珈琲の大霊師057
話は2年前に遡る。
ガルニエと、ラカンには恋人がいる。それも、同一人物だ。険悪な関係ではない。
偶然、ガルニエとラカンが惚れた女が同じで、女もまた二人を愛してしまった。それだけの事だ。
ガルニエとラカンも、死線を互いに生き抜いた仲。今更女一人を巡って争うものでもなく、夜は3人一緒が基本だった。
女の名は、ミシェル=ローレン。
『鋼の鎧』の看板娘。守備でも重要度の高い、『治療』を専門とする医師だ。医学薬学に精通し、薬剤の精製までできる戦場の花だ。そばかすにメガネという冴えない娘だが、その真面目で優しい心と、手使いに誰でも心を許してしまうのだ。
団員達は、誰でもミシェルのお世話になっていて、常日頃から手伝いの機会を狙っている程、彼女は人気者だった。
簡単に言うと、ビヨンに『鋼の鎧』が来たのは、このミシェルがガルニエかラカンの子供を宿したのが理由だった。
ミシェルが自分の妊娠に気づき、恐る恐るラカンとガルニエに打ち明けた時、ガルニエは手放しで喜んだ。
「マジか!?うおおおぉぉぉぉぉ!!!聞いたかラカン!!俺達の子だぞ!!俺達の、子供が産まれるんだぞ!おい、何呆けてやがるんだ。おい、おい、このやろう何とか言えよこいつ!」
「え、は、あ、痛い!痛いですよ!まったく、人がですね、感動に浸っている所を邪魔しないで下さい。いいですか、ミシェル、今後体を冷すような事は厳禁ですよ!?水で体を洗うのも駄目です。私が必ずお湯を沸かしますからね。ああ、子供は男の子でしょうか、女の子でしょうか?待ち遠しいですねぇ!」
「もう、二人とも気が早いんだから。それにラカン、私医者なのよ?そんな事は百も承知です」
子供のようにはしゃぐ二人を見て、ミシェルも心から安心したように笑った。
その日の内にミシェルの妊娠は団員達に知らされ、そもそもガルニエとラカンとミシェルの関係を知らなかった新米で血の気の多い、ミシェルに惚れていた団員が4名程ガルニエとラカンに決闘を申し込んで惨敗した。
古参の団員達は、皆ミシェルを祝福した。
だが、ここで傭兵団ならではの問題が発生した。
「ミシェルが子供を生むまで、落ち着ける拠点が必要になりますね」
「何が必要になるか分からねえ。となると、大きめの市場がある都市がいいな。この辺りだと、一番近いのはどこだ?」
「そうですね……。サラクの、ビヨンではないでしょうか?」
こうして、『鋼の鎧』はビヨンを目指したのだった。
ビヨンに到着した『鋼の鎧』を待ち受けていたのは、不穏な空気だった。噂では武勇で知られる王が倒れたとは聞いていたが、それにしても道行く人々の殆どが不安そうに眉をしかめていたのだった。
ガルニエは、そこの駐留部隊の隊長にミシェルの出産までビヨンでの滞在を許してくれるよう頼み、またその間団員達が働ける仕事の紹介を依頼した。
他の小隊長との相談もあるので、返事は翌日にさせて欲しいとの願いで傭兵団は一度街の外でキャラバンを張った。
その深夜、見張りの鋭い声で傭兵団は目覚めた。
全ては、功名心に駆られたビヨン駐留部隊長の仕業だった。出世の為、傭兵団を外敵の侵入という事にし、撃退したという実績が欲しかったのだ。
が、相手が悪かった。
傭兵団は全員が夜目の利く防衛戦のスペシャリスト。傭兵団の小隊長達は、ちりぢりに逃げているように見せかけながらある程度纏まった相手を3倍の数で包囲し、一瞬で殲滅する後退攻撃をしていたのだ。
気付けば1000人もいた駐留部隊の大多数が地面で呻き声を上げるはめになり、部隊長はいの一番に逃げ出した。
その部隊長が証言したものが、リフレールが聞いたものだったのだ。
とりあえず撃退した『鋼の鎧』だったが、問題は山積みだった。
サラク軍と事を構えてしまったということ、駐留兵達が負傷あるいは逃亡で治安の悪化が予想されること。ミシェルは、もう移動も辛そうな様子だということ。
そこで、ラカンはある調査を諜報部隊に命じた。
その内容とは、今回の件をビヨンの人々が知っているか?ということだ。結果は、誰も知らなかった。全ては部隊長の功名心の為、その敗北もまた住民には知らされず、そもそも出撃すらも深夜に行われた為気付かれなかったのだ。
その結果を受け、ラカンはガルニエに提案した。
「私達、今日からビヨン駐留軍になりましょう」
つまり、サラク軍内の人事異動により、面子が一気に変わったという設定にして住民に受け入れてもらうという方針だ。
それ以上に街の人々と摩擦が起きない選択肢が思いつかなかった為に、ラカンの案が採用される事となった。
この日から、傭兵団『鋼の鎧』は難攻不落のビヨン駐留軍になったのである。
突然の人事異動に最初はビヨンの人々も疑問を隠せなかったが、すぐに下火になった。
『鋼の鎧』の団員達は、元の駐留軍より余程仕事をしたからだ。
毎晩の見張りや見回りは欠かさないし、事件はたちどころに解決されるし、誰も彼も親切で社交的だった。武器には布を巻いて見えなくすることで警戒心を和らげ、しかし使う時には布など最初から無かったかのように素早く刀身を抜き放った。
防衛戦はチームワークだ。町や都市を守った事もある。そういう場合は、特に住人とのコミュニケーションが後になって強力な後押しになる事が多い。
様々な防衛工作、食料の確保調整等、住民の理解を得ずに都合を押し付ければ内紛に発展しかねない。だから、ラカンは団員達に徹底して紳士たるよう躾けている。
ラカンとガルニエは毎日のようにビヨンの町を練り歩き、住民と話し、情報を集め、いずれ来るかもしれないサラク軍への対応策を錬った。
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