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珈琲の大霊師212

 キビトと、太陽の大霊師と呼ばれる男、そして大精霊によって泥の王の調査が成された。

 そして、泥の王が穢れた魂の泥によってできていて、それが這いずった後には通常の植物は一切生える事がなくなる事を突き止める。

 そうしている間にも泥の王は緩慢にだが確実に集落を飲み込んでいった。普段は泥の波のように広がって移動している為、夜間の発見は不可能だった。両国は常に泥の王を監視するように偵察隊を常備させ、極力進行上の集落を避難させるようにしたが、それを学習したのか泥の王は夜間に襲撃するようになり、被害は増加の一途を辿った。

 たが、その時代を代表する大霊師の2人とて指を咥えて見ていたわけではなかった。

 彼らは襲われた集落に、形を残したままの死体がいくつか残っていた事に着目。その理由を探った。

 結論として、泥の王が求めているものは生ある肉体ではなく、魂であるのではないかといった仮説が生まれた。死体だけ残っていたのは、そこに魂が存在しないからではないか?

 その仮説を証明する為、とある実験が行われた。

 泥の王の進行上に、鉄の箱にピッタリと閉じ込められた人を置いた。

 泥の王は、それを1昼夜に掛けて襲った。しかし、箱はビクともしなかった。

 そして、翌日の朝、とうとう泥の王は箱の中身を開けることを諦めて去っていったのだった。


 この実験の成果が、この村だ。二つの国の希望の村、それがこの村の正体だった。

「……へぇ。そういう事か。つまり、この村は生け贄の村だったってわけか」

「う……。君、頭が回るんだね」

 キビトが気まずそうに視線を逸らす。

「いや、まぁこの村は多少見て回ったからな。これだけ情報がありゃあ推測する事は可能だろ。なぁシオリ」

「あ、すみませんジョージさん。話しかけないで下さい」

 そう言うシオリは、見たことも無いような速度で羊皮紙にペンを走らせていた。夢中というより、鬼気迫るものがあった。どこにも書かれていない歴史を、なんとか書き残そうと必死なのだった。

「……はいよ」

「おいジョージ。アンタには分かったかもしんないけど、アタイにはサッパリさ。どういう事か説明するさ」

「ああ、そうだな。……その前に、あんた――」

「僕はあんたって名前じゃない。キビトって呼んでよ。なに?」

「分かったキビト。確認しておきたいんだが、泥の王は、まだいるんだな?しかも、ここから遠くない所に」

「へ?」

 びくっと、ルビーが震える。そして、脳裏に何か推測が頭をもたげる。その悪夢を振り払うように、ルビーは首を振った。

「……うん。そうだよ」

 ジョージの視線に真っ直ぐ向かい合いながら、そうキビトが答えた。

「へっ?ええっ!?どういう事さ!!よく分からんないけど、アンタ達がなんかして退治したんじゃないんさ!?」

「できるなら、そうしたいよ。でも、当時の僕達には……ううん、きっと今でも。泥の王を倒すことはできない。当時の大国家である二つの国の精霊使いを師団規模で投入しても無駄だった。唯一乾燥には少し弱かったから、一度は太陽の大霊師が平地に誘き出して太陽を沈まなくさせてみたけど、地下深くにまで行けばどこかに水脈はある。無駄だったよ」

「うえ。太陽を沈まなくさせるだ?でたらめな奴もいたもんだな」

「彼は凄い人だったから。といっても、止めた時間の倍は眠らなきゃいけなくなるから、その後大変だったけど」

「で、最終的に延命策に落ち着いたわけか。それでも、最低400年は保たせたわけだから間違いではなかったわけだな」

「そう……だね。そうであって欲しい。」

「だ・か・ら!!ど、どういう事なんさ!?あたいと、置いてかれてるモカナにも分かるように言えさ!!」

 見ると、モカナも目を丸くしてジョージを見つめていた。

 その目には、ルビーのように焦りも怒りも無かった。今は分からなくても、必ずジョージが後で説明してくれるし、今必要ならもう話してくれてるはずだから、後で聞けばいい事なんだと信じきっている目だった。

「お前もここに来るまでに見ただろ?あの、人の樹。あれが、泥の王を400年に渡って引き付け続けてるんだよ。そして、この村は、あの人の樹でできた森を作る為の、生け贄の村だったのさ」

 ジョージがそう言って目を伏せる。今までの情報が1つに繋がって、当時の生活に想いを馳せる。その一幕に、ドロシーが偶然居合わせたのだった。

「大体は推測だが、キビトは自分の能力で人間を樹木化できるんだろ。樹の大霊師の娘だって言ってたし。樹木化した人間には魂が当然あるが、太い幹に遮られて、そう易々とは泥の王にも食われない。だから、多分昔のキビト達は、人間の林を作った後に泥の王を誘き寄せたんだろ」

「少し違うけど、うん。それで合ってるよ。でも、勘違いして欲しくないんだけど、僕は彼らに強制した事は無かった。皆、国や家族を守りたくて、あるいは追われて、この樹人になる為にここに来たんだ」

 そう言うキビトの顔は、誇らしげだった。

「樹人になるには時間がかかるんだ。それに、なる時期も曖昧だしね。だから、ここに住んでもらって、樹人になるその時を待ってて貰ってたんだ」

「………ほえぇ。やっと、アタイにも分かったさ」

 と、ルビーは関心しきりであった。

「だが、分からない事があるな。あの、ドロシーの婆さんは、何だってあんな中途半端な状態で固まってるんだ?」

「あぁ、シーラさんの事だね。彼女は、樹の巫女なんだ。簡単に言うと、皆が樹人になった後、皆をお世話する役目を担ってもらってたんだ。でも僕が、ここに引っ掛かってしまって、全部を伝える前に独りぼっちにしてしまったから………」

 そう、顔を伏せて顔を虚空に向ける。その先には、ドロシーが幼い頃を過ごした家がある。

「ドロシーは、途中で水の大精霊に任せちゃったから、知らないよね。あの頃の事を、話そっか」

 曇った笑みで、キビトはドロシーに笑いかけるのだった。

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