珈琲の大霊師084
物見台に戻ったジョージは、リフレールと共に周囲を見回した。
すると、さっきまで地表を埋め尽くすように居た討伐軍とツェツェ軍の姿が見えない。
「あら?まだ戦闘は始まってなかったんですか?」
「あぁ、いや、まあ確かに戦闘が始まる前にリルケが仕掛けたんだが、もうその時はあっちも軍を展開してたはずなんだがな」
両軍の姿を求めてキョロキョロと見回していると、少し離れたオアシスにラクダ騎兵の影を見つけた。
ツェツェ軍も、山間まで後退していた。
「どうやら、警戒して近づいてこないみたいだな」
「……リルケさんに、何をさせたんですか?」
「俺と同じだよ。戦場の男という男全員に取り憑いてもらった。そうなれば、視界には自分と花の精しか見えなくなる上に、精気も吸われるからな。戦闘どころじゃないだろう?」
「なるほど、その手が……」
と、リフレールもジョージと同じように今始めて思いついたという顔をした。
リルケは非戦闘員扱いで、そもそも利用しようと思っていなかったから出てこない発想なのだ。
「リルケから言い出した事なんだがな。多分、あんまり多くの男から精気を吸ったせいで、暴走しかけたんだろう。責めるなよ?俺達の為に働いてくれたんだから」
「……はい。そうですね。後で、謝ります。それで合点がいきました。両軍とも、きっと今頃はこの砦が呪われたとでも思っていますよ」
「呪い?」
「ええ、昔の文献ですと、繰り返し戦場になった砦に屍が積み上げられて、そこから滲み出た怨霊がついに砦を乗っ取ったという伝承があります。ですから、きっとリルケの事も砦に取り憑いた亡霊だとでも思ったのでしょう。それも、全ての男達が一時的にでも戦闘不能になれば足踏みせざるをえません」
「へえ、そういうのは戦争だと割と良くある話なのか?」
「そうですね。最近はそこまで大きな戦争がありませんが、1世紀以上続くような戦争の場合、末期には必ずと言っていい程登場する話ですね」
「そこに、リルケが加わったわけか。そうなると、当分はこの砦には……」
「攻めてこないでしょうね。対処のしようが無い存在程厄介なものはありませんから」
リフレールは、そう言って胸を撫で下ろした。
「うまく制御できれば、とんでもなく強力な味方だなリルケは」
「……はい。私の水精霊では、小隊規模相手ならば遅れを取りませんが、中隊以上の相手では押し切られてしまいます。その点、リルケさんは相手が男であれば作用できますし、そもそも通常は誰にも見えませんから、リルケさんがやられることはまずありませんしね」
リフレールにとっては、完全に計算外だったが、大きな収穫だ。と、リフレールの中の王家の血は判断していた。
敵が攻めてこない事に安心したリフレールとジョージが客室の前に戻ると、モカナがおろおろしていた。
「あ、ジョージさん!やっと戻ってきた……」
と、安堵の表情を見せるモカナ。
「どうした?」
「えっと、その、リルケさんさっきの事ずっと気にしてて、罰を受けなきゃ気がすまないって、鉢植えを投げ捨てろとか怖い事ばっかり言うんです。そんな事しなくてもいいって言っても、納得できないって……」
それを聞いたリフレールとジョージが顔を見合わせる。
「自分から罰を受けたいなんて変わってるな」
「……リルケは、そんなに大それた事をしようとしたんですか?」
「ん~~~。まあ、色々遅かったらやばかったけどな。俺も、モカナも死んでたかもしれないからな」
できるだけ軽く聞こえるようにジョージは明るめの声を心がけた。その気遣いはリフレールに伝わったようで、一瞬怒りが立ち上りそうに見えたが、すぐに治まった。
「暴走した結果……ですか。なるほど、リルケはけじめをつけたいんですね」
「……ああ、そういうことか」
リフレールに遅れて、ジョージもリルケの発言の意図を理解する。前に進む為の儀式のようなものだということだ。
リルケは真面目に、自分自身を傷つける物を考えているようだったが、そんな事をして後に響いたら意味が無い。というわけで、ジョージは変化球を考える事にした。
モカナと目が合った瞬間、閃いた。
「……ああ、とっておきのがあるぞ?リルケ、筋を通して俺がお前に罰を与える。それでいいか?」
瞬時に青い空間が広がり、リルケが視界に現れた。真剣な目で、ジョージに相対している。
「……うん。お願い、します」
その真剣な態度を、壊してやろうと、ジョージは内心にやにやと笑っていた。
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