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珈琲の大霊師181

 無限回廊は、現在の見た目のインパクトを得る為に、設計段階からある力を前提として作られていた。

 その力とは、「風の精霊」の力だ。普通に考えたら、砂地と崖を頼りに作られるこの建築物は不安定極まりない。それを、風の精霊使いの力によって力技で各部を押さえつけ、崩落を防いでいるのだ。

 村興しに奔走していたある女に、若き天才精霊使いが惚れ込んだ事からこの無限回廊は始まった。

 精霊使いは、女に自分の世話をさせる事を条件に、特殊な術式を無限回廊に施した。それは、全体の中間に当たる階に施す事で、その階にいる風精霊の力を自動的に採取し、全体のバランスを取るという途方も無く高度な術だった。

 この術のおかげで、その精霊使いはその1階のみではあったが自由に行動しながら、無限回廊を支える事ができたのだった。

 女と精霊使いは互いに愛し合い、結ばれた。精霊使いは満足だった。例え、行動範囲が1階分しかなかったとしても。

 しかし、その子孫までがそう思うかどうかまでは、彼は考えなかったに違いない。彼らの子供は、生まれながらに宿命を負って生まれてきたに等しかった。父親になった精霊使いはそう思わなかったが、周囲の目はそうではなかったのだった。

 物心ついた時から、自分の親に向けられる敬意と、自分に向けられた期待を受けて育った子供は、やがて親と同じように風の精霊使いとなり、無限回廊の中枢に納まった。

 無限回廊は、その見た目のインパクトと混沌とした雰囲気で話題になり、観光客、買い物客共に年々規模は増大の一途を辿っていった。無限回廊を運営する村は潤い、老衰で無くなった無限回廊の立役者の夫婦は無限回廊の上にある見晴らしの良い崖の上に埋葬された。

 2代目の精霊使いは、世話係の女性と子を設け、次代へとその使命を繋ぎ、約20年周期で風の精霊使いは世代交代をしてきたのだった。

 4代目の風の精霊使いは、初代以上に風の精霊に愛されていた。その性格は奔放で、まさに風のよう。精霊と契約する前から、彼の傍には複数の風精霊が友人のように付き添い、契約無くして数多の術を可能にしていた。

 その4代目が18歳になり、3代目もそろそろ引退を考え始めた頃。突如、4代目は消息を絶った。堅実に責務を全うしていた3代目はショックの余り体調を崩し、無限回廊は急遽次代の精霊使いを必要としたのだった。

 旅の精霊使いと契約したり、異性を使って篭絡したりと、手段を選ばずとっかえひっかえ精霊使いを繋いでいったが、そもそもが奔放な性格の多い風の精霊使いの事、じっとしている事ができずに突然姿を暗ます事が多かった。また、仮に配置したとしても力不足な事もあった。初代と、その子孫がいかに優秀であったかを思い知らされた無限回廊の人々は、再び初代の子孫が戻ってくる事を期待するようになっていった。

 無限回廊を運営する村の会議では、風の精霊使いの確保と同時に、4代目の捜索を各国の旅人や傭兵のギルドに要請。賞金を懸けて手配した。

 4代目の足跡は至る所に残されていた。そもそもが規格外の天才の事、気まぐれに活動する彼は大陸中を文字通り飛び回り、ある場所では座礁した船を海岸まで運び、ある国では滅亡寸前の所を風の一吹きで救い、「風の寵児」の二つ名で呼ばれていた。夜を共にした相手も数知れず、幾人かには子供もいたが家庭に縛られるという概念は存在していないようだった。

 そんな彼に、無限回廊の使者が直接会えたのは今から14年前の事。ある放牧を産業とする村の片隅、美しく母性的な女性の傍らに彼はいた。初老にかかろうというのに、まるで老いの見えない彼に、幼少期を共に過ごした無限回廊の使者は面食らったという。

 事情を説明すると、奔放な4代目も自分の血に流れる使命に動かされたのか「3年待ってくれ」と言って、必ず無限回廊に戻ることを約束した。

 そして、その3年後。彼は無限回廊に現れた。一人の、男児と共に。

 彼は、まだ立つこともできない男児を無限回廊の中枢に置き、再び姿を消した。男児は、生まれて間もないというのに既に風の精霊と契約しており、またかつて無いほどの安定を無限回廊にもたらした。

 無限回廊の住人達は、今度こそ安定した毎日が訪れると安堵し、商売に精を出す事ができるようになったのだった。

 赤子は幼児となり、多くの敬意と、愛情を持って育てられ、少年となった。彼の乳母や、世話係は厳密な審査の下に優秀な女性が宛がわれ、自分がいかに無限回廊に重要な存在であるかを徹底的に少年に教え込んだ。

