珈琲の大霊師208
翌日、モカナ達は早朝から地図を持って出発した。ジョージが担ぐ荷物には、簡易テントと食料が含まれていた。地図の縮尺を計算すると、さほど大きくない村に見えたが、古い地図だ。実情とかけ離れていてもおかしくない。夜になる度にいちいち戻っていては、探索が進まないのだ。
老婆の家から10分程歩くと、鬱蒼とした森の中にかつて道だったものの名残が続いていた。
森の中に入ると、日光が届かない為か道は比較的見易く探索は容易に終わるかに思えた。
が、森に入って2時間程歩いた頃、ジョージは鬱蒼としていた森がどんどん暗くなっていく事に気づいていた。
「……ルビー、自然林ってのはこんなに暗いもんなのか?」
「え?なんであたしに聞くさ?」
「俺とシオリは都会に住んでたからいまいち分からねえし、以前聞いたモカナの故郷のイメージにはそういった森のイメージが無かったからな。ツェツェは、見た感じかなり分厚い森もあったはずだ」
「ああ……。そうさね、あたいも色んな森を駆けて来たけど、こんな薄暗い森は始めてさ」
と、少し得意げにルビーは森を見上げた。
暗くなっているのも当然だ。一本道だった道は分岐し、いくつもの苔生した家々が現れ、その全てから巨大な木が天を覆うように枝を広げているのだ。
先を見れば、一筋の光も落ちていない様子も見て取れる。
こんな密度は、明らかに異常だった。
「悪いルビー、明かり付けてくれないか?燃え移るとやばいから、小さめにな」
「だったら、ツァーリが近くに行けばいいさ。ツァーリ」
「ん」
ボボッと、ジョージの肩の辺りで炎が渦巻く。ジョージが手に持っているのは、村の地図だ。
「この辺りは、住居の密集地帯だな。……あの様子だと、どうせ家の中にはあのデカイ木と、根元に人間がいるんだろうが」
「モカナちゃんが再現した時の言葉を信じるなら、ここの人達はいずれ自分達がこうなるって分かってた?」
「それが、役目だって言ってました」
実際に記憶の中の映像を唯一見たモカナが補足する。
繋げると、彼らにとってこの状態。つまり、体から巨木を育てる事が役目だったということになる。
見上げると、呆れるほど遠くに枝葉の天井。
モカナ達は、ツァーリの明かりと古地図だけを頼りに歩を進めた。既に、完全な闇に入って久しい。
風が遥か上の枝葉を揺らす音が、まるで紙をこするような音になって地上に届いていた。
一切の光が届かない地上は、植物の成長を阻害し、大昔の人の痕跡をそのままに残していた。
地上を歩いているにも関わらず、ジョージは洞窟を探索しているかのような錯覚を抱いていた。
そして、辿り着く。
地図の中で、最も大きく、鮮やかな赤で描かれた丸。そこであろう地点に。
「ひっ!!うっ、うわっ、や、だっ」
「ルビー、シオリ押え付けてろ」
「あいさ」
あまりの光景にパニックを起こしかけたシオリを、ルビーが押え付け、ついでに素早く口元も塞いだ。
そこには、異様な密度の木が並んでいた。
それは、軍隊を思わせる密度だった。
その一本一本はそれほど太い幹ではなく、であるからこそ"それが何であったのか"を容赦なく突きつけた。
それは、人だ。
人だったものだ。
様々な表情の人々が、そこに立ち、木になっていた。
足からは根が張り、上に上げられた手からは枝が伸び、頭からは幹が伸びていた。
虚無的な空気に圧倒される。そんな中、ドロシーがふわりと1つの木に近づいていった。
「……じじ」
そうドロシーは呟いたのだった。
「……ドロシーの、おじいちゃん」
モカナが呆然とつぶやいた。
僅かに過去の記憶の特徴が残っていた。穏やかな顔で木となっているそれは、ドロシーの育ての親だった。
「そうか。そんな気はしてたがな……」
モカナが呟いていた情景を信じるのであれば、この老人はなるべくして木になった。
「じじ?みずっこ来た!じじ!」
嬉しそうに木と同化した顔に飛び付くドロシーから、シオリは目を反らす。
どんなに騒いでも、反応は無い。それでもドロシーはめげずにくるくる回りながら老人にアピールする。
それが痛ましくて、とても見ていられなかった。
「ルビー、この辺りに何かいないか?」
「何か?ってナニさ?」
「キビト様だよ。何か大きな力だとか、動くやつとか」
「うーん……やってみるさ。ツァーリ」
「はーい」
暗闇を照らしていたツァーリが、腕を広げて目を閉じた。
すうぅ……と、ルビーの唇から空気が細く流れる音がする。
ピンと、空気が一瞬凍ったような気がした。
「…………何さ?これ……」
目を閉じて集中するルビーの体から、どっと汗が吹き出る。それはツァーリの炎に照らされて、キラキラと艶やかに反射していた。
「………すぅ……ふぅ……。ごめん、モカナ、手を握ってて欲しいさ」
「?はいっ」
言われるままにモカナがルビーの手を取ると、その手はじっとりと湿っていて、冷たかった。
そして、震えていた。
「……ジョージ、ここは、何かとんでもないのがいるさ。この沢山の人間の木、うまく言えないけど、多分生け贄とか結界とかそんなんさ。この人間の木の向こうに、ドロドロ動く何ががいて、木を、何て言うか、越えようとしてる?食べようとしてる?とにかく、そいつはすげえヤバイ奴さ……。もし、こいつと出会ったら、あたい達は全滅する………」
ジョージは、こと戦闘に関しての勘はルビーに全幅の信頼を置いていた。
「そうか。そいつらは、この人間の木のおかげで食い止められてるんだな?」
「多分そうさ」
「他に気配はないか?」
「他?ん……ちょっと待つさ」
と、ルビーの空気が変わった。
恐怖の対象を見なくて良いと分かったからか、少しだけ顔色が良くなる。
「んん?なんか、北の方に、小さいのが沢山いる気がするさ。嫌な感じはしないさね」
「そうか。もういいぞ。ありがとうな」
と、ジョージがルビーの背中をポンと叩くと、糸が切れた操り人形のようにルビーは崩れ落ちそうになり、慌ててジョージが抱き留めた。
脱力したルビーの体は重く、柔らかかった。
「………怖かったのか?」
「……ハッ、五月蝿いさ。………ちょっと、だけ……」
ぎゅっと、ジョージの服を握り締める。その手は、まだ震えていた。
モカナが、そっとその手を両手で包んだ。
ちなみに、シオリは、ルビーの話を聞いた時点で気絶していた。
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