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珈琲の大霊師207

 1人、モカナを抱きかかえつつ残されたルビーはため息をついていた。

「あたいって、本当に戦うことしか能がない奴さ……」

 知識はシオリの足元にも及ばない。事戦いにおいては経験から頭が回るが、平時はジョージやリフレールにはまるで敵わない。

 ここに来てから、モカナのお守りしか役目が無かった。

「この村は不気味だけど、嫌な気配は無いさ……。だから、あたいの出番は無いかもさ」

 そう呟いて、モカナの髪を撫でた時、後ろから、コトリと、何かが動く音がした。

 そこに気配は無かった。それまでなかったのに、突然現れた。

 ルビーの戦慄にざわめく。モカナをかばうように、その気配とモカナを結ぶ直線に割って入った。

 そして、ルビーの顔が引きつる。

 目が合ってしまったのだ。

 まるで潤いを感じさせない、ガラスのような何かと。

 さっきまで、違う方向を向いていた何かと。

 一切瞬きしないそれを、ルビーはしきりに瞬きしながら目を離せずにいた。

 上体を起こして、こっちを見ている。

 それは、老婆だった。絶対に動かないはずの、鼓動の一切無い、老婆だった。

「……ご……」

「ひえぁっ!?しゃ、喋った!?」

 生きている敵なら怖くは無い。ルビーの得意の相手だ。だが、死者は違う。

 死んでる者は殺せない。殺せないから、どうしたらいいか分からない。

 ギギギと、老婆の喉が鳴る。ひゅーひゅーと、風が抜けるような音もした。

「…………ふん」

 何度か、動こうとしているような動作のあと、老婆は何かを吹っ切ったように口元を歪めた。

 そして、首を、勢い良く回した。

 ばきばきめきめきと、木の折れるような音がして、老婆の首元から皮が剥がれ落ちていった。

「うひっ、ひえっ!!なっ、なんなんさ!?ツァーーーーリ!!ツァーリ!!!」

「ちょっとアンタ!!ルビー怯えさせるなんて何してくれてるわけ!?燃やすよ!?」

「んっ………んんん゛~。あぁ……あ~。ごめんなさいね、久しぶりで、声の出し方を忘れちまってたよ」

 と、どこか山彦のような、妙に響く声で、瞬きをしない老婆は喋った。

 モカナとドロシーは、全く気づかずに眠っていた。


 ジョージとシオリが村に戻って来たのは、次の日の夜だった。思いのほか街道が反れていた上、街道の入り口が完全に藪に覆われていたからだ。

 そこを切り開き、馬車を通してくるだけで随分な労力だった。

「ジョージさん……やっと、多分、あれ、あの橋ですよ……」

「おお……道が繋がってて良かったなぁ。一時は戻れないかと思ったぜ……」

 馬車を表に停める。日が落ちたばかりのその家は、中からの灯りにぼうっと照らし出されていた。

「ただいま~」

 一刻も早く休みたいシオリが扉を開ける。

 その次の瞬間、シオリは凍りついた。

「ぴっ」

 そして、変な擬音を残して白目を向いて倒れてしまった。

 シオリが開いたドアの向こうに、老婆が立っていたのだ。まったく動くことのないはずの老婆が、目を見開いたままこっちを見ていた。

「おっ!?おい、大丈夫か!?って、うおっ」

 ジョージも倒れはしなかったが十分に驚いたらしかった。

「おかえりなさいジョージさん」

「おかえり。びっくりしたさ?」

 ひひひと、ルビーが楽しげにジョージを出迎える。その横で、モカナは飲みかけの珈琲を手にジョージを見上げていた。

「……ああ、ただいま。で、これはどうなってる?」

「話せば長くなるから、座って話せばいいさ。あ、シオリ持つから手伝えさ」

「ああ」

 ジョージとルビーの2人がシオリを乱暴に持ち上げて、無理やり椅子に座らせる。頭をどっちも支えてやらなかったので、シオリは思い切りテーブルに額を打ち付けてしまった。

「おぶふっ!!……えっ?なに?どうなってるの?」

 不思議とメガネは割れなかったらしい。混乱するシオリを無視して、ジョージとルビーは対面に座った。モカナは、珈琲を入れに厨房へと向かったらしかった。

「簡単に言うと、あの婆さん生きてたさ。で、起きて少しだけ話ができたんさ」

 いつも話は単刀直入のルビーが、事実だけ簡潔に纏める。

「………それじゃ、ドロシーは大喜びだな」

「まったくさ。一度目の前で動いたから安心したみたいで、あんまり婆さんに付きまとわなくなったさ」

「なるほどな。となると、やっと4人で探索もできるか」

「ちょっと!!2人ともなんでそんな冷静なの!?脈も無い、呼吸も無いのに、生きてるはずないでしょ!!?」

「ああ、婆さんが言ってたさ。なんでも、婆さんは人間と木の間みたいな感じになってるらしいさ」

 と、ここでモカナが珈琲を持ってきた。

 一口飲むと、ほわっと夜風で冷えた肌に温もりが戻ったような気がした。

「でも、そこまでしか分からなかったさ。キビト様?とかいうのの所に行かないとって立ち上がって、そこで動かなくなっちまったさ」

「……またキビト様か。どうやら、調べるものが絞られてきたな。あの婆さんから話が聞ければ一番だが、いつ動くのかも分からないし、宛にしてらんねえ」

「だから!!ジョージさんも、落ち着きすぎ!!」

「シオリ、あんたうるさいさ」

「えええ!?おかしいよ!2人ともおかしい!!昔話にだって、そんな伝説……」

 と、一瞬記憶に手を突っ込んだ所で、シオリが黙る。

「ん?何か思い当たる節でもあったのか?」

「……うーん、多分、こことは関係ないと思います。……うぅ、不気味……。あたし、もう寝ます」

 と、シオリは何故か当たり前のように寝室へと向かっていった。この家の住人が動いたというのに、シオリは寝室を使うつもり満々だったようだ。

「俺たちも早めに寝るとしよう。明日からは4人で動くぞ」

「ん。分かったさ」

「はい。おやすみなさい、ジョージさん」

 と言って、2人も寝室へ。

 ジョージもそれに着いて行ったが、ベッドが二つしかないのを見て、ため息を1つ。暖炉の前に簡単な寝床を作って、横になるのだった。

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