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珈琲の大霊師056

「狭い所で申し訳ありません。ガルニエもすぐ来ますので、座ってお待ち下さい」

 と、さり気なく唯一の出口であるドアの前に立ちながらラカンは言った。

 ジョージが案内されたのは、兵舎の取調室ではなく、応接室のようだった。座り心地の良さそうなソファが二つ。テーブルを挟んで向かいに並べられている。

「そうかい。じゃあ、遠慮なく」

 警戒するそぶりも見せず、ジョージはどっかりとソファに体を投げた。思ったとおりに座り心地が良かったので、ジョージは一度立ち上がり、改めて座りなおした。

「いい物使ってるんだなぁ。ここの駐留部隊は随分と金持ちらしい」

「元々ここにあったものではありません。主がいなくなってしまったので、可哀相に思い、ここで活躍してもらう事にしました」

「ほう、元の主はどうしたんだい?」

「さて、きっとガルニエの顔に驚いて尻尾を巻いて逃げていったのでしょう。根は優しいのですが、あの外見ですから誤解を受け易くて。いつもフォローしなければならない私は大変です」

 ニコニコと笑顔で言っているが、暗にここにいたサラク軍駐留部隊を追い出した事を認めている。

「そりゃあ何とも情けない主だ。このソファには相応しくないな」

「同感です」

 ジョージとラカンは、にやりと笑い合った。

 ここまではただの前哨戦。お互いに戦う意思がある事の確認なのだ。ジョージも、この状況に飲まれて気弱になる事はない。また、ラカンも手心を加えるつもりもない。

 そういう会話だった。

 少しして、ガルニエの騒々しい足音が聞こえてきた。ラカンはドアの前から素早く移動する。そのラカンに当たるか当たらないかスレスレの所を、ガルニエが無造作に開け放ったドアが通っていった。

「よう、待たせたな。ほら、入れよ」

「あ、う、はい……」

 情けない声が聞こえてきた。モカナだ。濡れた服を代えてもらうという話で、ガルニエに連れていかれていたのだ。

 部屋に入ってきたモカナを見て、ジョージは一瞬固まった。

 薄い絹の布地のズボンに、半袖の上着。胸や腰の辺りは鉱石の破片が散りばめられていたり布が厚くなっているが、それ以外の場所は肌が透けて見える代物だ。

「・・・・・・そういや、モカナって女の子だったな」

「うぅ、どこ見てそう思ったんですかぁ」

 とりあえず胸ではない。と、言おうと思ったが流石に可哀相になったのでジョージは沈黙を守るのだった。

 

「さて、単刀直入に聞くが、サラク王女リフレールはどこにいる?」

 ソファに腰を下ろして第一声で、自己紹介もなく本題に入った。ジョージは、割とこういった単刀直入な相手は好きである。

「さあな。探したんだろ?それで見つからなかったとすれば、俺はどこにいるか知らないな」

「……さて、それは本当でしょうか?」

 ラカンの目が鋭く光る。が、それを受け止めるジョージは平然としていた。

「敢えてそうしたんだ。疑うだけ無駄だぜ?」

「敢えて・・・・・・?」

「わざわざ捕虜に機密を持たせる奴はいないってことさ。合流場所なんざ決めてみろ、どんな手を使ってでも聞き出されるに決まっんだろ。最初から決めとかなけりゃ、どんなに締め上げられた所で答えられない」

「・・・・・・それは、あなたの判断で?」

「そう。俺の判断でだ。正直で良い捕虜だろ?」

「なるほど。やっぱり、あなたは厄介な人ですね」

「褒め言葉として受け取っとくよ」

「もちろん、褒め言葉です」

 ラカンとジョージは、意味ありげに笑った。

「聞いて答えてくれるとは思っちゃいないが、リフレールと会ってどうするつもりだ?」

「捕獲、という意味ですか?」

 唇の端を吊り上げてラカンは言った。モカナはその言葉に反応して、席を立ち上がりそうになった。が、それをジョージが抑える。

「悪くない挑発だがよ、そういうのは慣れてんだ。話が平行線のまま、進展しないと困るのはお互い様だろ?探り合いはよそうぜ」

「……そうみたいですね。失礼しました」

 ラカンが一転、穏やかな表情に戻る。モカナは何が何だか分からず、不安そうな顔をする事しかできなかった。

「まあ、正直現状でサラク王女を確保すりゃあ色々使い道がある事は俺にも分かる。少なくとも、ここにリフレールがいるだけで人質としてサラクはここに攻めづらくなる。脅迫して、領地を広げてもいいし、隣国に売り渡してもいい」

「そんな人聞きの悪い事はしねえよ。俺達はとにかく、しばらくの間平和に過ごしたいだけなんだからよ」

「?目的が見えねえな。そもそも、あんたらがここを占拠してる理由も分からねえしな。正直、聞いてた話と随分印象が違うんで戸惑ってるってのはある」

「情報の出所は?」

「……まあ、言ってもいいか。リフレールさ」

「なるほど、納得です。そちらで聞いているのはこんな情報ですか?私達が、突然ビヨンを占拠し、王国軍を撃退して今もなお支配し続けている……と」

「そうそう。大体そんな感じだ……そう聞くって事は、それは誤った情報だって事か?」

「ええ。まあ、本当はあなたも妙だなとは思っていたのではないですか?」

 ニヤリ、と見透かしたようにラカンは笑った。図星を突かれて、ジョージは苦笑いする。

 そう。リフレールから話を聞いた時から、ジョージは疑問を持っていたのだった。

 リフレールは、占拠されているという事実だけを捉えているようだったが、そこには重要な観点が抜けていた。

 つまり、「何故」、『鋼の鎧』はビヨンを実力支配しているのか?ということだ。

 略奪ならまだしも、傭兵団が戦場に出向かず都市を支配する事に意味はあるのか?という話である。

「知りたそうな顔ですね。どうせ決まった話があるわけじゃありませんし、お話しましょうか」

 そう言って、ラカンは紅茶を飲み干した。

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