 少年も、多くの尊敬と、血筋に流れる使命を感じ、誇らしげに責務を全うした。自分の存在意義に、疑問を挟む事は全く無かった。2年前、ある出会いを迎えるまでは。

 その男は、旅人だった。しかも、少年と同じく風の精霊使いだった。

 突如、無限回廊の外側を飛んで侵入してきた男は、少年の境遇に同じ風の精霊使いとして同情した。

 風の精霊に気に入られる者。それは、本来自由奔放な性格の持ち主という事だからだ。男は、旅の話を少年に聞かせた。その面白さに少年は夢中になり、男が来るのを待ちわびるようになっていた。

 そして、何回かの訪問の時、男は少年に当分の別れを告げに来た。遠くの国での仕事を請けたから、数年は会えないと。

 少年は寂しかったが、我慢した。そんないじらしい少年の姿に心を動かされたのか、男はずっと黙っていた事を打ち明けた。

「お前の父親の事は見たことがある。あっちこっちで女抱えて、ガキ作ってるらしい。どうも、女に目が無いみたいだから、お前がハーレム作ればいずれ帰ってくるかもな」

「ハーレムって何?」

「あー、女を沢山自分のものにしておくって事だ」

 そんな事を話して、男は去って行った。

 次の日から、少年の態度は一変した。風は荒れ、無限回廊は時折軋むようになった。

 風の異変に気づいた無限回廊の者達は、少年に事情を聞きに行った。心配するように少年を囲む彼らに、少年は傲然と言った。

「もうここに居るの飽きた。でも、俺がいなくなると困るよね?出て行こうと思えばいつでも出ていけるんだけど、やっぱり困る?」

 そう尋ねる少年は、少し自信無さげだったが、聞かされた方はそれどころではなかった。少年が中枢に納まり、安定した無限回廊は増築に増築を重ね、少年抜きには1日たりとも保たない事は目に見えていた。

 その上、4代目がいなくなった時の焦燥感が蘇ってきたのだ。

 考え直してくれと媚びを振りまく彼らを見て、少年は得意げになって彼らに要求したのだ。

「じゃあ、10階につき一人、俺の女になるなら考えてもいいよ」

 無限回廊の代表者たちはうろたえた。そうか、この少年もそういう年頃なのかと思う反面、あの純粋だった少年に誰がそんな事を吹き込んだのかと呪った。

 かくして、10階につき1人。できるだけ外見と気立ての良い女が選ばれ、少年が住む中枢に行くことになった。

 最初は、少年と同じような年頃の少女が良いと気を配って送られたが、即日返却された。

 20前後の、女として魅力のある女という条件をつけられて、「ああ、母親のかわりに甘えたいのか」と思う者と「性欲の権化にでもなってしまったのか」と思うものがいたが、実際はどっちも不正解だった。

 女達は、少年が父親を呼ぶ為の餌だったのだ。少年の居のままに動いてくれる魅力的な女がいっぱいいると知れば、その父親も居のままに動かせるのと同じだから、あの旅人の言うことが本当なら父親が戻ってくる。

 顔も知らない父親。それでも、何の情報も無い母親よりは宛てがある。少年は、知ってしまったが故に肉親と会いたかった。

 呼ばれた女達も、実際に何の手も出してこないで、適当に身の回りの世話だけさせられている内に、少年に潜む孤独の影と、父親を求める姿に気づくようになっていったのだった。

 女達は、話し合って少年を説得しようと試みた。自分達が少年の味方であると。こんなふうに囲わなくても、いつだって甘えてくれていいと。

 少年も、父親の訪れる事の無い日々の中で、女達の言葉に揺り動かされ、迷い、苦しむようになった。

 そんな時、胡散臭い男が少年を訪ねてきた。

 妙に身なりが良く、恰幅も良い、笑顔を絶やさない男だったが、常に持ち歩く鞄の中身を決して誰にも見せようとはしない男だった。

 その男は、無限回廊の住人達に見つからずに夜、少年の部屋を訪れた。

 そして、男は囁く。女達は所詮、自分達の事しか考えていないと。口で上手く騙され、失うだけだと。

 女達の言葉を真剣に考え悩んでいた少年は激怒した。そして、男に誘われたのだ。

「本当に女をモノにしたいなら、良いモノがございますよ」

 かくして、謎の香は少年の手に渡り、少年は香を使って女達を物言わぬ奴隷と化し、無限回廊の中枢は帰らずの部屋と化したのだった。

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