珈琲の大霊師134
その男は、毎日テントを訪れていた。珈琲が限定になってからは、テントにジョージ達が来る前、早朝に訪れるようになった。
男は低血圧で朝に弱かったが、不思議とそれが続いたのは、他にも同じような連中がいたからだった。
「来ましたね。今日も早いですね」
男がテントまで来ると、そこには焚き火に当たって談笑する男が3人、女が2人。
「おはよう……ございます」
男は、人と話すのが苦手だった。
「先に待ってる俺らが言えた事かよ!」
ニヤッと笑ってそう言ったのは、精悍な傭兵。身体中に小さな傷跡が残る歴戦の勇士だ。
「あたしは商売の為さ。あたしっくらいになると、やっぱ流行の最先端に詳しくないとさ」
そう話すのは、その場に不似合いな程美しい女。均整のとれた容貌に、挑発的な肉体。
その割にさばさばとした雰囲気のあるこの女の職業は、高級娼婦だ。
サラクシューの歓楽街で、日夜しのぎを削る闘士の1人である。
「その姿勢には頭が下がります。もう少し手頃な負担でしたら、是非お相手願いたいですね」
そう話すのは目の細い青年実業家。頭角を表し始めたばかりの駆け出しだ。
「ふん、あたしは安売りはしないよ。どうしても抱きたかったら、もっと出世するんだね。じゃなきゃ、あたしを惚れさせるか」
「でも、結婚したらもうお仕事しないんでしょ?」
横から会話に入ってきたのは、若いパン屋の娘。そばかすが残るが、素朴で暖かみのある容貌だ。
「まあ……ね。あたしが惚れる程の男がいればね。そしたら、あたしは全部そいつのもんさ」
「いやぁ、朝から盛んだ。皆さんと話していると、自分がまるで若返ったようだ」
そう話すのは、この近所で息子夫婦と同居する老人だ。皆の会話を、にこにこしながら見ている。
「そういやじいさん、孫が結婚するんだってな。おめでとう」
「そうなんですか!それはおめでとうございます」
「へえー。いいなぁ、結婚かぁ……おめでと」
「やっぱり、女にとっては特別でだもんね。おめでとうございます!」
「おめ……で……とう」
「ふふ、嬉しいですねえ。今まで縁を持つ事のなかった人達が、こうして集まって、縁の無かった私を祝ってくれる。有難い事です。ありがとう」
老人は深々と頭を下げて、皆はそれを暖かい目で見つめていた。
「お、またあんたらか。早いなぁ」
そう言ってテントに入っていくのは、ジョージ=アレクセント。そろそろ今日の珈琲の時間が始まるのだ。
「おっはよっ、ジョージさんっ。ねぇ、あたしの所にはいつ来てくれるのさぁ?」
ジョージを見た女の目が輝き、途端に全身からフェロモンを発散しながら、ジョージに寄っていった。
「悪いな、こう見えて忙しいんだよ。よし、モカナ始めるぞ」
「ちぇっ、サービスしたげるのにな」
と、女は唇を尖らせて拗ねて見せた。
「今日も早いですね。どうぞ」
「あぎゃっ」
ドロシーを肩に乗せたモカナから、珈琲と菓子を受け取った男は、礼を言ってそれを受け取ると、少し離れた所でテントに人々が集まってくる様子を見ながら珈琲に口をつけた。
男は、最初湖を見ながら珈琲と菓子を食べていた。
今は、テント周辺で珈琲を楽しむ人々の方に関心があった。
男の中で、おぼろげだったイメージが、段々と固まっていくのだった。
「しかし、多目に纏めて淹れるってのは、地味だが画期的な方法だな。これまでは、一人一人に一杯分で作ってたからな。今は纏めて5人分だろ?」
「はい。最初は味が悪くなっちゃいましたけど。慣れれば、なんとかなりますね」
と、大きいポットに鍋から中身を移しながらモカナは言った。片手に鍋、片手に細かい目のザル。
それで豆を取り除きながら、中身を注ぎやすいポットに移しているのだ。
「常に大人数を相手にする王宮の女中ならではの発想だよな。おかげで手間は減るし使う豆も減るし、リリーはホント有能だよなぁ」
「お菓子もとっても美味しいですしね。ボク、最近お菓子の食べ過ぎで太っちゃいました」
「あん?」
よくよく見ると、モカナの貧相でガリガリだった体は、いつの間にか少女らしい柔らかさがついていて、丸みを帯びていた。
興味をそそられて、頬を摘まんでみると、むにっと心地好い弾力があった。
「おぉ、なんか乾いてしおしおになってた頃のお前を知ってると、感無量だな」
「今のボクなら、ジョージさんも最初から女の子だって思ってくれましたか?」
「………すまん。自信ないわ」
「はうっ」
その胸は平坦だった。
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