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珈琲の大霊師199

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第27章


       樹人の森

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 いくつかの村を越え、山を越え、緩やかな坂道を馬車は行く。

 シオリは、アントニウス=カルランの著作を揺れる馬車の中で読んでいた。

 地方の伝承を集め、編集する。一見地味に見えるが、必ず未来で評価されるであろう本だ。

 その前で、モカナとドロシーは眠っていた。最近ではごく当たり前の光景になっている。

 精霊使いと、精霊は別々の意思を持っている。だから、精霊と一緒に寝るという話は聞かない。それに、第一精霊には睡眠をとる必要が無かった。

 それが、ドロシーは最近モカナが眠そうにし始めると、すすっとモカナに寄っていって同じように眠そうにする。

 これは、シオリが今まで読んだことのある文献すべてに存在しないものだった。

「ルビーちゃん、ツァーリも、寝たりするの?」

「ん?ツァーリは、寝るっていうか何も考えてない時はあるさ。ドロシーみたいな寝方はしないさね」

「……だよねぇ」

 シオリは頭を捻る。

 それだけではない。

 ドロシーは、最近様子がおかしい。

 振り返ってみれば、マルクから旅に出た頃から少し様子がおかしかったのだが最近は特にそうだ。

 そわそわとして落ち着かない。珈琲を淹れる時だけはしっかりしているが、暇にしている時はふわふわ浮きながら、時々一つの方向を見る。それは、大体北なのだ。

 北に、何かがあっただろうか?

 シオリは、頭の中に世界地図を思い浮かべ、暇な時にはドロシーが見つめる先がどこなのかを考えるようになったのだった。

「あの、ジョージさん。ボク、この道、なんだか見たことある気がします」

 ある日、三叉路に差し掛かった時、モカナ御者台でそう呟いた。その目はなんだか遠くを見つめているようだった。

「なに!?じゃあ、もしかすると、お前の故郷が近いのかもしれないな。シオリ、ここらはどこなんだ?」

「えっと、農業国家ラバール王国の南端あたりですね。エルフェン共和国の南東に位置する国です。経済は貧しく、領主が幅をきかせる封建的な土地ですね」

「エルフェンに行くには、どっちの道だ?」

「近いのはこのまま直進して、ラバールの青山羊山脈を迂回する道ですね。ラバールの中央を通っていく道がこの右の道で、勾配があるので時間はかかると思います」

 ふむ、とジョージは顎に手を当てて考える。

「で、モカナ。お前はどっちから来たと思う?」

「……その、多分、右だった気がします」

「なら右だな。シオリ、食料は大丈夫か?」

「えーっと、ここからだと一番近い村があと二日ほど行った場所にあるので十分もつと思います」

「なら、考えるまでもないな。よし、右だ。頑張れよ馬公!!」

 ジョージが軽く鞭を振るうと、馬達は奮い立って勾配のきつい山道へと歩を進めた。

 3時間ほど進んで、野宿の準備を始めたモカナとルビーだったが、ルビーはモカナの様子がおかしい事に気づいていた。

(何か、何か変な感じさ。さっきから、話しかけても上の空だし、ずっと、何かを探してるみたいさ)

「あっ………」

 薪を集めていたモカナが、それを放り出し、突然駆け出す。ルビーは、慌ててモカナを追った。

「ちょっ、モカナ、どこ行くさ!?」

「こっち、こっちに……」

 旅で鍛えられつつあるモカナの足は最近侮れない。林の中を、まるで知っている土地であるかのようにするすると駆けていく。

 その先には、小川とも言えないほど小さい沢があった。

 その水を、モカナは手に掬って見つめる。

「モカナ、どうしたのさ?ここは、どこなんさ?」

「「……おじい、ばば……」」

 二つの声が重なって聞こえた。モカナと、モカナの肩に現れたドロシーの口が、揃って動いていたのだった。

「ちょい、モカナどうしたんさ!?」

「「え?」」

 と、モカナとドロシーが同時にルビーに振り向く。その顔は、どこかぼやとしていた。

「「あれ?ここ、どこですか?」

 その口が、同時に動いた。今度は、いつものモカナの表情だった。

「どうなってるんさ……」

 ルビーが頭を抱えていると、またモカナとドロシーは一緒に首を動かして沢の上流を見つめた。

「「ここ、上らないと」」

 と、言うが早いか、モカナは上流に向かって歩き出したのだった。

 何か、のっぴきならない事情を感じて、慌ててルビーがその前に立ちはだかる。が、モカナの目は熱に浮かされたようにぼうっとしていて、それなのに強い意志を感じた。

 ここで止めてもモカナは言う事を聞かないだろうと、ルビーは直感した。

「ちょ、待つさ!ジョージも連れてくるさね!一緒に行くさ!」

「「でも、ここ、分からなくなる」」

「あーーー。いいさ?これから暗くなるから、モカナ1人でここを上がるのは無理さ。だから、ジョージとシオリ連れてくるから、ここで待ってるさ。いいさね?」

「「……大丈夫。……ジョージさん、一緒に、ここ上る」」

 何か相反する意思が、モカナの中で鬩ぎあっているようにも見えた。

「ツァーリ、ちょっと一っ走りしてくるから、モカナを見てて欲しいさ」

 と、空中に話しかけると、火の精霊がぼわっと姿を現した。

「えー、ルビー間に合わないと、あたし消えちゃうんですけどー」

 精霊にとって、契約者を失う事は自らの生存に関わる問題だ。契約者からの精気の供給が途絶えると、1時間程で存在を保てなくなり、個別の意思といったものが消失してしまうのだ。

「殴ってでも連れてくるさ」

「仕方ないけどぉ……。早くしてよねぇ~」

 と、口ではしぶるがツァーリはあまり心配していない。他の誰より強い精気を持つルビーからの供給ラインは太い。馬車までとはいかないまでも、その半分程度の距離であればツァーリの精気は流れてくるのだ。

「分かってるさ!!」

 ざっ!と、ルビーが身を翻した。

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