珈琲の大霊師209
地図を元に北へと向かう一行。
東には、相変わらず人間の樹が散在していた。
古い道を進むと、地図上で池だった場所にたどり着いた。
急に開けた平地、そこに美しくしゃらしゃらと光を反射する池があった。
その畔には低木が連なっていたが、その端に一際目立つ巨木があった。
目立つのはその大きさだけではない。いつか見た、緑色の子供が大勢その根本にいたからだ。
「ひっ!?あ、あたし、下がってていいですかぁ?」
シオリがさっさと白旗を上げると、彼らは一斉にこっちを向いた。
「わざわざ悲鳴のご挨拶ありがとう。襲ってこないと良いんだが」
緑色の集団は、じっとこちらを見ていた。そして、何やらひそひそ相談したかと思うと、数人がこちらに向かってくる。
「………殺気は無いさ。不気味だけど」
シオリが再び悲鳴を上げる前に牽制するルビー。シオリは自分で口許を抑えて悲鳴を噛み殺した。
そして、彼らは目前で一瞬止まると、モカナに駆け寄り、その手を握って引っ張り始めた。
「ボク?うんうん、どうしたのかな?」
とか言いながら、自然と着いて行ってしまうモカナ。人が良い。警戒心はまるで無いようだった。
「なんとなく、こいつらモカナより年上な気がするけどな………」
そう言いながら、ジョージもゆっくりとその後を追うのだった。
苔むした巨木。その根本に、彼女?はいた。
薄緑色の長い髪に、薄茶色の肌。深緑の瞳。
節くれだった根に行儀良く座って、こちらをじっと見ていた。見た瞬間、モカナはドロシーの記憶の中で見たキビト様である事を確信したのだった。
「やあ、人間の来訪は久しぶりで、礼儀を忘れていたら申し訳ない。始めまして、キビトです」
声は女性のものだった。妙に反響して聞こえるのが不思議な感じだった。
「あ、はい。始めまして、モカナです」
と、モカナはにっこりと笑って答える。
「久しぶりだね、みずのこ」
「おぉ、キビト様。みずのこ、新しい名前。ドロシーじゃ!」
「そっか、君は新しい縁を見付けられたんだね。アレに頼んで良かった」
ジョージは、堂々と緑色の子供達の群れに突っ込んで行った。自然と子供たちが道を開けた。その後を追おうとしたルビーは、突如目の前に子供達が壁を作るように回り込んできて、道を塞がれてしまった。
「ちょっ!!なんであたいだけダメなのさ!?」
「んー、火気厳禁ってことだろな」
「んぐっ!」
憤慨するルビーに短くツッコミを入れて納得させると、ジョージはモカナの隣に立った。
「俺は、ジョージだ。こいつらの引率者みたいなもんだ。単刀直入に聞くが………いや、その前に何か俺達に頼みたいことがあるんじゃないのか?」
と、切り出すとキビトは目を丸くした。
「キミ、話が早い人だね!そうなんだ。僕をここから出してくれないかな?」
「出して?」
と、ジョージは改めてキビトの様子を見た。
細い手足、膨らんだ胸元のすぐ下で切れた風化したシャツ、半分腰からずり落ちている膝丈のズボン。そして、奇妙に根っこと絡み合った左足。
「色っぽいな」
「わっ!!ちょ、ちょっとどこ見てるの!?そこじゃないよ!」
慌てて胸元を隠し、ズボンを持ち上げるキビトだったが、ズボンはぱっつんぱっつんに張り詰めていて動かなかった。
「動けないんだろ?また随分と複雑な絡み方してる事。どうやったら、こんな所に足が入るんだ?」
「う………最初は、こんなに絡んで無かったんだ。僕がもっと小さい頃に、僕の足が入るか入らないかっていう隙間があって、僕は散歩中に足を滑らせて、擦りむきながら足が隙間にハマっちゃったんだ。痛くて痛くて、2、3日動けなくて、いざ怪我が治って抜こうとしたら……」
「あー、怪我した時は勢いと血が滑って隙間に入れたけど、抜くときは体重も使えないし、滑らないしな」
「そうなんだよ!しかも、それから一週間もの間雨が降らないし。降っても抜くときに思い切り引っ張っても、また怪我するだけだったし」
「………で、あんた何年間ここにいるんだ?」
「ん………多分、300年くらい……かな?」
「「長っ!!」」
ジョージとルビーが同時に叫んだ。
「足がハマって動けないまま300年とか間抜け過ぎるさぁ……」
「言わないでよ……それは、僕が一番分かってるよ」
今にも泣きそうだったので、ジョージは追撃をやめた。
「300年も経てば、根っこも成長するもんなぁ。そりゃ、こうなるか。で、服もその頃のままってわけか。そりゃ、こうなるか」
「うん……。って、君達驚かないね。300年とか、人間の単位じゃないのに」
「そりゃあ、形は似てるが肌や髪の色からして人間じゃないからな。大方、植物と人間の間みたいな種族で、植物と同じように水だけで生きられるんだろ?水はすぐそこにあるから、このちびっこいのに持ってきたもらえばいいしな。当然寿命も長いし成長も遅いから、300年経ってやっとこの姿ってのも納得はいく」
「へえー。すごいね、全くその通りだよ。僕達は、大昔に木の精霊と巫女の間に生まれた樹人って種族なんだ。繁殖力が低いし、人間に利用されることが多かったから、今は隠れ里でひっそり暮らしてるんだけど」
「樹人!?えっ!?本物!?」
遠くから見ていたシオリが途端に元気になって寄ってきた。緑色の子供達も道を開ける。
「ほんとだ……伝承の通りだ。綺麗な深緑の目……。すごい!あたし今、伝説を目の前にしてる!!」
「はいはい。本題からずれるから、後にしような。さて、色々話したい事はあるんだが、まずはここから出すか。悪いが、この根っこは切らせてもらうぞ?」
「気を使ってくれて有り難う。でも、その許可は300年前にもうこの木に取ってあるから大丈夫。許可だけで、僕にはその道具も力もなかったから、何もできなかったんだけどね」
「了解。さて、リフレール辺りがいれば簡単なんだが、モカナ、こういう根っことか、スパッとそこだけ切るような事、できるか?」
「ボク、美味しい水を作ることしか知りませんよ?」
「だよな。分かってた」
「あたいも、そんな細かいコントロールは自信ないさ」
「だよな。分かってた。となると、俺がやるしかねえな。悪いが、今は道具が無い。一旦引き返すわ」
「うん。君達だけが頼りなんだ。よろしく、お願いします」
キビトは、深々と頭を下げたのだった。
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