珈琲の大霊師205
「さて、ちょいと村の探索と行くか。シオリ、着いてくるか?」
「へ?あたし?モカナちゃんじゃないの?」
「ドロシーが、あの婆さんから離れたがらないからな。その分、この家に何か無いか探してもらうことにした。ルビーはモカナに着いてるだろうし。となると、暇そうなのはお前だけという事になる」
「えー……。興味はあるんですけどぉ……ジョージさんか……」
「何だよ?」
「いや、その。ルビーちゃんと比べると、いざって時に頼りないなぁとか」
「うっ……、お前、言うようになったなぁ……」
「伊達に秘書紛いに仕事付き合わされてませんから?」
ニヤリと、珍しく口で勝てたシオリがメガネの奥で笑った。
ルビーとモカナを家に置いて、ジョージとシオリは村の探索を開始した。
大昔に馬車が通っていたかのような草のまばらな道がドロシーのかつて住んでいた家、仮にばばの家とするが、ばばの家の前に通っていた。
それは、ばばの家の脇を流れる小川にかかる石の橋に繋がり、そこから鬱蒼とした森の中に続いているようだった。
「うへぇ……。かつて村だったとは思えない景色だよなぁ……。……ん?あの緑のこんもりとしてるのは何だ?」
森に入る手前に、緑色の小さな丘というか、そこだけ土を盛ったような塊があった。斜面が急でどう見ても人が上るようには見えない。
ジョージは足元の雑草を払いながらそこに向かい、シオリは藪から何かが出てこないかおっかなびっくりでジョージに着いて行った。
「……ツタだらけだが……、こりゃもしかすると……」
ジョージの前には、幾重にもツタに絡みつかれていたが真鍮製の錆付いたノブがあった。もはや壁であるかも分からない程にツタが絡まってはいるが、ノブがあるという事は当然扉があり、扉があるということは……。
「これ、家!?」
シオリも驚きを隠せないようだった。確かに古い木の家であれば、ツタが絡まるというのは良くあることだったが、正体不明になるほどの密度というのは見たことが無かったのだ。
「みたいだな。……結構硬いぞ、このツタ。切り払って中に入ってみようかと思ったが、こりゃ無理だな」
「見た所木造の家だから、ルビーちゃんじゃ丸ごと燃やしちゃうかもしれない」
「まあ、いざとなったらどっかの家から斧でも拝借するとしようか。これだけ木に囲まれてるんだ。無いってこたないだろ」
ザワザワと風に靡く木々の音が、ジョージの声を一部掻き消した。
「さっきの道に戻るぞ。とにかく家ってのは道沿いに作られてるはずだ。一度外れたら迷子になっちまう」
と、ジョージは来た道を引き返していった。
シオリもその後を追い、軽く獣道のようになった場所を再び踏んで戻っていった。
その時、石の橋の向こうの景色に違和感を感じたが、その正体までは思いつかず、シオリは一瞬目を瞑って思考したが、ジョージに置いて行かれたら困るという発想に行き着いて中断した。
道は、鬱蒼とした森、その森を分けるように僅かに木々の間が開いている場所を通っていた。どれ程の月日が経っていても、人間が住んでいた痕跡は残るものだなとジョージは感慨にふけった。
鬱蒼とした森の中は、地面にまで光があまり通らないからか、背の低い草花はあまり生えておらず、その分道がハッキリ見えた。よくよく見れば、馬車の跡のような窪みも見えた。
しばらくすると、道が細かく分かれ始めた。その先にあるものを見て、ジョージは眉をひそめた。シオリは、明らかに怖がって、ジョージの服の端っこを無意識の間に握り締めていた。
「……こりゃ、ただ事じゃねえな」
そこにあったのは、苔むした家だった。
ただ、苔むした家ではない。そのどれもが、家のどこかに”内側から生えた木"が生えて、屋根を突き破って天に向かって伸びていた。それも、周りの木より明らかに頭1つ抜けるほどの巨木だ。
それが、分かれた道の先1つ1つにあった。
廃墟と化した村。
しかし、その廃墟は、まるで何かを訴えるように重苦しくも神秘的な空気を宿していた。
「……入るぞ」
「やめましょうよジョージさん!!あたしっ、絶対これ怖い目に合いますって!!」
「怖いだけで実害は無いだろそういうの。ともあれ、何かヒントがあるだろここには」
ジョージとシオリは、苔むした家の玄関前に立っていた。錆びたノブが苔の中に埋まるようにして残っていた。
それを回す。
途中、かなりの抵抗があったが、なんとかノブは回った。相当昔から手入れされていない事が分かる。
ドアを開けた瞬間、気配があった。
家の、恐らく元々居間であった場所には壊れた家具が散らばっていて、巨木の幹と根が節くれだった体を晒していた。その根元に、緑色の小さな子供がいたのだ。その目は、大きく、異形な程見開かれていた。
その子は、驚いてこちらを振り向くと、割れた窓から一瞬の内に飛び出していった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
ジョージの耳元で絶叫が木霊した。頭まで響くような悲鳴は、シオリのものだった。ジョージは、緑色の子供より、シオリの声の方に驚いて一瞬体が浮いたかのような錯覚を覚えた。
「ひえっ!!ひええええ!!!!」
「おい、何もなかっただろ。ただのガキだ」
「ばっ、馬鹿じゃないですかぁぁぁ!!!!?緑の子供が居るわけないじゃないですかぁぁ!!!!」
「……お前が知ってる文献にも無いのか?」
「知らないっ!!知りませーん!!!死ぬっ!!殺されるっ!!」
「はぁ、仕方ねぇな」
と、めんどくさそうに、しかし素早くジョージはシオリの頭をぐいっと自分の胸に押し付け、無理やり抱きすくめた。
「うひっ!?え?……ひょ、ふあぇ?」
いきなりの事に挙動不審になるシオリの背中を、ぽんぽんと一定感覚で子供をあやす様に叩く。
不思議と、そのテンポは落ち着くものだった。
シオリの沸騰していた頭が嘘のように落ち着いて、今度は羞恥心が徐々に湧き上がってきていた。
「あ、あの……。だい、大丈夫です。落ち着きました」
と、強めにジョージの胸を押し返すと、ジョージはあっさり腕を放した。そのあっさりとした所に、不思議と何か物足りなさを感じながら、シオリは呼吸を整えた。
「お前の知識にも無いとすると、相当だな。まあ、さっきの奴がいたとしても襲ってくるわけじゃなさそうだ。とりあえず、何件か調べるぞ」
「……ふぅ、ジョージさん」
「なんだ?」
「あたし、帰っていいですよね?」
「ダメ」
「」
言葉を失ったシオリは、その後逃げ出そうとしたが、ジョージにすぐ捕まってしまい、泣く泣くその後の調査に付き合わされたのだった。
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