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珈琲の大霊師175

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第24章

     奪われる意思

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 太平王国ウーラ。その昔、大陸に覇を唱えた国の成れの果て。多民族の融和をもって成された覇は、民族同士の内戦をもって幕を閉じた。

 しかし、今もその頃のような民族の壁の無い世界を求める者達が、この国には集まってくる。

 現王は、それらの移入希望者達を拒まず、密林を開墾し、近隣での戦争を未然に防ぐことで戦争を防いできたのだった。

 その国の中央に、シヤックの街はあった。

 位置は、大体サラクと内海を挟んで向かい側になる。民族的な垣根が無く、市場での税金が圧倒的に安いために、この街の市場は活気があった。

 また、この内海の畔の市場には、世界の観光名所にも数えられる、ある特徴があった。

「ふぇー。これが、シオリが、言ってた『シヤックの無限回廊』さ?すっげえさーー!!」

 ルビーが大口を開けて関心する。眼下には、何層にも連なる巨大な四角形の連なりがあった。

 シヤックの無限回廊と呼ばれる、地上800mまで続く木造のフロアの連続体。同じ高さの崖を頼りに、かなりいい加減な木の組み方をしているはずなのに、およそ200年も昔から増殖を続け、とうとう崖を超えてしまったという世界的にも人が作り出した神秘と言われる建造物だ。

 共通して、どの階も外壁が無く、ロープの手すりだけの回廊になっている。それが、この無限回廊の名前の由来だ。

 ちなみに、毎年落ちて死ぬ買い物客が後を絶たないが、誰もこの構造を改修するべきだとは言わないらしい。

「か、風でギシギシ揺れてる……。大丈夫なの、この建物?」

 シオリは馬車から降りて、無限回廊の太い柱に手を当てて顔を青くしていた。

「水宮もでかいと思ってたが、これには負けるな。この一階毎に、10件くらいの店が入ってるんだっけか?」

「はい。まぁ、一階丸ごと借り切ってる豪商もいるそうですけどね」

「なんだか、色んな美味しそうな匂いがまざって、変な匂いになってます」

 と、モカナは眉をしかめて言った。モカナは鼻が良い。この中に存在する無数の料理屋から立ち上る匂いが、湿っぽいカビ臭さやら、新しい木の香りなんかと混じって、なんとも言えない混沌とした臭いになっているのだ。

 今、ジョージ達は崖の上にある関所で入場を待っていた。この無限回廊には階段があるが、それで行き来していたのでは途中で日が暮れてしまう為、崖と同じ高さの270階から原始的なエレベーターを使って降りるのだ。ちなみに、降りるのはタダだが、登るのは有料である。

 その為、客はまずこの崖の上までやってきて、関所に馬を預けて買い物を楽しみ、帰りは5分毎に出る船で、近くの街まで送り届けてもらうという仕組みになっているのだった。

「はい、あんたらの番だよ。待たせて悪いね。この馬車は、どこの街に送ればいいんだい?」

 と、関所の番兵が物珍しそうにペタペタ無限回廊を触るジョージ達に話しかけてきた。

「あー、そうだなぁ。サラクへの定期便がある一番大きな街ってどこだ?」

「クンガかな。そこでいいのかい?」

「あぁ、そこで頼む」

「よし、じゃあこの木札を肌身放さず持っててくれ。こっちの割れてる方が、馬車の交換札。こっちの四角いのが、船の乗船券だ」

「おっ、ありがとよ。話には聞いてたが、本当に馬車の運び賃も船賃も無料なんだな」

「ははっ、まあね。その分中で買い物してってくれよ。冷やかしは勘弁だぜ?ま、ここを1日で回りきれるわけもねえから、飯食ったり泊まったりして、金は落とすことになるからな」

「なるほどな。よし、んじゃあモカナ行くか!」

「はい!目指せ珈琲の実ですね!」

 と、二人は意気揚々と関をくぐって、無限回廊の中へと吸い込まれていった。

「ちょっ、ちょっと待って!そんなに急いでたら、絶対はぐれるから!ほら、ルビーちゃん!行こう!」

「あ、あぁ、分かったさ!」

 と、慌てて二人の後を追うルビーとシオリなのだった。


 無限回廊の中は人でごった返していた。回廊自体は、大人二人が横に楽に並べる程度の広さがあったが、とにもかくにも人の密度が異常なのだ。

「げっ、わ、わーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 誰かが、落ちていく声がした。恐らく、外側から前の人を追い越そうとして、内側から押されて落ちたのだろう。

「ひぃぃぃ……こ、腰が抜けそう」

 必死に人の波に流されないように踏ん張りながら歩くシオリに、ルビーが寄り添う。

「しっかりするさシオリ。ほら、あたいに掴まりな」

「うう、ルビーちゃんが男らしい……」

 シオリの手を掴み、ジョージの後ろに付くルビー。その前のジョージはと言えば。

「こりゃ酷え混みだな。上層下層は混んでるとか言ってたが、偽りなしってとこだな」

 と、呟きながら、人の波を両の手で巧みに掻き分けて進んでいる。その手捌きを、ルビーは目を細めて観察していた。

(こいつ、本当に器用さ。指の一本一本まで、神経が通って、あんな柔らかい動き、あたいには出来ないさね)

 そして、その服の裾を掴んで、ジョージと歩調を合わせて歩くモカナには、なんの不安の色も見えない。

(信頼……してるってことさ?)

 むにっと、ルビーの唇が歪む。同世代の同性でありながら、ジョージに信頼感で勝てていない実感があるのだ。

 ルビーにとってモカナは、大切な親友だ。できれば、その友人関係の中では一番でいたいのだ。

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