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珈琲の大霊師081

 今や、リルケは万を超える命を従えていた。一人一人からほんの僅かな精気を吸うだけでも、今までに無い力が漲ってくるのが分かった。
 
 もし、戦闘できないように全員からだるくて動けないくらいまで精気を吸ったら、どうなってしまうだろうか?
 
 そんな事を考えている自分に、リルケは慄いていた。
 
 それは、想像を絶する力を手に入れられるに決まっていた。
 
 今だってそうだ。考えられない程、青い世界、リルケの世界が広がっている。今や、誰も影響化に入っていないはずの第8師団の拠点、砦ですらがその範囲内だ。それも、リルケがそうしたのではない。
 
 力が増すに従って、人一人を拠点に広げられる青い世界の範囲が飛躍的に伸びているのだ。
 
 リルケの力だけではない。そのつもりになれば、この万の軍勢を操る事も不可能ではない。当然、突然その人間の意志を曲げようとすればかなりの負担がかかるが、時間をかければ混乱して意思が薄弱している彼らの精神は容易く操り人形と化す事だろう。
 
 脳裏にジョージの顔がちらつく。その度に、正気と狂気の境界線を揺れ動く。
 
 リルケにとって、ジョージは特別な人間だ。例え、他の男性に取り憑く事が可能になったとしても、リルケはジョージの傍に居たいと考えていた。

 ジョージは、自分が酷い目に合わされていると知りながら、逃げなかった男だ。向き合い、受け入れてくれた。
 
 その時から、ジョージはリルケにとってただ一人の特別な人だった。ジョージの為に自分が出来る事をするのは嬉しい。
 
 今回の提案をジョージが承認してくれた時、本当は小躍りしたい程嬉しかった。やっと役に立てると。
 
 だからこそ、今は苦しいのだ。溢れる力は狂気となってリルケを押し上げ、底無しの支配欲を掻き立てようとするが、リルケはそうなった自分をジョージに見られたくなかった。ジョージは絶対にそんな事を望まない。それだけは分かるから。
 
 ああ、それでもなんて甘美な誘いだろう。人を支配するという快楽は。このままでは、いずれ耐えられなくなってしまう。ジョージが認めてくれたリルケでなくなってしまう。それは嫌だ。
 
 そうだ、せめて、せめてジョージが傍に居てくれれば正気を保てる。
 
 そう思った瞬間青い世界が広がり、その端っこにジョージを感じた。
 
 それだけで、リルケの胸が少し温かくなる。ほっと一息ついて、リルケは意識を無理矢理支配から引っぺがす。誘惑から目を反らし、ジョージだけを見ることで。
 
 それでも誘惑が無くなったわけではなく、リルケは纏わりつくような誘惑を見ない振りしながら、ジョージの居る方向へと向かった。
 
 その表情は苦しげで、足取りは重く、ふらふらしていた。


 ジョージは走っていた。胸騒ぎがする方向へ。
 
 それは、会議室でも、王家の間でもなかった。それは、ジョージとモカナが寝泊りした客間。
 
 何故、そこなのかジョージにも良く分かってなかった。だが、リルケに取り憑かれているジョージには、分かるのだ。ジョージの心がリルケに見えるように、ジョージにもなんとなくリルケの気持ちが感じられるのだ。

 リルケは、ジョージに会うより先にモカナに出会っていた。ドロシーを出していたモカナは、すぐにリルケに気付いて駆け寄ってくる。
 
「あ、リルケさんお帰りなさい!ボクまだ外見てないんですけど、どうでしたか?」

 そんな風に暢気に話しかけてきたモカナの、何の苦しみも見当たらない顔に、何故かリルケはイラついた。自分がこんなに苦しんでいるのに、それが分からないのだろうか?と。
 
「見れば分かる。私、ジョージさんの所に行かなきゃいけないから」

「あ、はい。じゃあ、ボクも珈琲持って行きますね」

「いらない!!そんなのいらない!!」

 突然大声を上げたリルケに驚いて、モカナが固まってしまった。
 
 しかし、それはリルケ本人も同じだ。何故自分が大声を上げたのか分からず、イラつきだけが増していくかのようだった。
 
 そして、気付けばモカナの目の前にいた。
 
 気付けば、その首に手をかけていた。
 
「リルケさん?」

 リルケの手は、きょとんとするモカナの首に埋まってしまった。
 
 そう。リルケは、同性には何もできない。それ以前に、何故今自分がモカナの首を絞めようとしていたのか、リルケには分からなかった。
 
「モカナ!!」

 と、廊下の角からジョージが駆け寄ってくるのが見えた。
 
 その姿を見た瞬間、リルケはその感情を理解した。
 
 嫉妬。珈琲と、モカナという、ジョージを惹き付けてやまない存在に対する、無力な自分の、嫉妬。
 
(ああそっか。私、ジョージさんに私だけ見て欲しいんだ)

 そうリルケは自覚した。
 
 そして、思い出した。今、ジョージはリルケとモカナが共にいるのを見て、モカナの名前しか呼ばなかった事を。

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