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珈琲の大霊師144

「どうしたんだい?急に来るから、みっともない所見られちゃったじゃないか」

  その目はまだ赤かったが、ルナはジョージを笑って迎えた。

「何かあったのか?」

 当然の疑問だ。ルナが泣いて酒に飲まれるなどという姿は、ジョージとルナの長い付き合いの中でも初めてだったのだ。

「……まあ、ちょっとね。酒飲んだら忘れたよ。ジョージこそ、何か話があるんじゃないのかい?」

 ルナがそこに触れて欲しくなさそうな素振りを見せると、ジョージはあっさりと話題を切り替える事にした。

「ある。正直よく分からない状況になっててよ。話を聞いて貰いたい所だったんだよ」

「?あたしでいいなら聞くよ」

「お前以外に誰がいるんだっての。何か、今日のお前変だぞ」

「そ、そうかい?えへ、何も変じゃないよ。ふふ、ほら、早く話しなって」

「?まあ、いいか。お前も聞いてるかもしれないけどよ、何か俺とリフレールが婚約したって噂が流れてるんだよ」

「……うん。聞いたよ」

「分かってるとは思うが、事実無根だからな?」

「へっ?」

「そうじゃなきゃ、困ったりしねえっつの。水宮でもその噂で持ちきりだって話だし、昔の仲間まで俺をサラクの未来の王様だとか言いやがってよ。居づらいったらないぜ」

「え?え?ちょっと待って!それじゃあ、本当にただの噂だったのかい?」

「……何、お前までその噂信じてたのか?」

「だ、だってぇ……。ジョージ、女に手出すの早いじゃないか……旅に出て長いし……」

「……俺の下半身に対する認識を、改めさせる必要がありそうだな。こりゃ」

 ジョージは頭を抱えた。

 その向かいに座るルナは、対照的に何故か溌剌として、今にも笑顔を浮かべそうなのだった。

「あとなあ……リフレールの奴がな、この噂を迷惑じゃないとか言うんだよ。熱っぽい目でさぁ。なあ、これってどうよ?そういうことなんかなぁ?」

 ルナの顔がピシッと凍りつく。様々な疑問が一気に氷解し、蒸発し、煮えたぎるマグマとなるまで数秒とかからなかった。

 ルナは女の勘で理解した。これが、リフレールの策略であると。

「へぇ………そうかい。そういう事かい。リフレール、本気なんだね……」

「ん?何か分かったのか?」

「まぁ、ね。あ、そうだ。ジョージ、あんたも飲むかい?ちょっと調子に乗って買いすぎちゃってさ。それと、腹、空いてないかい?」

「……あぁ、そういや食って無かったな。作ってくれんのか?」

「久しぶりだろ?好きな物作ったげるよ。材料はあるからさ」

 ジョージには言えないが、ルナの家の氷室には、ジョージの好物が常に入っている。いつ来ても良いようにだ。

 本当は、今日それを作って食べずに捨てて、ジョージと決別する覚悟だったルナである。

 だが、今は全くそのつもりは無かった。まだ、チャンスはあったのだ。

「おー!嬉しいな。サラクの飯も美味かったんだが、やっぱり慣れ親しんだ味に戻りたくなるんだよなぁ。旅に出て始めて気付いたぜ」

「ふふ、今日はたっぷり思い出させてやるよ。あんたの故郷がどこなのかって事をね」

 エプロンを素早く着けて、意気揚々と台所に立つルナの後ろ姿を見ながら、ジョージは思う。

(なんか、今日のこいつ色っぽいなぁ。あんま意識しないで来たけど、こいつも女だもんなあ。久しぶりに見ると、結構新鮮な気持ちになれるもんだな)

 そうこうしている内に、慣れ親しんだ海の幸、山の幸の香りが漂ってきて、ジョージの喉を鳴らす。

 マルクといえば、新鮮な魚だ。水宮があることで、清浄で豊かな水がマルク周辺の海には満ちている。その海から獲れる魚は、雑味が無く瑞々しい。

 それはまず、身に表れる。

「ほい、まずはささっとマイメナの刺身と、冷酒。先に始めてていいよ。あたしは、もう飲んでるしね」

 丸いテーブルの上に、綺麗に並んだ白身の刺身。大衆魚だが、少し癖のある味の濃い魚だ。

 当然、ジョージの大好きな魚だ。大衆魚好きな男であった。

「うほっ、刺身なんて何ヵ月ぶりだぁ?あー、帰ってきたって感じだなあ。サラクの魚はほとんど干物だったからなぁ。よし、いただきます!」

 魚醤を取った皿に、刺身を少しだけ触れさせて口に放り込む。

「うめー!」

 大袈裟なくらい喜ぶジョージの姿に、思わずルナも笑みが零れる。

 そう、勝負は始まったばかり。リフレールに先制を取られたかと思えたが、そんなことは無い。

 むしろ、これでやっと対等なのだ。なにせ、ルナはジョージの好みを知り尽くしているのだから。

 まだ夜は始まったばかり。ルナは、気合いを入れて包丁を振るうのだった。

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