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珈琲の大霊師080

 そして、ツェツェ軍にも”それ”は訪れた。
 
 吼える男達。それが波紋のように広がって、ツェツェ軍を飲み込んでいった。
 
 討伐軍と同じ事になる、かと思いきや、不思議な事に未だに砦を目指す人間がちらほらと見える。が、大抵は後続が来ない事を訝しがって後ろを振り返り、正気を取り戻させようと躍起になっている。
 
 ジョージはそれらの自由に動ける兵達を観察した。
 
「……あの、戦闘衣装だと分からなかったんだが、ツェツェ軍は男女混合か?」

「うむ。あの国は、産まれて5歳から戦闘訓練を受け、最も子供を生みやすくなる22歳までは戦士として戦場に立つそうだ」

 見ると、確かに若い女が多かった。その分経験不足なのか男達が突然の混乱に陥って、パニックを起こしているようだった。
 
「あの様子なら、こっちまでは到達しないな。しかし、やれるとは思っていたが……」

 ジョージは、阿鼻叫喚の地獄絵図になりかかっている両軍を見やった。混乱と恐怖に満ちた異様な空気が漂っていた。
 
「ここまで上手くいくと、怖いな」

「……貴殿が、もし敵だったら、ああなっていたのは我々だったというわけか」

 そう。もし、リルケが敵だったら、成す術もなくのた打ち回っていたのは第8師団の方だったのだろう。
 
「……これは、どうやって収集をつける?」

 クルドが、しばらくじっと戦況を見たあとジョージに尋ねた。
 
 ジョージは、すぐに返答しようとして固まった。
 
「あ、やべ」

「なに?」

「考えてなかった」

「…………ここは、やはり貴殿が収拾をつけるべきだろう。さて、そろそろいい時間だ。俺は、リフレールを起こしてくる」

 黙って見送るジョージ。
 
 責任は感じていたが、そもそも青い空間に飲まれていなければジョージでもリルケを見る事はできないのだ。事を収めようにも、見えないのではどうしようもない。
 
「ん?待てよ。そうだ、モカナが……」

 モカナなら、ドロシーの視界を借りてリルケを見ることができるはずだ。
 
 そう思ってきびすを返したジョージの視界は、
 
 
 青かった。

 非常にまずい状態だ。ジョージはそう感じた。
 
 辺りは静寂に包まれている。青い世界ではいつも近くにいたリルケが、辺りを見回してもいない。
 
 だから、まずい。
 
 つまりこれは、近くにいなくてもリルケの影響下にある事を意味しているからだ。もちろん、そんな力はリルケには無い。いや、『無かった』。
 
 それなのに、今こうして離れているのに影響下にあると言う事は、異常事態だ。理由は色々思いついたが推測に過ぎず、また対処のしようも無かった。
 
「リルケ!!いるのか!?」

 大きな声を上げて呼んでみる。
 
 しかし、返事は無かった。
 
(もし、リルケが故意に俺をこっちに引き込んだんだとしたら、返事があるはずだ。となると、無意識か、あるいは返事ができない状態かだ。どっちにしても、こいつはまずい。だが、冷静になれ。闇雲に走った所で見つかるはずがねえ)

 まずは、高台から全体を眺めてみる事にした。この視界では、自分とリルケしか見えない。逆に言うと、動いているものはリルケだということになる。
 
 が、動いているものは見当たらなかった。
 
(どこにいる?外にはいない。となると、中か?こっちに向かっているのか?)

 胸騒ぎがした。何かがまずい。
 
 別に吸精されている感じはしない。だるくもない。だが、嫌な予感がするのだ。
 
 そう、これは……。
 
 おかしくなってしまった、クエルと相対した時に似ていた。

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