョージを、シオリが慌てて追いかける。ちなみに、シオリはモカナより足が遅い。

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