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珈琲の大霊師180

「やだぞ!俺、負けて無いからな!!」

 完全に包囲された少年は、自らの椅子に座って言い放った。

「殴る?」

 強情を張る少年の前で、再びドロシーが巨大化する。その右腕は、何故かさっきより大きくなっていて、少年の顔が引きつる。

「来るって分かってれば、そんなもん」

「主、相性というものがある。我には防げぬぞ。これは」

「……殴る?」

 今度はドロシーがモカナに聞く。モカナは、苦笑いしながら首を横に振った。ちなみに、その隣ではツァーリがやっちまえとばかりに拳を振るっていた。

「……ちっ、あー、いいよいいよ。連れてけよ。そいつと、こいつだろ?」

 と、床に転がったままのルビーと、シオリを指差す。

「早く連れてって、どこへでも行っちまえ」

「……ふざけんじゃないさ……」

 床から呻くような声がした。見ると、覚えが無いほど目を怒らせたルビーが、唇を噛み千切らんばかりに食いしばって立ち上がろうとしていた。

「こんなもんで……、あたいをどうこうできるなんて……思うんじゃないさ……。アンタは、あたいが……」

 ぐっ、とルビーの足元の床が沈みこむ。

「ぶん殴る!!」

 放たれた矢のように飛び出すルビーとその拳。だが、1度目よりは遥かに遅い。少年は慌てずに叫んだ。

「ムジカ!」

「おっと、余所見をしていた」

「は!?おぶっ!!!!?」

 予想外の答えに少年がムジカを見た瞬間、ルビーの拳が少年の頬に突き刺さった。体から力が抜けていたとは言え、全体重を乗せた拳は少年の歯をぐらつかせながら、椅子ごと少年を吹っ飛ばした。

 そのままルビーも倒れそうになるが、スッとジョージが前に現れ、ルビーを受け止める。

「おーお、さすがはツェツェ一の女戦士。すげえ意地だな」

 ぐったりと体重を預けるルビーの頭を、ジョージはそう褒めながら撫でた。ルビーは、荒い息をつきながら、ジョージの服に掴まりながらなんとか倒れないように足を踏ん張っていた。

「……うっさいさ……。もう、離すさ……」

「離したら倒れるだろ?寝転がった方が楽か?」

「……もう少しすれば、……大丈夫さ……」

 そう言って、ルビーはジョージの胸に額をつけるようにしてなんとか体を支えるのだった。

「先程は主が失礼した。許して欲しい」

 一段落して、シオリもルビーも元に戻ってからムジカは一行に深々と謝った。その傍らでは、少年が不満げに口をへの字に結んでいる。部屋にいた女達も、香が抜けると正気を取り戻し、少年をチラチラと見ながらも部屋を出て行った。

「あたいはまだ殴り足りないけど、あたいが勝ったんじゃないから、もう殴る権利は無いさ。……はぁ、あたいがモカナを守る立場だってのに……逆に助けられるなんて……落ち込むさぁ……」

「困った時は、助け合いですよルビーさん」

「うう……情け無いさぁ……」

 落ち込むルビーを尻目に、ジョージは少年に歩み寄る。

「ったく、どこのどいつが言ったのか知らないが、こんな事してても親父は帰ってこないぞ?」

 ジョージがそう言うと、ビクッと少年は体を震わせて、ジョージを睨み付けた。

「そんな事あるわけねえよ!!お、親父は女好きだから、いなく、なっただけで……!!」

 その顔は、泣き出しそうにも見えた。

 時間を戻して、ジョージが久しぶりの情事でスッキリして、店を後にしようとした時だ。

「え?連れの子達、歩きでここを降りていったの?」

 ジョージを見送りに来た飯屋の女が眉をしかめて聞いた。先程まで上機嫌だった女が、真剣な面持ちで俯くのを見て、ジョージは何かあると直感で察知した。

「なにかあるのか?」

「……あんまり、外の人に教えちゃいけないんだけど、お兄さんなら、いいかな。無限回廊って、どうして崩れないと思う?」

「はぁ?そりゃどういう……」

 一瞬、脊髄反射で聞き返しそうになったジョージだったが、寸前で立ち止まる。言われてみると、思い当たる事があった。無限回廊の柱の数の少なさ、その柱の細さ、そして立地等。あまりに不自然過ぎて、逆に疑問を挟む余地が無かったのだ。つまり、どうにか奇跡的なバランスを計算されて建造された建物なのだろうという自己完結で補っていたのだ。

「言われてみりゃあ、確かにおかしいな……」

「でしょ?できてから、もう100年近く壊れてないからそれだけで信用になってるけど、ここに店を出してる人だけに伝えられる真実があるんだ」

「それが、俺の連れに関係があるって事か」

「……最悪の場合は、あの子達、無限回廊から出られなくなる」

「穏やかじゃねえな。話してくれ」

「うん……」

 そして、女は無限回廊の秘密をぽつぽつと語り始めた。

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